「前十字靭帯を損傷しています」バスケ選手生命が断たれようとする瞬間に湧いた意外な感情

左膝前十字靭帯損傷。

私がお医者様から告げられた診断名は、東海道中膝栗毛くらい漢字が並んだ、ややこしい名前でした。しかし、長年バスケをやってきた私は、よく知っています。多くのNBA選手を引退に追い込んだ「最悪の怪我」。それが前十字靭帯損傷。その怪我によって今、私の選手生命が閉ざされようとしています…。

なーんて。深刻になっても仕方がないので、明るく書くと、昨日、バスケをしていたら膝を壊してしまい、今日病院にいったら「靭帯やっちゃってますね」と言われちゃいました。再びバスケをしたいなら手術は必須。しかも、1か月は歩けないし、バスケを再開できるのは8か月先。長い長いリハビリ生活になりそうです。

正直、手術するのはすごく怖いなあと思います。奇跡的に靭帯がくっつかないかな?と願っているのですが、どうやら無理そう。ここは腹をくくるしかないか…。いや、でもやっぱり怖いから手術せずにバスケ引退するか…。みたいな感じで、絶賛超絶悩んでいます。

たぶん、スポーツやってる人だったら、お医者様に「前十字靭帯損傷」と言われた瞬間、ミホークに切られたゾロくらい深く傷つくんじゃないでしょうか。

そして、不安に耐えられなくなり「同じ怪我をした人はどうだったんだろう?」と体験談をググってみて、「あ!ちゃんと直してスポーツできた人がいるんだ!」という安心感を求めるのではないでしょうか。

そんな人がパッと読んで安らげるものがあればいいなと思い、今日から「前十字靭帯損傷日記」という日記をつけることにしました。底抜けに明るい日記を目指そうと思います。

半分は、私自身が怪我で落ち込み過ぎないようにしようという目的ですけど、もう半分は、同じ怪我をして落ち込んでいる人がいれば、「こんな能天気にリハビリしているやつもいるんだ」と笑って元気になってほしいという願いを込めています。

では、怪我当日から書きますね。

0日目:怪我をした日

2024年1月16日午後8時半。とある中学校の体育館で、私はバスケをしていました。社会人がワイワイ集まってやるバスケほど楽しいものはありません。新年初の練習ということで、いつも以上にテンションが上がっていました。アゲアゲでした。

1クオーター5分のゲームを5回まわして、そろそろ体もいい感じに暖まったころ、事件は起きました。そのときの私は、ゴール付近におり、ドリブルをつきながら、ディフェンスに背を向けた状態でした。頭の中では、NBAのスター選手カイリー・アービングの華麗な動きをイメージしていました。

完璧なイメージでした。カイリーのように、右へ軽くボディフェイクを入れてディフェンスを誘い、即座に左へ体を反転。スピンムーブです。右につられた相手を置き去りにするこの華麗なテクニックを、完璧に頭に描いていたのですが、あまりにイメージが鮮明すぎて、現実の肉体が追い付きませんでした。

スピンムーブをしたとき、左足が地から離れず、左膝が捻じれたまま、膝の上に全体重がのってしまいました。あっ!と思ったときには「グニィ」と膝から伝わる感触が。「これはヤバい!」と思い、とっさに尻もちをついて膝への負荷を逃がしたのですが、どうやら手遅れだったようです。

左足がまるで他人になったように一切言うことを聞かなくなり、ダラーンとした感じがしました。動かせない。でも痛みはある。しかも、膝をバットで殴られたような、とびきり強烈な痛みが。「あ!これダメなやつ!交代!だれか交代してっ!」と言い残し、私はズリズリとコート外へ這い出ました。

「どうした!?」みんなが心配して集まってきます。サッとコールドスプレーを持ってきてくれた人もいました。めちゃくちゃ助かりました。冷やしてないと気が狂うくらいの痛みなんです。悶絶しながら絞るように言いました。「ありがとうございますぅ…」

その後、Kさんが「大丈夫?これ飲みなよ」と解熱鎮痛剤をくれました。「おれ、元薬屋なんだよねー」と言っていました。薬屋さんって、常に薬持ち歩いてるんだ~と思いました。ちょっと痛み引いて楽になってきました。

しばらく椅子に座っていると、「直ったのでは?」と思えるくらい痛くない瞬間がやってきました。「大丈夫?」と声をかけてくれた人に「いや~、新年早々やっちゃました。初詣に行かなかったのがダメだったんすかね~笑」と軽口を叩けるくらいの余裕も生まれました。歩いてみると激痛が。やっぱりダメだ。そうだよなぁ…、あ、これアカンやつやって思ったもん。徐々に絶望感が押し寄せます。

練習が終わり、ケンケンして車へ。自分で運転して家まで帰ろうと思いました。でも結局、妻と義母に運転してもらって帰りました。夜遅くに、すごく迷惑かけちゃったなあと反省。「よく冷やして寝なよ」と言ってもらったので、冷シップを貼り、膝の感覚がなくなるくらいアイシングして寝ました。膝が冷たすぎて、よく寝られませんでした。

1日目:形成外科を受診

翌日。朝おきると、痛みはかなり治まっていました。じっと安静にしていれば、まったく痛くないといっても過言ではないレベル。しかし、膝がまったく曲がりません。膝神ことフルーツポンチの村上さんの方がまだ曲がっていると言えるくらい、膝が曲がりませんでした。父に杖を借り、家の中で三足歩行になりました。

病院に連絡しました。形成外科って混んでるんですね。予約が取れたのは午後の部でした。仕事は半日休みをとり、父の運転する車で、ネットで評判のいい形成外科を受診しました。

第一印象は「きれいな病院だなぁ」。能天気なもんですけど、このときの私にはまだ周りをみる余裕があったんです。

玄関には大量の観葉植物がありました。すずらん?っぽいけど、花が黄色です。なんていう植物なんだろう、とブツブツ言いながら、院内を見渡しました。ちっこいヤシの木。広い天井。一部切り取られた天井からは、空が覗いていました。なんという解放感。最近の病院って、こんなにオシャレなんだと驚きました。

私が杖をつきながらヨタヨタあるいていると、70代と思われるおばあ様に「ここ座り」と席を譲ってもらいました。ご老人に席を譲られるのは初めての体験でした。ちょっと罪悪感がありました。でも、それ以上に、あったかい気持ちになりました。

自分の名前が呼ばれました。診察室に入ります。「こんにちは~」と院長先生。優しそうな感じの人でした。「膝見せてくださいね~」と言われるまま、膝を出すと、上から押えたり、グッグッとひっぱったりして、触診されました。

「水か血が溜まっているので抜いときますね~」先生はサラッとぶっとい注射を出してきました。えっ怖いんですけど。でも「いえ、結構です」とは言いづらい雰囲気。目を閉じて待ちました。

膝に刺さるような痛み。めちゃくちゃ痛い。ヒゲ脱毛くらい痛い。「こんなん溜まってましたよ~」先生の手元を見ると注射器の中にピンクの血が。うわぁ。膝から抜いた血ってなんかグロイなぁ。

最初の診察が終わると、車いすに乗せてもらいました。人生初の車いす。「私車いすに乗るの初めてなんです!」興奮気味に看護師さんに話しかけると「そうですか~」と言われました。自分だけテンションが高くて、少し恥ずかしくなりました。

レントゲンとMRIをとりました。MRIはCanon製でした。撮影するのに30分かかりました。「けっして動いてはいけませんよ」と鶴の恩返しみたいな注意を受けたので、けっして動くまいとしていたのですが、ウトウトしてしまい、崖から落っこちる夢を見て、ビクゥッ!としてしまいました(怒られるか心配しましたが、撮影には影響なかったようで安心しました)

MRI中、本でも読みたかったのですが、両手を気を付けの状態で固定されたので、何もすることができませんでした。「MRIの間、めっちゃ暇やん。みんなどうしてるんやろ?」と、どうでもいいことが気になりました。

MRIの部屋は、シュッコ、シュッコ、シュッコ、シュッコという規則正しい音が響いていました。あぁ、きっと超伝導磁石を冷やすための希釈冷凍機の音だなあと思いました。大学の実験室で毎日のように聞いた音です。懐かしくなりました。大学の授業で、神々(と私が読んでいた同級生)たちと固体物理の教科書を輪講したことや、大学を卒業してすぐマルチ商法の詐欺に会ったことを思い返していると、あっという間に30分が経ちました。

診察室に呼ばれました。また、膝をグッグッと押されました。左膝を押したかと思うと「反対向いてください」と言われ、怪我していない右膝を押したかと思うと「また反対向いてください」と言われる、を繰り返しました。20回は余裕で繰り返したと思います。

失礼ながら「長いなぁ…」という思いが湧いてしまいました。私は診察台の上で、お尻を軸として、クルクルと体を何度も回転することになっていたのです。なんか体操のあん馬みたいだなぁ。腹筋が辛いなぁと思いました。「これは何を調べているのですか?」と聞いてみると、先生はポツリと「不安定性…」とつぶやきました。今は話しかけちゃダメオーラと感じ取り、私はまた黙ってあん馬を続けました。

あん馬が終わると、先生がレントゲンとMRIの結果を見せながら、診断をしてくれました。「前十字靭帯が傷ついていますね」「あと内側側副靭帯も損傷してます」「骨には異常ないんですけどね」「スポーツするなら再建手術がいります」「1か月は歩けなくなります。スポーツできるのは8か月後ですね」「どこの病院で手術したいですか?」トントンと話が進んでいきました。

え?前十字靭帯損傷?手術?ちょっとまって。気持ちが追い付きません。わたし「ちょっと筋が伸びちゃったかな~」くらいの軽い気持ちで来てますから。急に手術とか、全治8か月とか言われると、まったく頭に入ってこない。お医者様が悪いのではなくて、私の心が圧倒的に準備不足だったんです(診察台の上で「あん馬」とか考えてるくらい能天気でしたし)。

急にそんなこと言われても。という困惑と「手術めっちゃ怖そう」という思い込みにより、私は先生にこう質問していました。「あのぅ。もし手術しないと、どうなりますかね…?」すると先生は「歩けないとかはないですけど、膝が不安定なままになりますから、階段上ったりするときにガクッと膝が抜けたりするリスクはありますね。半月板とかも損傷しやすくなります」と丁寧に説明してくれました。

どうしても手術を避けたい現実逃避モードになっている私は、その後も「手術をしないとどうなるか」ばかり聞きまくりました。先生も「あ、こいつに今何言ってもダメや」と思ったのでしょう、「いったんリハビリしてみて、手術のことはゆっくり考えましょうか」という流れになりました。

その後、人生初の松葉杖をゲットし、使い方を教えてもらったり、膝に遠赤外線を当てたりして、初回の受診は終了しました。

前十字靭帯損傷を告知されたときの気持ち

「前十字靭帯が傷ついています」と言われたとき、パッと頭に浮かんだのは、NBA選手のデリック・ローズでした。2011年に史上最年少でシーズンMVPを受賞したローズ。輝かしい未来が約束されていたのに、前十字靭帯(ACL)を断絶。それから怪我に泣き続けた名選手です。私の中では「ACLやっちゃったかぁ。もうバスケはできないな」という思い込みがありました。

だからかもしれません。「バスケ引退」というワードがスッと自分の中にでてきました。普通なら「いや!絶対に復帰する!」と思うところですが、なぜか私は「もう潮時なんかな」と素直に受け止められたんです。

小学校5年生から始めたバスケ。途中やめたこともあったけど、歴で言えば23年やってきたことになります。そんな大事な趣味を、パッと手放す気持ちになれた。「あれ?私ぜんぜん落ち込んでないぞ?」という変な感覚でした。

それより、なにより、手術が怖かった。今まで手術したことがありません。たぶん「手術」って聞いた時点で思考停止して、逃げ出したくなったんだと思います。診察室を出るとき、自分では平気なつもりでしたが、車いすに乗せた足がカタカタ、カタカタと震えていました。どうしても震えが止まりませんでした。ただただ怖かったんでしょうね。

33歳のおじさんが手術くらいで何怖がってんだと言われるかもしれません。でも、これが私のリアルだったんです。手術せんとこ。運動やめよ。と思ってました。

次回は、家族への相談編です。

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