雑魚る技術1. 「雑魚の知」

コラムの第15回。

今回のテーマは「雑魚の知」である。

本ブログは「雑魚(ざこ)が考えた勉強法を笑っていただくこと」を目的としている。私は雑魚という致命的な短所を抱えているが、雑魚は人に(嘲)笑ってもらえる長所でもあることに気が付き、ブログを始めたのである。

さも深い考えがあるように見えるだろう。だが、所詮は雑魚の考えることである。50記事を超えたあたりで芯がブレてきた。「そもそも雑魚ってなんだっけ?」となり自我が崩壊した。ついでにゲシュタルトも崩壊し、雑魚と稚魚と雑煮の区別も付かなくなってしまった。このままでは良くない。

そこで、雑魚とは何かについて、本気出して考えてみることにした。

今まで夢中になって雑魚ってきたが、雑魚について真剣になったことはなかった。もしかすると、ちゃんと考えたら、雑魚という生き方の良さが見つかるかもしれない。

なんだったら、雑魚の方がいいという考えになるかもしれない。みんな積極的に雑魚ろうとするかもしれない。地球上が雑魚で埋め尽くされ、私の雑魚感が薄まるかもしれない。雑魚になるための技術が世に求められるかもしれない。そうなればいいな、という思いを込めて「雑魚(ざこ)る技術」という名前を付け、本ブログで雑魚を研究していくことにした。

雑魚る技術の第1回は「雑魚の知」である。

古代ギリシャの哲学者・ソクラテスが残したとされる名言の一つに「無知の知」がある。簡単に言うと「己の無知さを自覚してる俺すげぇ」である。

この発言のきっかけとなったのは、神託であった。デルフォイにある神託所(今で言うヤフー知恵袋)の巫女が「ソクラテスより賢い者はいない」とツイートしたのがバズり、エゴサーチしていたソクラテスの耳に届いたのだ。

ソクラテスは、喜ぶかと思いきや「ソースが知恵袋じゃ信用ならん。俺が自分で確かめる」と言い出し、政治家、詩人、職人など、賢そうなやつを見かけては問答バトルを仕掛けるようになった。今で言うレスバである。

「はい論破!」を繰り返すうちに、ソクラテスは気づいた。「あいつら偉そうにしてるけど、知ったか(振り)じゃん。善美なるもののこと、全然分かってねーし。つーか俺も分かんねーし。でも、少なくとも俺は知らないってことを自覚してる分、あいつらより賢くね?うはっ。気づいた。俺が一番頭いいわキタコレ」と言ったとか、言わないとか。

これが無知の知として今日に知られるようになったそうである。

このエピソードだけを聞くと、ソクラテスが相当うざいやつに思えてくる。ネットで「ソクラテス」を検索すると「ソクラテス うざい」が出てくる。うざいのは確定だったかもしれないが、当時の若者を感化し、より善く生きるための反省を促したソクラテスの功績は、紛れもなく偉人である。プラトンやアリストテレスといった超有名哲学者の師であるという実績だけでリスペクトに値する。

さて、ソクラテスの無知の知であるが、これは雑魚と親和性が高い。無知=雑魚という関係が一般に成り立つので、雑魚の知と言って差し支えないはずだ。

つまり、人類史上最高の賢人の一人であるソクラテスが「ぼくは雑魚である」と自白しているのである。これは雑魚研究者として見逃せない。

ソクラテスほどの賢人から見ると、みんなが雑魚に見えたのだろう。それも、雑魚なのに雑魚であることを自覚していないのだ。失笑ものである。バスケの下手なやつが、アームバンドを装備し、「俺アイバーソンだけど何か?」みたいな顔でクロスオーバーを失敗しているくらいの痛さがある。

そんな雑魚を見かけたら思わず笑ってしまうが、バカというやつがバカ理論によると、雑魚を笑うやつもまた雑魚になるので、同点引き分けである。

その点、ソクラテスは賢かった。「俺も雑魚だけど、雑魚だと自覚してる分、お前らよりマシ」という雑魚マウント法を開発したからだ。

これより、雑魚というカテゴリーを受け入れることにはなるが、雑魚界の中ではエリート的ポジションを獲得でき、マウントし放題になる。自己肯定感が爆上がりすること請け合いである。

まとめると、雑魚る技術1「雑魚の知」とは、自分が雑魚であることを認めることで、少なくとも雑魚界ではトップに立つことができ、自尊感情を高められる技術である(勉強になった)。

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