SASUKEがオリンピック種目に決定して嬉しいけど寂しいのはなぜだろう

コラムの第33回。

SASUKEがオリンピック競技になる」

とんでもないニュースが流れてきました。2028年のロサンゼルス五輪にSASUKEが採用されたそうです。マジか!と叫びましたよ。といっても、SASUKEという単一競技ではないようですが。

ニュースによると、これまで近代五種競技の一つになっていた「馬術」が廃止され、その代わりに「SASUKEにインスパイアされた障害物レース」が競技に組み込まれるらしいです。

いや、それでもすごいことです。SASUKEオリンピック採用の知らせに心が躍りました。その一方で、なぜか私の胸にチクリと寂しさが芽生えました。この寂しさは…。なんだろう…。

今回は、私が感じた寂しさを深掘りしてみたいと思います。

SASUKEの歴史

まずはSASUKEの歴史を振り返ってみましょう。SASUKEとは、人生をマッスルに振り切った猛者たちによる「筋肉の祭典」です。1997年秋に初めて放送され、現在までに40回開催されています。

半年に一度。マッスル自慢100人が緑山に集結。完全制覇を目指します。セットを作る予算は1億円越え。そんな超豪華アトラクションに、マッチョな素人たちが人生を賭けて体当たりで挑む。見ていて気持ちのいいものです。言わずと知れた超人気番組。誰しも1度は見たことがあるのではないでしょうか。

このSASUKE、元々は筋肉番付の「ハンドウォーク」というコーナーが始まりでした。ハンドウォークを放送してみたら、思いのほか視聴率が良く、味をしめたプロデューサーが「もっと忍者っぽい感じでシクヨロ」と言い出したとか。スタッフは「忍者ってなんやねん」と思いながらも、「こんなのっすか?」と作ってみせたのが今のSASUKEでした。

凄いのが、プロデューサーには制作費を伝えないままセットを組んだというところ。出来上がったセットをみたプロデューサー。「ほぉ、すごいな。で、なんぼかかったんや?」とスタッフに尋ねました。すると「数千万です」と返ってきたものですから、「誰がそんなに使っていいって言った!」とガチで怒ったそうですね。

でも、最初から数千万かかると分かっていたら、きっとセットも縮小されていたでしょう。今のSASUKEは無かったはずです。そう考えると、一番すごいのはスタッフさんじゃないかと。

プロデューサーに予算の使い込みを気取られぬまま、ひっそりとセットを建てた業なんて、まさに忍術ですよ。スタッフさん、あなたが本物のサスケです(笑)。

SASUKEはヒューマンドラマ

さて、番組の1コーナーから派生したSASUKEですが、その後本家の筋肉番付とは異なる発展を遂げました。筋肉番付は、プロのアスリートたちが身体能力を競うスポーツ選手権です。一方、SASUKEは素人のおじさんたちの人間性に焦点を当て、ヒューマンドラマとして人気を博しました。

そう、スポーツではありません。SASUKEはドラマなんです。

SASUKEは、ある時期に「スポーツ色」を捨てて、人間を深掘りする方向に大きく舵を切ったと言われています。そのきっかけとなった人物を二人紹介します。

毛蟹の秋山さん

一人目は、元毛蟹漁師の秋山和彦さん。通称「毛蟹の秋山」。SASUKE初の完全制覇者です。

秋山さんは「先天性の弱視」という視力が極端に低いハンディキャップを抱えていました。薄暗い夕方になると、もう全然見えないそうです。最初のころは見えない障害物に苦戦し、そのタイムロスで敗退していました。

そんな中、第4回大会で、誰も成しえなかった完全制覇をやりとげます。凄すぎます。緑山の頂上に立ち、制覇した感想を聞かれた秋山さんは、こう答えました。

「やっぱり気分いいです。ずっと一番になりたかったので。スタッフの皆さんにチャンスを何回ももらっていたのに自分のものにできなくて、本当申し訳ないと思ってたので良かったです」

人間ができてますね~。SASUKE界には「緑山に嫌なヤツは一人もいない」という言葉があるそうですが、秋山さんはその中でもトップクラスに器のでかい人間だと思います。何が凄いって秋山さん、完全制覇した後も、自分が弱視であることを視聴者に言わなかったんです。

弱視を隠していた理由は「本人の意向」とのことなので詳しくは分かりませんが、人格者の秋山さんのことですから「ハンディを持ち出すのはフェアじゃない」と考えたのではないでしょうか。

もちろん番組側は弱視のことを知っています。「『ハンディがあったって、普通の人ができないこんなすごいことができるぜ』と語ることは意味があるんじゃないか」と秋山さんを説得し「それなら…」ということで弱視の公表にいたったそうです。

毛蟹の秋山さんが弱視を発表したときのことを、私は今も鮮明に覚えています。当時の私は小学生。衝撃を受けたのは、本を読みながら勉強するシーンでした。

本にグーッと顔を近づける秋山さん。本に鼻が着かんばかりです。「そこまでしないと見えないんだ!」弱視というハンデは、普通に生活できない大変な困難であるということを、そのとき初めて知りました。

私はけっこう目が悪いので、少しですが気持ちが分かります。メガネを外すと本も読めないくらい見えません。メガネなしで外を歩くのはかなり怖い。こんなぼやけた視界でスポーツなんてもっての他です。秋山さんは、私以上に前が見えない中で、SASUKEのステージを駆け抜けたんです。

「すっげえ…。こんな人いるんだ」幼い私は心打たれ、尊敬の念があふれました。私だったら絶対言います。「僕、目が悪いからなぁ~。つらいなぁ~」って(笑)ダサいですねー。

聞くところによると、秋山さんは弱視でいろんな痛い目を見てきたそうです。レスリングでオリンピックを目指して自衛隊に入ったけど、諦めなきゃいけなくなったとか。お父さんの仕事を継いで毛蟹漁師になろうとしたけど、弱視だから船舶免許が取れなくてダメだったとか。

辛すぎません!?それでもハンデを言い訳にしないフェア精神には、尊敬しかありません。ヒューマンドラマやわ~。

かつて、秋山さんに「一人かに道楽」というニックネームがつけられたことがありました。でも、こんな厳しい人生の道、全然道楽じゃありませんよ(笑)

秋山さんの姿は、たくさんの人に勇気を与えてくれました。そんな姿をみて、SASUKE総合演出の乾さんは、「SASUKEって、名もなきアスリートたちのオリンピックなんやな」と思ったそうです。

ミスターSASUKEは、最高のエンターテイナー

SASUKEをヒューマンドラマにした立役者。もう一人は、ミスターSASUKEこと山田勝己さんです。

ちょっととぼけた所のある山田さんは、今では水曜日のダウンタウンで、しこたまイジられるキャラになっています。でも、本当はすごい人なんです。誰よりもSASUKEに熱く、SASUKEを愛し、完全制覇こそ届かなかったものの、歴代きっての実力者でした。

山田さんがイジられる原因は、山田さんが茶目っ気たっぷりだからというのもありますが、私が思うに、SASUKEの世間的な評価が低かったから、というのも大きいんじゃないかと。

私が今回の記事で一番言いたいのはココです。若い人は知らないかもしれませんが、私からみてSASUKEは、わりと馬鹿にされてきた歴史があるなぁと思います

「SASUKEなんかにマジになっててウケる」

これが2000年代の一般的な感覚でした。山田さんを貶めているわけではありません。その当時は、SASUKEという単なるテレビ番組に、人生を賭けてしまう男たちの馬鹿馬鹿しさが、面白かったんです。

サッカーを頑張る子どもを笑う人はいません。もしかしたらプロになって、海外で大金を稼ぐかもしれませんから。第二の本田圭佑になるかもしれませんから。だからメジャーなスポーツは、マジになっても笑えないのですが、SASUKEは最高に笑えました。

山田さんの生き様は、スポーツマンを超えて、エンターテイナーでした。たとえば、山田さんは仕事をリストラされています。SASUKEが好きなあまり、仕事中にSASUKEの練習をしてしまったからです。

当時の仕事は、酸素ボンベの運送だったそうです。「どうしても練習したくなった」という山田さんは、仕事中にも関わらず、車をとめて、SASUKEのトレーニングをしてしまいました。その横で、酸素ボンベが炎天下に炙られ、圧力が上昇。爆発したらしいです。

山田さん…。もうギャグです。

それだけかと思いきや、まだやらかしています。別の日、またまた練習をしたくなった山田さんは、会社のクレーンを拝借。「命綱なしで20mの綱登り」というアウトな練習を始めました。そしたらクレーンが故障して使えなくなった。それが会社にバレて、クビになったそうです。

「俺にはSASUKEしかないんです…」

これは人生をSASUKEに捧げた山田さんが残した名言です。普通なら感動するところですが、私は笑い転げました。大変申し訳ないのですが、フリが効きすぎていて、面白すぎます。

これが例えば、イチローさんが「俺には野球しかないんです…」と言ったのであれば、よく頑張った!と拍手を送ります。イチローさんを笑えるやつはいないでしょう。

では、なぜ山田さんの「俺にはSASUKEしかないんです…」が面白いのかというと、ひとえにSASUKEの世間的評価がいい感じに低かったからだと思うんです。

SASUKEを極めてもプロになれるわけではない。賞金をもらえるわけではない。むしろ練習場の整備にお金が掛かる。職業ではなく趣味です。だからこそ、SASUKEに本気になった男には、背水の陣感が溢れ出します。

見ていて本気でハラハラします。ステージをクリアできて喜ぶ姿に感情移入できます。そして、一歩ひいて冷静になると「なんでこの人たちこんなに真剣なんだ?笑」という可笑しさが湧いてきます。エンターテイメントとして最高です。

SASUKEの裏側。制作陣の努力もすごかった

今や、SAUKEは市民権を得て、オリンピック競技にもなりました。テレビ番組がオリンピックですよ。偉業中の偉業だと思います。これまでSASUKEに貢献してきたチャレンジャーたち。特にSASUKEオールスターの方々には賞賛を送りたいです。

そして、あまり知られていませんが、SASUKE制作陣の工夫も凄かったんです。いくつか紹介させてください。

SASUKEはなんといっても世界観が素晴らしい。あのセットの裏設定は「ラピュタ」なんですって。第一ステージは平原の遺跡。第二ステージはラピュタ底の動力炉。第三ステージはバルス後の床の無い奈落。そして、最後のステージはロケットがモチーフで、ラピュタからの脱出を表すと。

こういう風に世界観がしっかりしていると、単なるスポーツアトラクションに見えなくなります。凄い工夫です。

また、左から右に進んで障害を避けていくあの方式。スーパーマリオブラザーズを意識しているらしいです。視聴者が見慣れたゲーム要素を散りばめているから、初めてみる競技だけど、見やすいのだそうです。

他には、名物の「そり立つ壁」がありますね。あれは東大卒のADさんが絶妙なそり立ち加減を計算して作ったものらしいです。

あとは、クレイジークリフハンガー。あれは背後の突起に飛び移るアトラクションですが、飛び移りを思いついたのは、単に難度を上げるためではなかったそうです。ある日、スタッフさんが映像を見ていると「普通のクリフハンガーは競技者の顔が見えないなぁ」と気づきました。これではTV的に盛り上がらない。それなら「顔が見えるように振り返らせればいいじゃん!」と思いついたとか。

まだあります。第一回のSASUKEは、なんと室内でした。失敗したらマットにボスんと落ちていたのですが、「なんか失敗感がないなあ」ということで、泥水に落とすようにしたそうです。人が泥水に落ちるのは見ていて楽しいですからね。オリンピックでもぜひ泥水でお願いしたいところです。

こうやってあらためて見ると、SASUKEのスポーツをエンタメにする技術は、すごいものがあります。

寂しさの正体は、馬鹿馬鹿しさとの別れ

SASUKEは多くの参加者とスタッフに支えられて、今やオリンピック競技にまで成長しました。もう馬鹿にする人はいないでしょう。

一方で、寂しくもあります。

これまでのSASUKEは、めちゃめちゃトレーニングして、めちゃめちゃすごい人たちが出てくるのに、SASUKEが職業としての市民権を得てないせいで、どこかお笑い枠として認識されていました。でも、私はそれが大好きでした。偉ぶらない山田さんや、SASUKEオールスターズが大好きでした。

しかし、オリンピックに採用されたSASUKEは、地位が向上してしまいました。「SASUKEなんかに本気になって」と思えなくなりました。山田さんたちは、もうみんなが認める本当にすごい人になってしまいました。素晴らしいことです。ですけど…

SASUKEが馬鹿馬鹿しくなくなったせいで、馬鹿馬鹿しいことに本気になる大人を見る機会が一つ減ってしまったんです

私は、それが寂しいんです。

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