ブログ開設してから100記事を書いてみて分かったこと

コラムの第42回。

昨今「ブレない生き方」が持てはやされています。

たとえばイチロー選手。プロ野球の第一線で28年間プレーを続け、安打数4367本というもはや誰にも破られないであろう大記録を作りました。

振り子打法で足はブンブン振りますが、体の軸もブレなければ、人生の軸もブレることなく野球一筋。ほれぼれしてしまう恰好よさです。

でも、みんながイチロー選手のようにブレずに生きられるわけではありません。

あのバスケの神様・マイケルジョーダンでさえ、全盛期に「おれ野球やるわ」ってNLBに挑戦したんです。すぐに「やべぇちがったわ。やっぱバスケやるわ」って気づいてNBAに戻りましたけど。

今回は、このブログを立ち上げてから、ちょうど100個目の記事になるので、100回記念にこれまでの振り返りをしようと思います。

正直にいうと、最初に作ろうと思っていたブログからはかけ離れていまして、軸がブレブレです。ブログがブレるってことは、生き方もブレブレってことです。恥ずかしい限りです。

100記事書いて分かったのは、自分のブレブレさ意外の何ものでもありませんでした笑。

だから、なんの参考にもならないと思いますけど。もしこれからブログをはじめようと思っていて、ちょうどこの記事を読む人がいれば、世の中にはこんなブレブレ人間がいるんだよってことで、安心する材料になれば幸いです。

ブログ開設のきっかけ

ブログを書こうと思ったのは、30歳を過ぎて、「あれ?自分の中に何も残ってないぞ?」という危機感を覚えたことがきっかけでした。20代のころの自分は、研究者として就職して、結婚もして、子供もできて、いろんな経験を積んだ気がするんですが、思い返してみると記憶がない笑。

たとえば東大には院も含めると6年通いましたが、「大学のときに何か面白いことあった?」と聞かれてみると、えーと・・・、なんだっけって感じで。咄嗟に出てくるエピソードが一個もなかったんですね。人間って、こんなに記憶がなくなるものなんだって、あるとき気付いて愕然としました。

たぶん、私は直近1年間くらいの記憶しか、新鮮に覚えていられない人間なんだろうと思います。ということは、このまま40歳、50歳になろうとも、知識が増えるどころか、「49~50歳の記憶だけを持つおじさん」になるだけです。それって悲しいなと思いました。

それで、自分が考えたことや経験したことが、どんどん蓄積していく仕組みがほしいなと。日記をつけ始めたりしたんですけど、誰かに読んでもらえるほうがモチベーションになると途中で思いまして、ブログを開設しました。

つまり、このブログは「ボケ防止」なんです。

でも、誰かに読んでもらう以上、何かしらの価値を提供したいという気持ちもありました。といっても、別に自分は偉い人間じゃないし。人様に何かを教えることもできない。どうしよっかなぁ・・・と思っていたところ、ABEMAで「しくじり先生」をやっているのを見て「これだ!」とひらめきました。

自分の失敗を書けばいいんだ。

失敗したことならたくさんあるし、きっとみんなも自慢話や説教を読むより、失敗談を読む方が面白いでしょう。文章で笑わせる自信はないけれど、低い人間が、程度の低い失敗をみせることで、鼻で笑ってもらうことくらいはできるのではないか、と考えました。

そんなわけで、人様に笑ってもらうためのブログ、を開設しました。特に勉強でいっぱい挫折してきた思い出があるので、勉強の失敗談だったら書けるかなと思い「雑魚が勉強法を語る」をブログのテーマにしたんです。

書くことがなくなった

勉強法の記事を20個くらい書いたころでしょうか。「書くことないな・・・。しんどいな・・・。」って気持ちがわいてきて、ブログをやめたくなったんです。いや、早いなと。自分こんなに根性なかったのかと悔しくなりました。

ブログをやめるくらいなら、途中でテーマがブレてもいいから、書きたいことを書こう。

そう思って、「不器用な育児日記」というカテゴリーを新しく作りました。というのも、このころ子育てに悩んでいて(いまもですけど)、子供はかわいくて好きなんですけど、子育てのストレスから逃げ出したくもあって、頭の中がゴチャゴチャだったんですね。だから、頭の整理をしたいな、と思ったんです。

それで育児日記を書いていくわけですけど、まぁこれが楽しい。記事を一つ書くごとに、頭の中のモヤモヤがスーッと晴れていく感じがしました。

たとえば、「パパは子育て中の暇つぶしを考えたい」という記事の中で、子供と遊んでいるときにイヤホンしてラジオを聞いているという話を書きました。これ、自分としては「子供と向き合っていないダメなパパだなぁ」っていう後ろめたい気持ちがすごく強くて。ずっと背徳感を抱えていたんです。

ですけど、いざ文章に書いてみると、頭が整理されて、子供の相手がつまらないと感じるときがあってもいいよな、つまんないのを我慢してキレるよりもラジオ聞いて気分転換する方が良いパパかもな、って捉えられるようになったんです。

あぁ。ブログってすごいなって思いました。

そこから、徐々にブログへの向き合い方が変わっていきました。最初は、誰かに情報を発信するものだっていう気持ちが強かったんですが、だんだんと自分の気持ちを整理するためのツールなんだって思えてきて、そうするとブログを書く行為時代が楽しいものになっていったんですね

だから続けられたんだと思います。

つらいことを笑いに変える

白状すると、100記事を書いた現時点でのこのブログの読者は0人です。

誰にも読まれないブログをせっせと書いております。ブログを書くこと自体が楽しいので、読者がいないことでショックは受けていません。むしろ、読者がいなくて良かったとさえ思っています。なぜなら、私の書く文章がクソつまらないからです。

読者は0人といいましたが、私だけは自分の記事を日々読み返しています。そして感じるのは「うわー、この人の文章つまんねぇ」ということ。現時点でこれを人様に読ませなくてすんでいるわけですから、読者0人というシチュエーションには感謝をしています。そして気付きました。

つまんない記事って、ダブルの意味で害悪だということに。

まず、つまんない記事を読まされる側が可哀そうです。時間の無駄なので。それは当たり前ですけど、もう一人、被害者がいます。それは記事を書いている本人。私です。

つまんない記事を書くってことは、頭の中がつまんないということです。つまり人生を楽しめていないんです。「窮地で笑う」という記事を書きましたが、つらい経験をしても、それを真面目に「辛かった」と感じたらつまんない。でも、笑えるポイントを見つけて、面白い記事に昇華できれば、それは人生を少し楽しめたことになります。

やっぱり、人生楽しみたいなぁと。

そういう気持ちが強くなっていきました。だから、直近の50記事くらいは、どうやったら「笑える面白い記事を書けるか」ばかりを考えて書いています(今だに面白い記事は書けません。精進精進)。

自力で面白記事を書くのは無理なので、自分が面白いと思う作家さんの文章を真似して、文章を書く練習をしています。最初のころは、カレー沢薫さんの文体を真似していました。今は、千原ジュニアさんの文章がマイブームです。

今後の目標

まとめると、何か蓄積するものがほしいと思って勉強法のブログを立ち上げ、育児日記やコラムという横道にそれつつ、とにかく毎日面白いものを見つけられたらいいや、という低い志で続けております。

100記事を書いて何か大きなものを得られたわけではありませんが、日々を少しポジティブに暮らせるようにはなった気がします。私のような雑魚にとっては、それだけでも御の字です。

次は200記事を目標に書いていこうと思います。200記事達成までには、そうですね・・・、1個くらいは「おもしろいな」と自分で思える記事が書ければいいなと思います。それが目標です。

今後ともよろしくお願いいたします。

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