音楽のセンスがない

コラムの第23回。

今回のテーマは「音楽のセンス」である。

好きなアーティストは?と聞かれたら、なんと答えるのがベストだろうか。

18歳のとき「ミスチルです」と回答して、場をシラけさせてしまったことがある。音痴な私がとち狂って入部した、バンドサークルでの出来ごとであった。

当然だが、バンドサークルは、音楽好きの集まりだった。他の人が挙げたアーティストは、相対性理論、くるり、supercar、凛として時雨、クラムボン、The Pillows…。私の知らない名前ばかりだった。

当時から自己肯定感が低かった私は、その場に流れる「ミスチル推しはダサい」という雰囲気を敏感に感じとり、隅っこでシュンとなった。メジャーバンドを推すのは「音楽への造詣が浅い」らしかった。

中には優しい先輩もいた。「ミスチルかぁ。一周回っていいね」と言ってもらえた。ミスチル好きを発表するには、一周回る必要があるらしい。私が知らない間にみんなより一周多く回ったとは思えないので、たぶん周回遅れだ。

世の中には、音楽に限らず「みんなが知っているものを好き」と言うのはダサい風潮がある。そこはかとない「浅さ」が滲み出てしまうからだろう。ちょっとコアなあたりを攻めるくらいが恰好いいのだ。

あれから15年。音楽もそれなりに聞いてきた。今、好きなアーティストは?と聞かれたらこう答える。

「ミスチルです」

これは、私が一周回ったからではない。何も成長しなかったということだ。たくさん音楽を聴いたが、聞いたのはメジャーバンドの、しかも有名曲だけだ。カラオケ屋さんのデンモクにある「人気の曲ランキング」を毎年10曲~20曲ずつ覚えていったら、こうなった。

つまり、音楽を聞くセンスがないのである。

星野源さんがラジオで「久しぶりにマイケルジャクソンのアルバムを聞いたんですよ。アルバムを1曲ずつ聞いていくと、あっこんな曲があるんだって、発見があるんですよね」と言っていた。

それを聞いたとき、私は、1曲ずつ味わうという聞き方ができないから、音楽のセンスが養われないのか、と腑に落ちた。

恥ずかしいのを承知で言うが、私が音楽を聞く理由は、音楽を鑑賞したいからではない。カラオケで気持ちよく熱唱できる曲を覚えたいからである。自分で言っていてなんだが、非常にダサい。

だから、基本的には「自分が歌えそうな曲」しか聞かない。同時に、カラオケで盛り上がりたいという思いがあるから「みんなが知っていそうな曲」しか選ばない。そうすると、必然的にメジャーバンドの有名曲(アホみたいに音域が高くない男性ボーカルの曲)しか聞かなくなる。

アルバムを頭からお尻まで聞けばセンスが磨かれるのだろうが、知らない曲が続くとお尻がムズムズしてくる。落ち着きがないので、アルバムをじっくり聞くことができない。

小学生のとき、通信簿に「ざこべんくんは音楽を鑑賞する力がありません」と書いた先生は先見の明があった。音楽を聞く力のない人間は、いくら年を重ねても、音楽センスが磨かれないのである。

そういうわけで、いまだに好きなアーティストを聞かれるのが苦手である。克服できていないトラウマが蘇る。同じ理由で、私が聞いている曲のプレイリストを覗かれるのも苦手である。sign、tomorrow never knows、アゲハ蝶、・・・が並んでいても笑わないでほしい。

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