今、ひそかに「こんぼうブーム」が来ているらしい

コラムの第32回。

「人を殴りたくてうずうずしています」

そんなことを言うと「こいつ大丈夫か?」と思われる世の中です。もちろん殴りません。が、誰しも何かを殴りたい欲求を持っていると思うんです。われわれの先祖はナウマンゾウとか殴りまくってたはずですから。DNAに攻撃性が刻みこまれているんじゃないかと。

そこにきて「みんな密かに殴りたいんじゃないか説」を肯定する面白い話を聞きました。今、ひそかに「こんぼうブーム」が来ているらしいです。先日見たNHKの番組「いいいじゅー」の中で、こんぼうを使った村おこしが特集されていました。これが大変興味深いものでした。

こんぼうとは?

こんぼうは、主に殴ることを目的とした、それなりの長さの木の棒です。昔、1メートル定規で殴られた話をブログに書きました。定規は武器ではなく文房具なので、殴られてもダメージはそれほど大きくありませんでした(精神的苦痛は大きかった)。一方で、こんぼうはガチ武器です。ダメージ量が桁違いです。

ドラゴンクエストに親しみがある世代は「こんぼう」と聞くと攻撃力低めな棒を想像すると思います。その頭の中のこんぼう、一回捨ててください。現実のこんぼうは「凶器」と呼ぶにふさわしいエグさがあるんです。

なんといってもサイズがエグい。野球で使う木製のバットを想像してください。こんぼうは、そのバットよりもさらに2周りくらい大きいです。殴られると軽く意識が飛びます。とっても危ない武器なんです。

里山保全のついでに「こんぼう」作り

そんな凶器を製造しているのが、奈良県宇陀市にお住まいの、東祥平さん32歳です。普段は、里山の木の伐採や、高齢者の草刈り代行などで生計を立てている方です。若い人手が少ない山村地域では、貴重な労働力となっているそうです。純朴そうな、感じのいい方でした。

こんぼう作りのきっかけとなったのは、里山保全でした。私は知らなかったのですが、日本の里山は、スギやヒノキなどの人工林が生い茂っているらしいですね。人工林は建築材になりますが、いいことばかりではありません。人工林が密に生えていると、地面に日光が当たらなくなり、生物の生態系が崩れ、虫がいなくなっていくのだそうです。

虫の鳴き声が聞こえない里山で、東さんはこう思いました。「こんな山、面白くない」と。何とかしたいと考えた東さんは、里山を保全するために、木を適度に伐採して、山に光を取り入れる活動を始めます。4年前のことです。

凄いなぁと思いました。東さんに対して尊敬の念が湧いてきます。都会から田舎へ移住し、自分ができることから、少しずつ世のために働こうとする。その姿勢が素晴らし過ぎます。

里山保全を進めていると、副残物として、伐採した木材が手に入ったそうです。普通なら、住宅用木材などに再利用する木材です。あるいは薪にしてもいいものです。

しかし、東さんは「こんぼう」を作りました。

こんぼう展示会を開催

「なんで、こんぼう?」

番組ではサラッと「こんぼうを作りました」と紹介していましたが、私は凄く引っかかりました。「山村を救う人格者」というイメージから一転。突然の凶器製造。気持ちが付いていきません。「なぜこんぼうを作ろうと思ったのですか?」とインタビュアーさんが東さんに尋ねました。東さんは答えました。

「やっぱ、こんぼうでしょ」

答えになっていません。東さんは木を手に入れたとき「こんぼうを作るしかない」と思ったのだそうです。もはや理屈ではないのでしょうね。

試しにこんぼうを作った東さん。友人にプレゼントしたところ、その友人が大喜び。さらに周りも面白がってしまい「たくさんこんぼうを作って展示会をしよう」ということになりました。不真面目なことに真面目な人たち。もう完全に悪乗りです。

結局、200本のこんぼうを制作し、2022年に大阪で展示会を開くまでになったとのこと。いや、凄いな!しかも、1000人が来場し100本の棍棒が売れたと。1本3000~4000円するこんぼうが、飛ぶように売れたのだとか。

なにに使うの?

こんぼうを握ると殴りたくなる

なぜ、現代にこんぼうが売れるのか。それは「眠っている本能が刺激されるから」だと説明されていました。「こんぼうを握ると殴りたくなる」と答えた方もいました。怖いです。

しかし、こんぼうで人を殴るとアウトです。さすがの東さんも人は殴りません。でも殴りたい。では何なら殴れるか? 突き詰めた結果「こんぼうでこんぼうを殴ればいいじゃないか」と考えました。その勢いのまま、こんぼうでこんぼうを殴って飛ばす新スポーツ「こんぼう飛ばし」を発明。今では全国大会を開催するまでになったそうです。

狂気の沙汰。いえ、凶器の沙汰ですね。もう情熱の注ぎ方が明らかにおかしくて面白いです。ピカピカの笑顔で東さんはこう言いました。

「自分はこんぼうが面白いからやっている。それが、たまたま村おこしになっただけ。田舎まで来て、こんぼうを作って、人生を棒に振っている(こんぼうだけに)。でも、いい道具を手に入れたと思っている」

だれが上手いこと言えと。

終始、東さんの人柄が面白かったです。人生を賭して、こんぼうという面白方面に突き抜けてしまっています。しかも根がちゃんと人格者。地域貢献しているところに好感がもてました。

いつから自分はワクワクしなくなったのだろう?

東さんを見て思いました。いつから自分はワクワクに正直になれなくなったのだろう、と。思い返すと、自分も幼いころ、木の棒に夢中になった時期があります。こんぼうと呼ぶには細い木の枝。それでも、手にしたとき、振り回したくなる衝動に駆られました。実際、振り回していました。

私の木の棒は、セイタカアワダチソウという外来種の茎でした。家の近所に無数に生えていました。よく採取して、チャンバラをしたものです。棒を束ねて秘密基地を作ったこともあります。たまらなくワクワクしました。

木の棒を持ったときの、あのどうしようもないワクワク感。かけがえのない感覚です。しかし、大人になってどこかに行ってしまいました…。

今もセイタカアワダチソウは変わらず生えています。その横を素通りし、なんなら虫がいそうで嫌だとすら思うようになりました。変わってしまったのは私の方です

きっと、ワクワクを忘れてしまったのは私だけではないはずです。大阪の展示会でこんぼうを購入した人たちは、ワクワクを思い出したのかもしれません。こんぼうを見て「自分が失った少年の心」を取り戻したのかもしれません。

はたから見ると、こんぼうを振り回している32歳はヤバイです。しかし、見方を変えると、木の棒ひとつに感動できない人生って、どうなんでしょう。そっちの方がヤバイよな、と思い始めてきました。…考えすぎですかね(笑)

というわけで今回は、こんぼうを通して「些細なことを面白がれる能力」について考えさせられました。こんな深い話になるとは。

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