読書感想9「たとえる技術」せきしろ

読書感想の第9回。

今回は「たとえる技術」という本を紹介します。

スベらずに笑いをとる方法

大学生のとき、mixi(ミクシィ)に日記を投稿していました。当時は面白いことを書いて目立ちたい年ごろ。人生で初めてすね毛を除毛した話などを書いていました。

私は上半身が薄毛、すね毛と太もも毛が異常に濃いケンタウロス体質です。遠目から見ると黒タイツを履いているように見えるため、江頭2:50さんを想像していただけると分かりやすいかもしれません。

mixiでは、このコンプレックスな両足を晒し、さらにプードルの毛刈りのごとく、滑らかな素肌へと変貌する様子をお届けしました。きっと面白がってくれる。私はそう思っていました。

月日が経ち、除毛のことをすっかり忘れたころ。日記を見返してみると、たまらなく恥ずかしくなりました。

ボディビルダーのように、足の付け根ギリギリまで露出した写真。しかも毛むくじゃら。自分の一部ですが「うわっ!きもちわるぅー」という言葉しか出ません。盛大にスベっていました。

これを他人様に晒したのか…。恥ずかしいわぁ…。即座にmixiのアカウントを葬り去りました。それ以来、文章を書くたび「またスベってるんじゃないか?」と怖くなります。

スベることって珍しいことじゃありません。プロのお笑い芸人さんでもスベることがあります。ですが、プロはスベっても心折れることなく、また笑いを取りにいこうとします。すごいなあと思います。

芸人さんたちのスベりを見ると、プロはスベりに耐えられるメンタルがあるからプロなんだ。おまえは一生つまらない人間なんだと言われてる気分になります。テレビを見ているだけで落ち込んでしまいます。

そんなとき、こんな言葉に出会いました。

「文章で笑いをとりたいなら、たとえるといいですよ。笑いをとれなかったとしても、スベることはないですから」

ええぇ。まじですか?と思いました。

なぜって、スベらずに笑いをとる。そんなことが可能だと言うのです。

昨日まで竹やりを手に命がけでマンモスを狩っていたジャワ原人が、今日からはライフル銃で狙撃していいと許可されたようなものです。えっ?安全に狩れるの?という驚きでいっぱいでした。

そりゃスベらないに越したことはありません。たとえに俄然興味が湧きました。

たとえる技術

たとえに絶大な信頼を寄せ始めた私ですが、一方で「これまでたとえてこなかった人間が、急に良質なたとえをできるものだろうか」という疑問が湧きました。

事実、たとえを交えてブログを書こうとしてみても、よい案が浮かびません。初めてマインスイーパーをしたときくらい何をしていいのか分かりませんでした。

これは勉強が必要だなと思い、手に取ったのが本書。せきしろさんの「たとえる技術」です。タイトルのとおり、うまくたとえるためのテクニックが惜しげもなく紹介されていていました。

「これは使えるぞ!」と感心することばかり。いくつか紹介させていただきます。

絶妙なたとえたち

私が本書を読んでいて「うまいわぁ」と感心してアンダーラインを引いたたとえがあります。3つ紹介しますので、それを見ていただけると、著者の「せきしろ」さんがタダモノではないことが伝わるかと思います。

「この犬、他の人に懐くこと滅多にないのよ」と言われた時のようにうれしい

これは「うれしい」を表現するためのたとえですね。具体的で分かりやすっ!って思いました。

たとえばプレゼントをしてもらったとき、LINEで「うれしい」と返信だけでは「本当にうれしいのかな?」と相手に怪しまれる可能性があります。とはいえ「めっちゃうれしい」では子供っぽい。

そんなとき「この犬、他に懐くこと滅多にないのよと言われた時のように嬉しい!」とスマートに返信できれば、きっと嬉しさが伝わると思います。

会計の時伝票をテーブルに忘れたようにたいしたことない

これは「たいしたことない」を表現するためのたとえです。

後輩と室外でバスケの1on1をしているとき、転んで手を擦りむいたことがありました。血が出ていたんですけど、そんなに痛くないし、大人だから擦り傷くらい平気です。「たいしたことないよ」って後輩に言ったんですけど、その後輩はすごく申し訳なさそうにしてました。

あのとき「会計の時伝票をテーブルに忘れたようにたいしたことない」って言ってあげていれば、きっと後輩は気が楽になったと思います。伝票忘れと同じくらいっていうモノサシがあると「あっ、本当にたいしたことないんやな」って伝わるはずです。

そう考えると、たとえって優しさでもあるんですね。

さるかに合戦で飛び出してくる栗のように盛り上がってますかー?

これはライブなどでよくある「盛り上がってますかー?」を盛り上げるためのたとえです。

「盛り上がってますかー?」はあまりにも手垢がついたフレーズ。お客さんも「いえー!」と乗りますが、何回も「盛り上がってますかー?」を繰り返されると「え?聞かないと分かんない感じ?盛り下がるんですけど」となり逆効果です。

そんなときは、具体的にどのくらい盛り上がってくるかを質問するのがベスト。そこで役立つのがこのたとえ。さるかに合戦で飛び出してくる栗といえば、昔話界でも屈指の弾けっぷりです。「おまえら!俺のライブでそのくらいハジケてんのか?」という気持ちが伝わる名たとえだと思います。

手垢のついた表現にひと工夫加える

とにかく表現するなら自分の言葉を少しでも入れなくてはいけない

たとえるときに大事なのが「聞いたことのない例えだな」と相手に思わせること。少しでいいから自分の言葉を入れるのがマストだそうです。

具体例としてあげられていたのが、「懐かしい味のする綿菓子のような雲」という表現。

「綿菓子のような雲」だけだと、手垢がつきまくっています。そこに「懐かしい味のする」と付け加えると、グッと印象が変わります。よくある雲が、昔を懐かしむ大人が見ている雲にみえてくるではないですか。

うまいなあと感心しました。というのも、この手口を使えば、今まで捨ててきたワードをリサイクルできるということですから、とんでもなく手数を増やせるんです。

たとえば「松岡修造くらい熱い」という表現を考えたことがあるのですが「いや、ありきたりだな」と思って使わずにいました。ここにひと工夫を加えられるか、考えてみました。

ウィンブルドンを懐かしむ松岡修造くらい熱い
久しぶりの同窓会でテニス論を語り出した松岡修造くらい熱い
指導している少年が大事なところでサーブをミスってしまったとき、俺が励まさずしてどうすると覚悟を決めた松岡修造くらい熱い

どうでしょうか。まだ面白くはなさそうですが、なんとなく熱くなっている情景までリアルに見えるようになった気がします。

手垢のついた表現にオリジナルなひと言を加える技術、これから使っていきたいと思います。

学校を使う

午後の授業のように眠い
突然の自習になった時のような喜び

これらは「眠い」「喜び」を表すたとえですが、どちらも学校でのエピソードがもとになっています。学校はみんなの共通体験。それゆえ「あるある!」と共感しやすく、たとえとして重宝します。

学校が便利って、言われてみると「まあそうだろう」と思うのですが、実際に意識してみると違います。漠然と「あるあるっぽいたとえないかな」と考えるときはいい例えが浮かびにくいですが、「学校でいいたとえないかな」と考えてみると確実に思いつきやすいのです。

特に、伊能忠敬の汎用性には目を見張るものがあります。

伊能忠敬のようにフットワークが軽い

伊能忠敬があまりに万能な偉人なので、大抵の人の性格は伊能忠敬でたとえられるほどです。ぜひ使ってみてください。

季節の挨拶を作る

これはテクニックというより練習法に近いのですが。季節の挨拶にたとえを入れるようにすると、たとえを考える力が養えるなと思いました。たとえば、こんな挨拶があります。

野球部を引退した3年生のが伸び始めてくるような今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?

粋ですねぇ。夏の終わりを感じさせる素敵な挨拶だなって思います。もし同僚のメールがこんな挨拶から始まっていたら、その日の仕事が楽しくなりそうです。

この季節の挨拶ですが、作り方があります。

まず「〇〇な春」の〇〇に入るたとえを考えます。春じゃなくてもいいです。夏でも。秋でも。冬でも。とにかく季節感があるたとえを考えてみます。

たとえが見つかったら、こんどは「春」の部分を「今日この頃、いかがお過ごしでしょうか」で置き換えます。これで完成。とっても簡単ですね。

私も一つ作ってみました。

そろそろと思いダウンジャケットを着てきたものの、室内が思いのほか暑く、Tシャツが汗ばんでしまう今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。

さて、誰に送りましょうか。

まとめ

せきしろさんの「たとえる技術」を紹介しました。明日から使える実践的なテクニックの数々。初めて鉄砲を見た織田信長くらいワクワクした本でした。

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