ブログを始めよう!と意気込んでいたころの日記を読んだら、青臭過ぎて笑えたが、どこか心を打つものがあった

コラムの第59回。

ブログを始めて半年。書いた記事は150個になりました。最近は少しだけブログというものに慣れてきた気がします。そういえば、ブログを書き始めてから日記をつけなくなったなと思い、机の引き出しを漁っていたら、古い日記が出てきました

日付をみると2023年5月。ブログを始める2ヶ月前です。読んでみると「私こんなの書いたっけ?」と思うような内容ばかり。すごく青臭い。誰だよ!この悩みまくってる熱いやつ(笑)とにかく笑えました。せっかくなので晒したいと思います。

ブログに何を書くべきか(2023年5月22日の日記)

私はブログを書きたいと思っている。だけど何を書いたらいいか、本当はよく分かっていない。

初めは本を紹介するブログを書いてみようと思った。でも、原稿を3,4本書いたところで気づいた。これは盗作だ。私が書いた原稿は、誰かが書いて本にしてくれたものの、単なる要約だった。なんのオリジナリティも無かった。

著作権的にダメな匂いがプンプンした。それに、他人の言葉を使って書いた原稿だから、なんだか居心地もよくなかった。だから、書評を書くのはやめにした。

次は、読書のやり方を教えるブログを書いてみることにした。私が長年愛用している「フローリーディング」のことを書いてみた。原稿を読み返すと、恥ずかしさがこみ上げてきた。

なんだこれは? なんだこの上から目線は?

私はどうも、自分のことを、人様に何か教えられるほどの人間だと勘違いしていた。自分が偉くなったような気がして、読書の技法を教えてやるよという文章になっていた。気持ちが悪くなったので、このブログ案も捨てた。

この頃から、パソコンに向かって何かを書いても、筆が進まなくなってきた。文章を書くことが重たく感じられた。それでも書いた。すると、たまたま書いたものの中に「これはおもしろい」と思えたものが見つかった。それは、自分の失敗談だった。

科学者である自分の失敗談なら、誰か興味があるのではないかと思えた。失敗談だから上から目線にはなっていなかった。しかし、有名でもなんでもない私の失敗談だ。誰が読みたいと思うだろうか。しかも、最後は教訓めいたフレーズで締めくくっていて、いかにも親父臭い。というかダサい。

それから、次は科学者の偉人の話をまとめて書こうと思った。エジソン。ファインマン。伝記を買って読んで勉強した。「これはみんな知らないだろう」というエピソードもいくつか集められた。それをクイズ形式にもしてみた。うまく書けた。と、思っていたが、読み返すと面白くない。

文章が堅い。ユーモアが足りない。

だから、読んでいてもつまらない。どうせ文章を書くなら、おもしろいと思ってもらえる文章にしたい。ユーモアのある話を書こう。ユーモアおじさんになろう。そんな気持ちになってきた。

さて、ブログに何を書くべきかという話に戻る。大事な要素はユーモアだ。おもしろい記事ならば、読んでもらえる可能性は広がるはずだ。では、私の頭の中から、どんなユーモアを引っ張ってくればいいだろうか。これは難しい。とてもじゃないがパッと答えられない。手詰まりである。

そうであるならば、地道にいくしかあるまい。とにかく、このノートに、思い出したおもしろエピソードを書いて残していくのだ。あれこれと選別せず、まずは頭に浮かんだものを片っ端から書いていく。そうすると「あぁ、このエピソードはおもしろい。いや、これはくだらない」と吟味できるようになるだろう。

つまり、ブログに何を書くべきかというと、「ノートにおもしろ話を書きつけて、その中から光るものを厳選してブログに書くべきだろう。何が光ってくるかは、今は分からない。きっとこのノートを埋めていくうちに見えてくるはずだ。少なくとも、これまでの24ページで3つも失敗できたのだから、ノートにエピソードを書いて残す意義は大きいと感じる。

なぜブログを書こうと思ったのか?(2023年5月23日)

思えば私は長年ブログを書きたいという思いを抱えてきた。だが、なぜ書きたいのかについて、深く掘り下げたことはなかった。この機会に考えてみたい。

私はブログを書くことを通して「自分の考え方をしっかり持った人間になりたい」と考えているのではないだろうか。他人のエッセイを読むと、些細なことに対して、いろいろ考えられるんだなと感心する。

では、自分も真似してエッセイを書こうとすると、微塵も書けなくて悔しい思いをすることになる。私は自分の気持ちを知ることが苦手なのだ。私は自分自身が何を面白いと感じるのか、本当は分かっていない。ちゃんと分からないまま、日々の中に浮かんでくる「ぼんやりとした快や不快」を味わって、これが人生だと思い込んでいる。

あまりにもぼんやり生きている。このままではダメだという焦りがある。それがブログを書きたいという欲求の根源になっている。と思う。

ブログは基本的に人に見られるものだ。もちろん人に見てほしいという気持ちはある。でも、それだけではない。前提として、自分の気持ちを言葉で整理したいのだ。

ならば日記でもよいではないか。たしかに、私は2年ほど日記を書き続けていた。しかし、日記ではいまいち物足らなかった。その物足りなさを埋めるのがブログだ。やっぱり承認欲求なのかもしれない。この世に自分が生きた足跡をつけたいだけなのかもしれない。

画素と感素(2023年5月23日)

思い出を映像化するとしたら、私は他人よりも画質が悪いと思う。

東京に出てきて、初めて一人暮らしをしたマンションは衝撃だった。でも、外壁の色が思い出せない。そのマンションのエレベータは、すえた猫のような臭いがした気がするが、エレベータのボタンが右にあったのか、左にあったのか、思い出せない。水道の蛇口はひねるタイプだったのか。上に引くレバータイプだったのか。頭の隅にイメージがあるけれど、それを引っ張りだして近くで見ても、ぼやけてよく見えない。昨日の晩ごはんさえ、よく思い出せない。

思い出の画質が悪い。それを当たり前だと思って、32年も生きてきた。しかし、最近になって「みんなは違うのではないか?」と思うようになった。オードリー若林さんのエッセイを読むと、高校生のときの情景が細やかに描かれていて驚愕する。私の頭にありありと映像が浮かぶ。若林さんの頭には、さぞクリアなムービーが流れているのだろう。

実家に返って、久しぶりにニンテンドー64で遊ぶと、画質が粗いなと思う。小学生だった当時の私はその画質で楽しめていたが、4Kに慣れた今の私にとっては、あまりの大きな差だ。画素が違い過ぎるのだ。

画素と同じように、感情や情景を記憶する能力にも、精彩さや細やかさの度合いがあると思う。これを「感素」と呼ぼう。私は感素の数が他人より少ないのではないだろうか。

ひと度この事実に気づいてしまうと、悲しい気持ちになる。いちど高画質を見てしまうと、昔には戻れない。感素が豊富な状態を知ってしまうと、感素が少ない私のノーマルモードが、とても簡素な人生に感じられてしまう。

どうしたら感素を増やせるだろうか。みんなは感素を増やすトレーニング方法を知っていて、私だけ知らされていないのではなかろうか。なんとか感素を増やそうと、私はノートに思いをつづる。

単細房具(2023年5月24日)

一般に悪口として使われる「単細胞」という言葉がある。私はその筆頭だ。私は「こうだ!」と思ったら、それに突き進む性格をしている。

若いころは、単細胞さが美徳だと思っていた。たとえば、ギターを弾いてみたいと思ったら、その日のうちに御茶ノ水の楽器屋へ行って、マーティンというギターを購入していた(いまだに下手だが趣味の一つになった)。

買い物で迷うことがあまりない。家探しにしても、2軒目くらいで「ここがいい!」と決めてしまうのだ。私はこの性格のことを、行動力があるとか、ものの良い面だけを見られるという理由で、好ましく思っていた。

しかし、オジサンになるにつれ、はたして単細胞が良いとは思えなくなってきた。なぜ単細胞が良くないかというと、ものを一面的に見ることに慣れすぎてしまうからだ。

世の中のものには総じて、多様なものの見方がある。赤ちゃんをみて「きゃわいい」と言う人がいる。「猿みたい」と思う人もいる。「泣いていてキュート」と言う人もいる。「泣き声がたまらなくしんどい」と思う人もいる。単細胞である私は、自分のものの見方を、相手にも押し付けてしまいがちだ。

「ものの一面しか見ない人のことを”頭が悪い”と言う」と書いてある本があって、私はショックを受けた。単細胞な性質に目を向けると、自分が単細胞ゆえに、ずいぶんと損をしてきたことにも気がついた。

物事をよく観察しないし、深く考えないから、32年も生きてきたにも関わらず、思い出が薄っぺらい(画質も悪い)。きっと他の人は、いろんな意見に揉まれて、自分を変えなければ適応できない事態をたくさんくぐり抜けてきたのだろう。他人が書いた文章を読むと、彼らが見ている世の中が、自分よりもずっと画質が良いんだなと感じる。そうなると、焦りが湧く。

このまま単細胞で生きていていいのだろうか?

私は単細胞を治療するための道具がほしい。ものごとを深く考えられる道具が必要だ。そんな道具はあるだろうか? ある。ノートとペンだ。

オードリー若林さんは、冷笑文化を乗り越えるために「肯定ノート」を作ったらしい。最初は自分が好きだと思えることを書いた。それから人のすごいと思えるところを書いた。書いてみると「自分は花火が好きなんだな」という一面に気づけたらしい。文房具は、考えるツールとして有用だということだ。

だとすれば、私はこのノートを単細胞を治療するための文房具だと思うことにする。名づけて「単細房具」である。

まとめ

4つの日記を晒しました。めちゃくちゃ恥ずかしいですね(笑)。自分というアイデンティティーがグラグラです。青臭いのなんの。でも、不安定なときの人って、すごくエネルギーがありますね。だからこそ、一歩踏み出して「ブログを書こう!」と思えたんでしょうね。

今回晒した日記のような文章は、今の私には到底書けません(恥ずかしいので書きたくもありませんが)。それでも、悩みまくって出した答えなので、大切にしたいと思います。

あと、単細房具というネーミングだけは、あれ?センスあるじゃん?と思えました。すみません、一面だけ見て自画自賛してしまいました。まだまだ単細胞は治っていないようです(笑)

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