「この中にどなたかお医者様はいらっしゃいませんか!?」…こんなん本当にあるの?知り合いの医者に聞いてみたら意外な答えが返ってきた

コラムの第61回。

小さいころ、近所に私と年の近い三人姉弟が住んでいて、鬼ごっこしたり、ドッジボールしたり、よく遊んでもらっていました。

中学生になると、顔を合わせることもなくなり疎遠に。ところが先日、三人姉弟の長女と20年以上ぶりに再会。「うわー!なつかしー!」話が盛り上がり、その後、お互い子どもを連れて遊ばせようということになりました。

20年前に遊んでた自分たち。今度は子どもたちが同じように遊んでいる。なんだかドラマの1シーンみたいで、ジーンとくるものがありました。

さて、今回は長女の旦那さんの話です。

ブロッコリーお好きですか?

その旦那さんは県外でお医者さんをされている方。もちろん初対面です。普通に挨拶をして、お医者さんだし、真面目な人なのかなと思っていたのですが、よくよく話してみると、いい意味でちょっと変わった面白い人でした。

たとえば、急に「ブロッコリーお好きですか?」と聞いてきたりするんです。まるで口裂け女が「私キレイ?」と聞いてくるかの如き唐突さ。しかも、なぜピンポイントにブロッコリー…?変な質問だなぁと思いつつ、まあ聞かれたので「はい、好きですけど…」と答えると、旦那さんは「そうですか…」と考え込んだ様子。えっ?そちらが聞いてきたのに、なにこの沈黙?(笑)

理由を聞いてみまた。県外からきた旦那さんは、奥さんたちと一緒に生活する中で「ここの地域の人、なんか異常にブロッコリー食べてないか?」と気になったそうです。それで、出会った人にひとりひとりに「ブロッコリーお好きですか?」とアンケートをとろうと思い立ったとか。

普通アンケートとります?(笑)お医者さんだから健康とか気になるのでしょうか。でも、私はそういう変わった人、おもしろいので好きです。旦那さんに俄然興味がわきました。

この中にどなたかお医者様は…って実際にあるの?

ブロッコリーの質問をされたからでしょうか。なんだか私も「ちょっと変わった質問してみたいな」という変な気持ちになりまして、こんなことを聞いてみました。

「よくドラマで飛行機に乗っていたら、急病人が出て、この中にどなたかお医者様はいらっしゃいませんか!?みたいなシーンあるじゃないですか? あれ本当にあるんですか?」

すると、旦那さんから意外な回答が。

「ありますね。ぼくは遭遇したことないですけど。それに、もし仮に遭遇したとしても、ぼくは名乗り出ないようにしようと思っています。本当は助けてあげたいんですけどね。でも、日本だと逆に訴えられることがあるんです。これ、医師会でもけっこう話題になるんですよ」

聞くと、「この中にお医者様はいらっしゃいませんか!?」というのはアメリカの文化なのだそうです。訴訟大国アメリカでは、善意の医療行為をしたとき、かりに病状が悪化してしまっても「医師を訴えてはいけない」という法律が整備されている(善きサマリア人の法)。だから、安心して「私が医者です」とカッコよく登場できるのだとか。

一方、日本は法整備がされていないそうです。善意で助けたのに、予後不良があると逆に訴えられてしまうリスクも。しかも、飛行機の中はゴォー!という音がすごくて聴診器が聞こえないし、点滴くらいしか機材がないので、そもそも医療行為が難しく、医者が出てきてもどうしようもないことも多い。だから、「なんで助けてくれなかったんだよ!」と恨まれるリスクの方が高いとのことでした。

いや~、知らなかったです。むしろアメリカの方が訴えるイメージがありますよね。

この前見たアメリカのニュースだと、「ナゲットが熱すぎる」という理由でマクドナルドが訴えられていて「そんなアホな」と思いましたし。しかも裁判所が「たしかに法外に熱い。1億円賠償するように」と判決を出してて。「えーっ!」って。

でも、逆なんですね。アメリカは訴訟大国だからこそ法整備がきちっとしていて「飛行機に乗っていたら急病人が…」みたいな定番ケースだと「私が医者です!」と名乗れる。

これ、日本のお医者さんとしては、すごくもどかしいですよね。社会全体の利益を考えたら、助けた方が良いに決まっていますし、お医者さん自身も「助けたい!」と思っている。でも現実に倫理観に従って行動すると、逆に恨みをかって訴えられるリスクもある。患者さんを信頼するか、裏切られるのが怖いから黙っておくか、もうジレンマです。難しい問題なんだなあと思いました。

あと、倫理観とは別として、私だったらドラマの主人公みたいに「私が医者です」というセリフを言ってみたい。

囚人のジレンマ

ジレンマといえば、ゲーム理論で定番の「囚人のジレンマ」。昔、囚人のジレンマの解決策を聞いて「へぇ~、粋だなぁ~」と思ったことがあります。

「囚人のジレンマ」を簡単に説明すると、二人の共犯者Aさん・Bさんが、仲間を裏切って自白するかというゲームです。AさんとBさんは別々の部屋に隔離されていて、それぞれ検事から事情聴取をされます。このとき、検事から甘い司法取引を持ち掛けられます。

・二人とも黙秘したら懲役2年。
・二人とも自白したら懲役5年。
・片方が自白、片方が黙秘なら、自白した側を釈放し、黙秘した側は懲役10年。

つまり、囚人にとっては「二人が一緒にハッピーになるのは、お互いを信じて黙秘しあうこと」ですが、「黙秘したまま相手に裏切られたら10年というデカい懲役をくらう」ので、黙秘か自白かどっちをとればいいんだ~というジレンマに陥ります。

さて、この囚人のジレンマ。よい解決策があるそうです。その名も「しっぺ返し戦略」。

まず、1手目は協調(黙秘)を選択します。2手目以降は、その1手前に相手が出した手を真似し続けます。これだけです。相手が黙秘してきたら、次の手番で自分も黙秘する。相手が裏切ってきたら、次の手番で自分も裏切る。要するに、相手がしてきたことを「しっぺ返す」のです。

その昔、ミシガン大学のアクセルロッドさんがコンピュータを使って、囚人のジレンマのシミュレーションを200回繰り返す実験を行ったところ、もっとも勝率が高かったのが「しっぺ返し戦略」でした。

これを聞いて、粋だなぁ~と思いました。

というのも、しっぺ返し戦略って、考え方が武士道そのものなんですよね(広瀬さんという方が参考文献で指摘してます)。初手で「私は裏切りませんよ」と見せる誠実さは、戦における「やぁやぁ、我こそは!」みたいな名乗りです。そして、相手が協調し続ける限り、絶対に裏切りません。でも、もし裏切られたら、次は絶対に報復します。武士みたいに、一本芯が通ってますよね。

要は、囚人のジレンマって、相手にどうやって「私を信頼してくれ」とアピールできるかなんですけど、結局一番いいのは、自分は裏切らないぞってお手本みせることと、裏切られたときに厳しく叱ることという。そこに人間の道徳性を感じるんです。この道徳観にコンピュータが行き着いたというのが、とっても粋だなと思いました。

で、さきほどの飛行機の「お客様の中にお医者様はいませんか!?」に戻りますけど、もし法整備が永遠に為されず「お医者様のジレンマ」であり続けるのだとすれば、解決策の一つは「しっぺ返し」なのかなと考えさせられました。

まずお医者様が患者を信じて「私が医者です!」と名乗りでます。もし訴えられる医者が出てしまったら、次から医師協会として助けない姿勢をとる。でも、それでは患者が困るから、しばらくしたら「私が医者です!」と名乗る。

これを繰り返していくと、社会としては「お医者様を訴えない方がいいんだ」と学習し、訴えられることがなくなる…。

まあ、これはあくまで個人を無視したゲーム理論ですので、その過程に、訴えられたたくさんの可哀そうなお医者様と、苦しんだ患者さんが出てくることは見過ごせません。難しいなぁ…。

ただ、この話を聞いて思ったのは、もし私が飛行機の中で倒れたときは「絶対に訴えないから助けてくれぇー!」と叫ぶか「訴えません!と書かれた念書」を持ち歩こうということですね。そしたら、少なくとも私は助けてもらえますので。

参考文献)

広瀬茂雄著「21世紀のロボットと道徳工学」電気学会誌、116巻3号、1996年、p.162ーp.165

コメント

タイトルとURLをコピーしました