いい意味で空気を読まない人の効用

育児日記の第38回。

空気を読まない人は必要

研究所には、いい意味で「空気を読まない」人がいます。

有名なところでいうと、青色発光ダイオードの中村修二さん。研究に没頭するあまり「会議に出ない」「上司の言うことを聞かない」などの問題を起こしていた、ザ・空気読まないマンでした。「そんな無駄なことしてる場合じゃないぜ」というのが中村さんの自論ですが、社内での評判はかなり悪かったそうです。

しかし、会議を徹底的にボイコットすることで、研究には打ち込むことができました。ダイオードを作るための成膜装置と日夜にらめっこした中村さんは、あるとき閃きます。「ひょっとしたら原料ガスの流れが悪いんちゃうか」。

すぐに自力で装置を改造。ガスの入り口をもう一個増やしてみたら、これが大当たり。ピカピカに光る青色発光ダイオードが世界で初めてできて、会社も儲かり、中村さんはノーベル賞を受賞しました。

まあ、その後、特許や給料で会社と喧嘩して、中村さんは退職してしまうんですけどね。中村さんの人間性については、私は詳しく知らないので良いとも悪いとも言えません。

ただ、中村さんが空気を読まずに研究に没頭しなければ、あのノーベル賞級の発明は無かったのではないかと思います。数億円の予算を使った期限付きプロジェクトだったそうです。常人の時間感覚では無理でしょう。やっぱり、すごい方だなあと思います。

中村さんを見ていると、世の中にはいい意味で空気を読まない人が一定数は必要なんだと思えます。

空気を読まれなくて救われた話

そんな「いい意味で空気を読まない人」が私の近くにもいます。Kさんです。

Kさんは60歳を過ぎたおじいちゃん。私みたいな年下相手にも同じ目線で話してくれる、とっても気さくな方なのですが、ときどき「えっ?」と思うような空気の読まなさを発揮します(蛭子能収さんをイメージしてください)。

1年前、私が職場の自販機でお茶を買っていたときのこと。「どう?最近?」と声をかけられました。パッと振り返るとKさんが立っていました。

「いや~、子育てが辛くて。メンタルが持たないんですよ…」

私は精神を病んでメンタルクリニックに通い始めたことを相談しました。Kさんは表裏がないので、不思議な相談しやすさがありました。「それは大変でしたね」というねぎらいの言葉を期待したのですが、Kさんから返ってきたのは予想外なひと言でした。

「育児なんて、全然つらくないですよ」

え?そこ普通は心配してくれるとこちゃう?と思ったのですが、そのままKさんの話は続きます。よくよく聞くと、Kさんは数年前までお母様の介護をしていて、夜もろくに眠れない状態だったそうです。それが辛くて辛くて。介護に比べると、育児なんてマシ、という考えに至ったそうです。

育児はいいじゃないですか。終わりがありますから。介護はね、終わりがないんです。終わりを想像したらいけないんです。死を願っちゃうことになる。それが辛いんですよ」

とKさんは言います。どうしても慰めてほしいくらい精神的に落ち込んでいた私は「しまった…。Kさん空気よめないとこあるんだった…」と後悔しながら話を聞きました。その後も延々とKさんの「不幸自慢」は続き「辛いんですよマウント」をとられ続けました。

ところが、ひとしきり「君はマシだよ」論を聞いたところで、とても不思議な感覚になりました。「あれ?こころが軽くなってる…」私は、たしかに育児より介護の方がキツいよな、自分はマシな境遇なんだ、と思えるようになっていました。これには自分でも驚きました。

一見すると、空気の読めないマジレスだと思っていたKさんの不幸自慢。実は、良く効く薬になっていて、私の心の負担を取り除いてくれていたのです。Kさん天才です。

Kさんはいつも思わぬ角度で、すごく勉強になることを教えてくれるので、ひそかに尊敬しています。

介護を育児と読み変えて本を読むのはいいものだ

育児と介護、どっちが辛いかは環境によると思いますが、Kさんのおかげで「介護のつらさ」にも目がいくようになりました。そうすると何がいいかというと「介護本」から違った視点の育児知識を得られるんです。

介護でいうと、先日「島田洋七の老いてますます、おもろい人生」という本を読みました。この本は、島田洋七さんが義母の介護を通じて思ったことを綴ったエッセイです。すごく面白くて、育児にも通じるところがたくさんあるなあと勉強になりました。

たとえば、介護に対する姿勢です。こんなことが書いてありました。

佐賀のばあちゃんも言ってましたけど、「まず我がため。我がためで生きていき、余裕があったら人のためにしてあげなさい」

余裕がないのに人のために何かをすると、「こんなにしてあげている」という気持ちが生まれ、相手に見返りを求めたり、自分のなかに被害者意識をつくったりしてしまうんです。

島田洋七著「島田洋七の老いてますます、おもろい人生」日本文芸社、2009年

まず余裕を持つ。ええこと書いてますね。これはそのまま育児にも当てはまるなあと思いました。

子供を育ててると「この子の人生背負ってるんやから、しっかりお世話せな」と思ってしまいます。でも、あんまり完璧主義になったり、神経質になりすぎたりするのもよくありません。もちろん子育てを頑張ってもいいけど、まずは自分に余裕がないと。被害者意識が芽生えます。

これは、東京にいたとき、核家族で子育てを頑張りすぎた私が、現に被害者意識でいっぱいになってしまった経験があるので、すごく心に刺さりました。

「まず我がため」というのは、ある意味空気読んでないですが、いい空気読まなさ加減だと思います。

また、島田洋七さんは、こんなことも言っていました。

本来、介護というのはしんどくてたいへんなものやけど、それをしんどくてたいへんやと思ったら、できませんよ。家族や親戚が一致協力して明るくやったほうがええでしょう。

そのほうが介護されるほうも楽しいし、うれしいんですから。みんなでワイワイガヤガヤと何かやるのはすっごく楽しいもんです

島田洋七著「島田洋七の老いてますます、おもろい人生」日本文芸社、2009年

これもええこと言っています。重要なのは「介護する意義」を定義していることです。島田さんは、介護をすることは「家族が仲良くなるためのチャンス」やと捉えているんです。これってすごく大事だなと思いました。

Kさんが言うように、介護は死に向かっていきますから、終わりが見えない。本来は救いがないんです。だから、もし真面目に介護に向き合ってしまったら「何のためにやってるんやろう」となって気持ちが沈んでいくのは当然です。

だから、島田さんは目的を変えようと言います。介護のために家族があつまる、そしたら仲良く楽しくできるチャンスやないかと。これが介護の目的であると。

とってもいい考え方だし、育児にも反映したいなと思いました。パパとママとおじいちゃんとおばあちゃんが集まって、みんなでワイワイ子供を育てる。その過程で家族のきずなが深まっていく。すばらしいですね。そのほうが子供にとってもいいですよね。

田舎に帰ってきたことで、じじばばに頼れるようになりました。すごくありがたいです。「育児はしんどいもの。親が頑張るもの」みたいな変な空気は読まず、「めっちゃしんどいわ~。じじばば手伝って~」と、じじばばが元気なうちに甘えまくって、自分に余裕を作りまくるKYでありたいと思います。

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