アメリカンエリートと教養

コラムの第5回。

「世界一の大学ってどこ?」小学生のころ、母に尋ねたことがある。「ハーバード大学だよ」と母は言った。へぇ、ハーバード大学かぁ。それ以来、世界で一番賢い人たちは「ハーバード大学に通うものだ」という思い込みが私の中で育った。

2022年の世界大学ランキングによると、現在の世界一位はオックスフォード大学、二位がカリフォルニア工科大学、二位タイでハーバード大学となっている。ハーバードが世界一な時代は終わった。だが、幼い時期の刷り込みの効果により、私の中ではいまなおハーバードが最強であり、ヴェルタースおじいさんくらい特別な存在だ。

ハーバード大学に行く人はどんな人なんだろう。きっとオーラがすごいに違いない。才能が皮膚から漏れ出て発光しているはずだ。あまりの輝きで、私の眼は一瞬にして溶けてしまうのではないか。目がぁ、目がぁ…と叫ぶ準備だけはしておこう。まあ、ハーバード大学関係者に会うことなどないのだが。

…と思っていたら、ハーバード卒の方と一緒にお仕事をする機会に恵まれた。彼は化学分野の研究で成功をおさめ、数々の受賞歴を持ち、若くしてアメリカのとある有名大学で、研究室と准教授ポストを獲得した、まさしく天才であった。対面した私がムスカしたことは言うまでもない。

バブル時代、もてる男の条件は「3高」と呼ばれた。彼に至っては、高学歴・高身長・高収入・高品位・高級車・高層階・高倉健・低姿勢の7高1低であった。私が女性だったら2秒で求婚していた。危なかった。ちなみに既婚者であり、左手の薬指にはカーボンファイバー製の黒い結婚指輪がはめられていた。ダイヤより高いらしい。

「ハーバード=世界一」という偏見があったかもしれないが、私は彼にいろんな面で世界一を感じた。すごく賢い、というのは当然であり、賢いだけの人なら東大にもたくさんいた。しかし、日本で見てきたエリートたちとは明らかに格が違う点が彼にはあった。

人徳の高さである。

極東の国ジパングから来た得体の知れない男を「Hi Zakoben」と暖かく迎えた彼の表情は、柔らかく、包まれるような優しさがあった。自分の学生に対しても偉ぶらず、友達のようなフランクさを持っていた。研究室に(理由は分からないが)電子レンジが届いたとき、彼は周りの学生に「これ誰か使う?もらっていい?いい?」と尋ね、誰も手を挙げないと分かるや「ヒャッハー!ひと足はやいクリマスプレゼントだぜー!」と自室に抱えて持って帰っていた。いつもこんな感じでユーモアたっぷりだった。

信じられないハードワーカーでもあった。

睡眠時間は3時間未満。目の下の隈がすごく、常に眠そうにしながらも「研究が好きだから」と朝から晩まで実験していた。アメリカ人は残業しないという噂を聞いていたが、彼は真逆だった。しかも、普通これだけ疲れていたら不機嫌にもなるものだが、彼の話し方はいつも穏やかで、カタコトな私の英語に真剣に耳を傾けてくれた。彼ほど人間ができた人はなかなかお目にかかれない。これがハーバードか…と感心するばかりであった。

自分が触れたアメリカンエリートとは何だったのか。あの人徳は何だったのか。気になっていろんな人に聞いたり調べたりした結果、あれがアメリカ式教養教育なのだと理解した。たとえば東洋経済オンラインにはこんなことが書かれている。

「人間とは何か」「どう生きるべきか」「どう社会に貢献すべきか」という根源的・普遍的な問いについて学ばせるのがアメリカ型のリベラルアーツ教育です。

米国エリート教育と第1次世界大戦の深い関係 GAFAがリベラルアーツ教育を重視する理由 東洋経済オンライン

幼いころ、世界一の大学に対して漠然と抱いた「賢いってなんだ?」という疑問は、20年のときを経て、私の中で腑に落ちた。

勉強を突き詰めた終着駅は「教養」である。教養とは、知識がたくさんあることではなく、人徳があることである。つまり、ユーモアがあって人に優しく、世の中のためにハードワークする、その姿勢こそが「賢く生きること」なのだろう。

ふざけるつもりが、真面目なコラムを書いてしまった。たまにはいいか…。

コメント

タイトルとURLをコピーしました