盗んだバイクで走りだす~♪いや、走りだされる側の気持ちも考えてよ。

コラムの第13回。

申し訳ないんですけど、どうしても好きになれないなあ、という曲があります。私の場合は、尾崎豊さんの「15の夜」です。

尾崎豊さん自体は、すごく好きです。

キャッチーでストレートな歌詞。古さを感じさせない心地よいメロディー。カラオケに行けば、I LOVE YOUを歌うし、OH MY LITTEL GIRLを暖めてあげたくなります。いい曲だなあと思います。

でも15の夜だけはダメ。

私は33歳なので、尾崎世代じゃないんですけど、小学校のときに流行っていた「学校へ行こう!」という番組の影響で聞くようにになりました。V6さんの超人気番組で、当時クラスのみんなが見てました。

特に人気があったのが、B-RAP HIGH SCHOOLという企画です。

モノマネをしながら面白い替え歌を披露するというもので、出てくる人達のレベルが高かった。MUSIAさん(MISIAさんのモノマネ)、チゲ&カルビ(チャゲ&アスカさんのモノマネ)、ジョン・レノソさん、騎士男さん、など。

とにかく面白くて、家族みんなで大爆笑しながら見ていました。特に好きだったのが、尾崎豆さんです。尾崎豊さんから「曲」を取ったセンスある芸名。名曲「15の夜」に乗せて、切ない自虐ネタを歌っていました。

さて、尾崎豊さんの心に刺さる曲が好きなのに、15の夜だけなぜ嫌いなのかというと、「盗んだバイクで走りだす」という歌詞が嫌なのです。

他人のバイクで自由にならんといてください(笑)

「15の夜」は自分勝手が過ぎると思います。やりばのない気持ちの扉を破るのは結構。家出をして、とにかくもう学校や家に帰りたくないんですね。そういう時期はありますよね。

分かりますよ。でも、バイクの持ち主に迷惑をかけるのは違います。許せません。

うずくんですよ。

私の、大事なバイク(自転車)を盗られた、あの忌々しい過去が。うずくんですよ、15の夜を聞くと。

「おまえの、おまえの勝手な自由のせいで!私は、私は…」

今回のブログは、15の夜へのアンサーソングです。自転車を盗まれて、とても悲しかった少年の物語です。天国の尾崎豊さんに捧げます。

あれは小学5年生のときのことでした。

私の乗っていた自転車は、兄からのお下がりで、そもそも兄も誰かにもらったという代物でした。汚くて、擦り傷だらけで、チェーンがすぐ外れる、壊れかけ。それじゃあ大変だよね、と親が気を遣って、新しい自転車を買ってくれることに。

街の自転車屋さんにいくと、あたりまえですけど、ブワーッと自転車が並んでいて、どれもピカピカです。かっこいいなぁと思いました。今で言ったら新車が並んでいるようなものです。

買ってもらったのは、銀色で、前かごと、三段のギアがついたママチャリでした。1万円くらいだったと思います。特別高いわけではありませんが、ピカピカの自転車というだけで嬉しいものでした。

次の日、さっそく自転車に乗って、同級生のKくんの家に遊びにいきました。

ピンポーン。チャイムを鳴らすとKくんが出てきて「公園であそぼう!」と言いました。あっ、自転車買ったんだとすぐに気づいてくれて、私も自慢気に「うんっ!いいやろ~」と言ってみたりして。

Kくんの家の横に自転車を停め、歩いて20メートルくらいのところにある公園でサッカーをしました。あのころは毎日サッカーしてましたね。夢中でしたね。

日が暮れて帰る時間に。見ると、私の自転車がありません。

えっ。うそ。えっ。なんでっ。

家をぐるっと見ましたが、自転車は見つかりません。動揺しました。絶対に家の横に自転車を置いた記憶があるのに、公園に戻って探したり、全然別の家を探したり。気が動転していたのでしょう、ダメもとで大きめの石ころを裏返したりしました。

ない。ない。

すると、Kくんがポツリと言いました。

「公園についてすぐ、知らない人が自転車のっていってたよ」

えっ。なんでそれをすぐに言ってくれないの。どっちに行った?と聞くと、「あっち」とKくんは道路を指差しました。走っていく私。しかし、自転車はありません。盗まれてから1時間以上経っているので、あるはずがないんです。

分かったのは、自転車が盗まれたということ。
盗んだのが20歳くらいの男性(仮名:ユタカ氏)であること。

はぁ、大変なことになってしまった。昨日買ってもらったばかりなのに。

こういうとき、みなさんなら親に何と言うでしょうか。普通なら「ごめんなさい」と塩らしく謝ると思います。それが正解です。ところが、私は間違いました。

「自転車なくなった!もう一個買って!」

と言ってしまったのです。自分は悪くないし、盗んだ人が悪いのだから、何の疑いもなく、買ってもらえると思っていたので、ご飯のおかわりをよそってもらうテンションで「もう一個!」と言いました。「あいよ!」を期待したのですが、父と母は、私の思っていた反応と違いました。

「どこで盗まれたんだ」
「カギは掛けていたのか」

Kくんと遊んでいるときに盗まれた、カギは掛けていなかった、まさか盗む人がいるなんて思わなかった、と私は正直に言いました。まだ買ってもらえると思っていました。

平然と自転車のおかわりを要求する私。

両親は「こいつはダメだ…。灸を据えないと」と思ったのでしょう。自転車は買わないと言われました。

えっ、と思いました。自転車がないと、友達の家に行けません。抗議しましたが、父は「走っていきなさい」と言い、やっぱり買ってくれませんでした。

自転車がない生活は一年にも及びました。

友達の家には走っていきました。汗だくになり、ハァハァと息を切らしていきました。友達の家についても、お店や別の友達の家に行くのに、みんなは自転車でスイーッ。私だけその後ろを「待ってー!」と走る生活になりました。

辛かった…。なんでこんな目に合わないといけないのか。

私の自転車を盗んだヤツが憎くて仕方ありません。不思議なことに、いつまで経っても見つかりませんでした。普通は(盗むに普通もないですけど)パッと自転車を盗んだあとは、足がつかないように乗り捨てるものです。しかし、私の自転車が見つかることはありませんでした。

1年という長い灸が明け、新しい自転車を買ってもらえました。それ以来、鍵を閉め忘れることはなくなり、自転車をパクられなくなりました。慎重な人間になりました。

それから6年ほど経ったある日、警察から一本の電話が入りました。

「自転車が見つかりました」

聞くと、ユタカ氏は(当時小学5年生の)私の自転車を盗んだあと、自分の家に保管し、丁寧にメンテナンスまでして、6年以上もの間、乗り続けていたそうです。防犯登録シールが私のままだったので、警察に見つかったという、おまけつき。

そんなことあります?
あほですね(笑)

警察は「どうしますか?」と聞いてきました。どうしますって、どういうこと?と思いました。どうやら警察は、持ち主である私に、犯人の対応を委ねているようでした。私は言ってやりました。

「できる限り重い処分をお願いします!」

即答でした。だって、千載一遇の復讐チャンスですよ。1年間本当に辛かったんですから。ユタカ氏にはぜひ臭い飯を食って反省していただきたい。恨み大爆発です。私の語気が強すぎて、親はちょっと引いているようでした。

ところが、私の願いは届きませんでした。じゃあ、なんでどうしますか?、って聞いたんよ。警察によると、相手は他人の自転車を平気で盗むようなヤバい奴なので、下手に重い処分をすると、逆恨みをくらって、私たちに危害が及ぶ可能性があると。穏便にすませましょう、とのこと。

ユタカ氏は、きっと今日ものうのうと生きています。

今でも考えることがあります。ユタカ氏はどんな気持ちで私の自転車に乗っていたのだろうかと。乗るたび「これって盗んだチャリなんだよなあ」と思い出したはずです。

もしかしたら、その自転車に乗って、母の日のプレゼントを買いにいったこともあるかもしれません。前カゴにカーネションを載せて「いいことしたなぁ」と思ったかもしれません。初デートも私の自転車だったかもしれません。

それって気持ちいいんですかね?

盗んだ自転車で走りだしてする親孝行は、気分いいんですかね?

小学生を泣かせて手に入れた自転車って、乗り心地いいんですかね?

盗まれて20年経ちますけど、私、許してないですからね。生霊飛ばしてますからね。1万円の自転車を盗んで、20年間も人から恨みを買うって、コスパ悪すぎませんかね?

こんな経験をした私だから、尾崎豊さんには、アンサーをしたいと思います。

あなたの自由の裏には、泣いている人がいるよ。
あなたを深く恨んでいる人がいるよ。
生霊飛ばされてるよ。
それって、本当の意味での自由なのかな?

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