読書感想5.「ゾーンの入り方」室伏広治

読書感想の第5回。

本の概要

・タイトル:ゾーンの入り方
・著者:室伏広治
・出版社:集英社
・出版年:2017年
・頁数:224ページ

要約:
ハンマー投げ金メダリストの室伏広治さんが教える最強の集中法。室伏さんといえば、スポーツマンNo.1決定戦(懐かしい)で他のアスリートを圧倒し、一部では地上最強生物と呼ばれるようになったサイヤ人である。どんな野生児かと思っていたが、超理論派であり、スポーツを哲学する人であった。本書を読めば、どうやったら集中できるか?に対して明快な解答が得られる。
集中力は特殊能力ではない

「集中力をつければ何かを超えられる」という発想をすることではなく「簡単なことでも全力を傾けて真剣にやれば、自ずと集中できる」ということなのです。

室伏広治著「ゾーンの入り方」集英社(2017年).

集中力といえばゲームである。

小学生のとき、パワプロクンポケット4(通称パワポケ4)にドハマりした。パワポケ4は、離島の高校球児を育成して甲子園優勝を目指す野球ゲームだ。選手の野球能力が、パワー、走力、肩力などの項目に別れて数値化されており、練習を重ねて選手の能力を伸ばしていく。

それと同時に、彼女づくりも重要である。私は同級生の姉(のぞみ)を彼女にするのが定番だった。のぞみと付き合うと、超特殊能力「豪力」が授けられる。豪力の効果は、パワーを+30するというものである。

この超特殊能力が凄いのは、パワーがプラス補正されるだけでなく、パワーの限界値である255を超えて285に到達できる点である。パワーを285まで育成すれば、かすっただけでホームランになる。

本書「ゾーンの入り方」を手にとったとき、とてもワクワクした。それは室伏さんの集中力の秘密に迫れることに対する興奮なのだが、そのときの感覚を表現するなら「現実世界で豪力が手に入る」に近かった。つまり、集中力という超特殊能力さえ手に入れば、何かしらの能力の限界が突破され、人間としての格が1ランク上がりそうな気配がしていた。

だが、本書によって、私の甘い考えは打ち砕かれた。

集中力とは、人間に付加される超特殊能力ではなかった。「楽しい」とか「むかつく」とかと同じで、何か特定の行為をしたときに現れる精神状態の一種であった。したがって「集中力さえあれば◯◯できる」という考え方は間違っていた。

悲しかった。集中力という超特殊能力を装備してみたかった。しかし、室伏さんほどの方が「そんか超特殊能力はない」と言うのであれば、諦めもつく。それに、よくよく読んでみると、集中力は習得できないが、集中する方法については書いているではないか。

集中するには「簡単なことでも全力で取り組むこと」が大事らしい。

本気を出すと集中できる

集中力とは何か。その答えもいくつかありますが、まず触れておきたいのは「本気で全力を出し切ること」です。「なんだ、そんな単純なことか?」と思うかもしれませんが、実は、そんなに簡単なことではないのです。本人は「私は本気でやっている」「自分は全力を出している」と思っていても、それは本当の全力ではなくて、まだまだ力が残っていることがとても多いのです。

室伏広治著「ゾーンの入り方」集英社(2017年).

この文章を振り返ったとき、子供のことが思い浮かんだ。

「子供の集中力はすごい」と言われる。たしかに、三歳の息子を観察していると「この子、すごい集中してんなー」と感じことがある。たとえば、葡萄を与えると、15分くらい無言で皮を剥き続ける。蟹でも食っているのかと錯覚するほどである。

かと言って「すごい集中力!うちの子は天才かも?!」と思えるかというと、そうでもない。葡萄剥きには無限の集中力をみせるが、興味のないものに対してカケラも集中しないからである。まっすぐ座ってご飯を食べましょうと言っても、気づいたら葡萄をくちゃくちゃ噛みながら、その辺をウロウロ歩いくので、うぉい!と一喝して座らせている。

同じ葡萄でも、剥くときと食べるときでは、集中度に天と地の違いが見られる。本当に集中力があるなら、お食事も行儀よく頑張れるはずである。したがって、息子に集中力が備わっているとは考えにくく、何かがトリガーとなり、息子の集中力を引き出しているように感じる。

集中力のトリガーは何だろうか。私は「興味のあるなしかな?」と考えていたが、室伏さんの言葉を借りれば「全力で本気を出しているか」であるらしい。たしかにそう考えた方がしっくりくる。

息子は「わたしはほんきでやっている」「じぶんはぜんりょくをだしている」とは口にしないが、全身全霊で葡萄に向き合っている姿を見れば、全力で本気になっていることが分かる。息子から感じる本気は、私がよく口にする「明日から本気出す」の本気とはレベルが違う。正しく、全力の本気である。

全力で本気を出している頻度を大人と子供で比べると、圧倒的に子供の方が多いという実感がある。私くらいの雑魚な大人になると、蟹の爪から身をほじくり出すときくらいしか全力の本気を出していない。

「子供の集中がすごい」と言われる理由が分かってきた。子供は加減というブレーキがぶっ壊れているので、本気の出し惜しみをしない。そして、集中とは、本気を全力で出し切ったときに得られる精神状態である。よって、子供は集中状態に到達しやすいのだ。

では、大人になってしまった私が、子供のように集中するにはどうしたらいいだろうか。

楽しさを見つける

自分が集中していることすら忘れて没頭できているとしたら、こんなに素晴らしいことはありません。では、どうしてそういう状態になっているかと言えば、それは夢中でやっているからです。夢中でやれるほど楽しいからです。つまり、「どうすれば集中できるか」という方法論の一つは、その楽しさを見つけること。集中してやることの楽しさを知ることなのです。

室伏広治著「ゾーンの入り方」集英社(2017年).

大人が集中するカギは、集中する楽しさを見つけることにあるらしい。

会社の同僚と、テクノロジーが発達した未来の暮らしについて語り合ったことがある。今は週休二日制だが、将来はもっと働かなくても人間が生きていけるのでは?という話になった。同僚は「毎日ダラダラ過ごせたら最高だなぁ」と言ったのだが、私はそうでもないかもなと思った。ダラダラで得られる快楽には限度があるからだ。

本当の快楽は、集中したときにしか得られない。蟹は食べにくいから楽しいのだ。もし蟹が球体で、ゆでたまごを剥くくらいの手軽さで食べられる生物だったとしたら、美味いかもしれないが、楽しくはない。家族との貴重な団らん時間をゴミ箱に捨てるかのような、あの夢中で蟹をほじくる無言時間が、実は最高に集中していて楽しいのである。

世の中のあらゆるものに10本ずつ蟹の足がついていれば、私は常に集中できるはずだが、蟹の足を物理の教科書に縫いつけていく作業はけっこう骨が折れそうなので、別の案を考えたい。

たとえば、勉強であれば、単に問題集を解くだけではつまらない。人に教えてみたり、自分で問題を作ってみたり、問題集を二冊買ってきて比べてみたり、タイマーをかけてリアルタイムアタックをしてみたり、綺麗な字で解答をつくったりすれば、少しは楽しむことができる。

室伏さんが言いたいのは、つまり、こうした工夫もなく「集中しよう!」と念じるだけではダメということだろう。どうしたら楽しめるだろうか、どうしたら夢中になれるだろうか、と自らに問いかけ、楽しめそうな工夫を絶えず行う。そうすると、自然と全力の本気を出すことになり、自分でも気づかないうちに集中状態に入っていけるわけだ。

私のような雑魚と一緒にすると、パワー285の室伏さんのハンマーが飛んできそうであるが、室伏さんも私と同じように「工夫しないと集中できない人間」であるということが本書を読んで分かった。室伏さんでさえ集中するのが難しいのだから、私などはワクワクさんくらい工夫しないと集中できないのは道理である。

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