流水解凍が好きなのだが心は明鏡止水にしたい

コラムの第11回。

今回のテーマは「流水解凍」である。

テーマが変化球すぎてポルナレフ(何を言っているか分からない人)に見えているかもしれないが、ありのまま起こったことを話すと、私は20歳のとき、バイト先(居酒屋)の店長に「エビの流水解凍」を習い、それ以来、流水解凍の不思議な魅力に取り憑かれた。

「20歳まで流水解凍を知らなかった」などと白状すると、私がどれだけ料理をしてこなかったかがバレてしまったかもしれない。たしかに18歳の私は鶏むね肉と鶏もも肉の違いが判らず「なぜ私の焼く鶏肉はパサパサしているんだろう」と悩んでいたこともある。だが、20歳にもなると一人暮らしを2年経験しているので、卵を電子レンジで温めてはいけないくらいの分別はつくようになっていた。たまたま、流水解凍が必要な料理を作ったことがなかっただけである。本当にたまたまである。

知らない人のために説明しておくと、流水解凍とは、その名の通り流水(流しっぱなしの水道水)を食品にジャボジャボ当てて解凍する方法である。

私はお母さんの言いつけに従って「使わないときは水道の栓を締める」を徹底してきたクソ真面目人間なので、流水解凍を初めて見たとき「こんなに地球に優しくない料理法はバチがあたるのでは?」と倫理観をハチの巣にされる思いになった。だが、あの圧倒的な解凍スピードを一度でも味わってしまうと、もう元には戻れない。私の歴史は流水解凍以前(BC:Before ryusui Caitou)と流水解凍以後(AC:After ryusui Caitou)で区切られてしまっている。

流水解凍を使えば、冷凍肉をたった5分でムラなく解凍できる。電子レンジだとドリップが出て臭くなるが、流水解凍だとほとんどドリップが出ない。低ダメージである。もし私がコールドスリープされて未来に送られるとしたら「流水解凍してください」と胸にメモを挟んでおく所存である。

なぜこんなにも流水解凍が好きなのか?と言われると、名前が必殺技っぽいからというのもあるが、真の理由は「科学の匂いがするから」である。店長に「エビを流水解凍しといて」と頼まれたとき、私は何かの冗談かと思った。キッチンは暑い。水は冷たい。冷たい水に漬けておくよりも、その辺にエビを転がしておく方が遥かに早く解凍されるだろう。まして水道水を垂れ流す意味が分からない。と思った。だが、やってみるとエビはアッという間に解凍された。魔法みたいだった。

「なぜ流水解凍だと早く氷が解けるのだろう」と当時の私はしばらく悩んだ。ググればすぐに答えが得られたのだろうが、20歳という悩みたいお年頃であったので、自分の頭で考えてみたかった。悩んだ末、化学の教科書からヒントを得て「これはル・シャトリエの原理だな」と納得がいった。

ル・シャトリエの原理とは「平衡状態にある反応系において、状態変数(例えば温度)を変化させると、その変化を相殺する方向へ平衡が移動する。その移動速度Kは変化の大きさに比例する」というものである。

ちょっと難しいので、流水解凍に当てはめて考えてみよう。0℃の冷凍肉が+10℃の水道水に浸されている状況を考える。冷凍肉は水道水によって温められ、水道水は冷凍肉によって冷やされるので、冷凍肉と水道水をまとめて反応系と呼ぶことができる。冷凍肉を水道水に浸してしばらく待つと、冷凍肉の表面にある水が0℃まで冷やされて、肉表面で肉と水が同じ温度(0℃)になる。これを平衡状態という。

ル・シャトリエの原理によれば、肉表面で平衡状態になると、肉が温まらない。肉を早く温めるためには、肉表面で0℃になってしまった水に、温度変化を与えなければならない。0℃になった水を再び温め直すのはコスパが悪い。手っ取り早いのは、0℃になった水を10℃の水で取り換えてしまうことである。この働きをするのが流水である。

つまり流水解凍というのは、肉表面の水を絶えず取り換えて10℃に保つことで、肉表面で「水10℃ー肉0℃=温度差10℃」という状態をコンスタントに作り出し、肉を温めやすくする手法である。料理にル・シャトリエの原理が働いていると思うと、科学の匂いがしてきて香ばしい。大好物である。だから私は流水解凍が好きなのだ。

同じ理由から、洗濯物に風を当てて速く乾かせるのも好きである。この手法に名前がついていないので、私は「流風乾燥」と呼んでいる。これもル・シャトリエの原理の応用例であり、この場合は温度ではなく「空気中の水分含有量」の平衡を考えると合点がいく。

終始、何を言っているのか分からない話をしてしまったが、まとめると流水解凍が好きという話であった。流水解凍を趣味にすると、一つだけいいことがある。息子がお風呂の水を出しっぱなしにして遊んでいるのを見たとき「くぅぉらー!もったいないじゃろー!」とつい口出しをしたくなるが、私も流水解凍して遊んでいるようなものなので、人のことを言えないなと反省し、明鏡止水の心で見守ろうと思えるのである(見守れているとは言っていない)。

コメント

タイトルとURLをコピーしました