ミニマリストを続けて3年

コラムの第6回。

ミニマリストの沼に足を突っ込んで3年になる。ボディビル業界で「筋トレ歴3年です!」などと言おうものならヒョロガリもやし扱いだが、ミニマリストは比較的新しい競技であり、まだ人口が少ないため、たった3年の歴でも大きな顔ができる。

知らない人のために説明すると、ミニマリストは現代版の出家である。基本的には、人生に関する「大きくて具体的でない」悩みを抱えるところがスタートラインとなる。自分のものを捨てるプレースタイルから始め、上級者になると勝手に家族のものを捨てるスタンドプレーに発展する。その過程であらゆるものへの執着が無くなっていき、最終的には幸せになれる。出家と何が違うのかというと「頭を剃るか剃らないか」しか本質的には違わない。

…はずなのだが、出家の先にあるのが「心揺らされない平穏な無の暮らし」なのに対し、同じアプローチをとるミニマリストの先には「キラキラした丁寧な暮らし」が待っているように見える。これが他者にキラキラを見せつけたい現代人のハートを掴み、若者をミニマリスト道に駆り立てるのである。

カラスか赤ちゃんくらいキラキラしたものに惹かれる性分の私は、ミニマリストの先にあるキラキラした丁寧な暮らしに憧れ、ものを捨て始めた。これが3年前のことである。

現在では、立派なミニマリストになれた。ミニマリスになって良かったことがたくさんあるので紹介したい。

まず、めんどうな服選びから解放された。服を厳選したことで、本当に気に入った服に毎日身を包めるようになった(ユニクロという世界的ファッションブランド)。服が少なくなったことで、タンスに余裕が生まれただけでなく、パンツの洗濯が間に合わなくなるスリルも味わえて一石二鳥である。靴下もスペアがないため、穴が開いてもしばらく履き続けられ、地球に優しい男になれた。オシャレという概念を断捨離できたことで、他人を羨む気持ちと一緒に、羞恥心も捨てることができた。

また、部屋がキレイになった。自分の机の上には何も置かないと決めたことで、机の汚れに敏感になれた。「あぁっ!また汚れてる!」と常に神経質になることができ、机を清潔に保てるようになった。リビングに至っては、子供がお片付けしないことに心底腹を立てられるようになった。片付けた瞬間に散らかされる精神修行を積めたことで、仮に自分が親より先に死んでしまったとしても、賽の河原に送られるのが怖くなくなった(今と同じだから)。

さらに、健康になった。ものを捨てる作業によりエネルギーが消費され、腹の肉も少なからず断捨離できた。(意図していなかったが)ミニマリズムと同時にコロナもブームとなり、ただでさえ少ない友人との飲み会が無くなり、ダイエットになった。(もともとだが)食事を噛む回数がミニマルであるため、胃腸がタフであり、下痢や便秘には悩まされない。やるべき育児家事をミニマルにしてバスケに出かけるので、身体能力が向上した(家族の負担はマキシマルとなった)。

ミニマリストを追求したことで、オシャレさを失い、神経質になり、家族への迷惑行為が増えた。幸せの総量は大きく減衰した可能性があるものの、立派な「残念ミニマリスト」になることができた。

このように不器用な私がやるとちょっとだけおかしなことになってしまったが、本来ミニマリストは良いことずくしなので、やったことがない方は「ちょっくら出家してみっか」くらいの気軽さで、ぜひ取り組んでみていただきたい。

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