読書感想14.「笑いのカイブツ」ツチヤタカユキ。笑いに振り切った極端な人生から学べる前向きな考え方

読書感想の第14回。

「いつまで過去にしがみついとんねん」と言われてしまうかもしれませんが、いまだに大学受験のころを想い出すことがあります。毎日17時間、勉強のことだけを考えていた日々。東進ハイスクールの板野先生がメルマガに書いていた、こんな言葉をひたすら信じて生きていました。

「本当のパチンコ中毒者は、24時間パチンコのことだけ考えて生きてるんですよ。日中はずっとパチンコを打つ。夜になったらコンビニ寄って、パチンコ雑誌を立ち読みする。寝て朝起きたら開店前のパチンコ屋に並ぶ。あぁ~今日はあの台で打ちたいなって、想像して嬉しくなる。そうやって脳内物質ドバドバ出した人間は、誰よりもパチンコのことが詳しくなります。これを勉強に置き換えてみてください。24時間ずっとパチンコするように勉強したら、絶対受かるよ」

はたして板野先生の「勉強パチンコ理論」が正しかったのかは分かりませんが、当時18歳の私には絶大な説得力があり、それを信じて1年間勉強したおかげで、夏にE判定だった志望校に合格することができました。

私の頭には確かに脳内物質がドバドバ出ていました。ちょっと言動が怪しかったかもしれません。またやってみろと言われても無理です。それくらい色んなものを金繰り捨てていた。すごく大きな存在に追い立てられるような衝動があった。自分の中に「勉強のカイブツ」を飼っていた。そんな感覚でした。

さて、33歳になった今。もしあの情熱を、受験勉強ではなく、別のものに傾けていたら、いまごろ自分はどんな存在になっていたのだろうかと考えるようになりました。もし私の飼っていたのが「勉強のカイブツ」ではなく「小説のカイブツ」だったら?「筋トレのカイブツ」だったら?「田植えのカイブツ」だったら?「ボランティアのカイブツ」だったら?

おそらく、心を病んでいたのではないかと思います。勉強のカイブツは、メンタルの弱い私にとって、とても都合のいいカイブツでした。勉強の場合、問題に必ず答えが存在し、1問解くごとに自分が合っているかを確認できます。「よかった、自分は合っているんだ」こうした小さな自己承認があったから、勉強のカイブツに飲まれずにすみました。もし、答えが存在しない分野のカイブツを飼っていたら…。ゾッとします。

「笑いのカイブツ」のあらすじ

さて今回は、ツチヤタカユキさんの「笑いのカイブツ」という本を紹介します。ツチヤタカユキさんは、伝説のハガキ職人と呼ばれた方で、著書「笑いのカイブツ」はツチヤさんの半生を描いた自叙伝です。笑いのカイブツを心の中に飼い、面白いネタを考えない自分には存在意義がない、そこまで追い詰めたとき、人間はどうなるのか?が分かる本になっています。めちゃくちゃ面白かったです。

簡単にあらすじを紹介します。

ツチヤタカユキさんは、短く生きて短く死にたい、という考えを持っていました。何かを残して、潔く死にたい。中学に入ったころからお笑いを心底愛するようになり、高校1年の時に、ある目標を立てます。それは「ケータイ大喜利のレジェンドになる」というもの。

ケータイ大喜利といえば、1万通に1回しか採用されないお化け番組です。そのレジェンドとなると並大抵ではありません。東大に入るほうが全然楽。しかもツチヤさんは大喜利が苦手でした。途方もない夢だったのです。

ツチヤさんは毎日、気が狂うくらいボケをノートに書き続ける修行を行いました。1日100個、200個、300個…。生活のすべてを笑いに捧げる日々。こうしてツチヤさんは、大喜利力を急成長させますが、それと同時に、自分の中にいる「笑いのカイブツ」も大きく育っていくのでした。

三段に昇格した頃、大喜利のスピードはさらに加速していき、その頃には5秒に1回のペースで、ボケが出せるようになっていた。一つのお題につき、少なくても30個。多いときは300個ボケを送っていた。

その後、ケータイ大喜利ではレジェンドになり、ラジオ番組では驚異の採用数を誇る伝説のハガキ職人になります。劇場作家、放送作家、いろんな経験をしていくツチヤさん。こう書くと栄光の歴史に見えますが、実際は挫折の塊。人間関係が絶望的に不得意で、笑いの実力はずば抜けているのに、評価されません。だんだんと腐っていくツチヤさん。笑いのカイブツに精神を蝕まれていきます。

読んでいて、すごく心が苦しくなる自叙伝でした。感情移入すると負の世界に持っていかれそうな。圧倒的なエネルギーを感じました。でも、後半になると、恋をしたり、尊敬できる人(オードリー若林さん)との出会いがあったり、母の愛を実感したり、救いのある展開となっています。ここから先は本をご覧ください。

説得力のある笑いの教科書

私の感想ですが、「すごいな…」という言葉に尽きます。人って、こんなに極端に生きられるもんなんや。しかも、笑いという正解のない世界で。ここまで自分を追い込めるんや。あまりのストイックさに、すごいな…以外の言葉がでません。

すごすぎて、絶対に真似できない生き方だ。そう思うと同時に、もし自分に鋼のメンタルが宿っていて、もし18歳のときに「勉強のカイブツ」ではなく「笑いのカイブツ」を飼っていたら、もしかしたら自分はツチヤさんのような人生を歩んだかもしれないと思いました。笑いに身を捧げる人生を歩めそうな気がすると思わされました。

いや、そんなわけないんですけどね。私がお笑いで生きていけるわけない(笑)大きな勘違いです。でも、そんな勘違いをしてしまうくらい、この「笑いのカイブツ」という本はよくできていて、要するに、笑いの経験値がゼロの人間が「なにをどう努力したら大喜利レジェンドになるのか」を丁寧に書いてくれてる教科書なんです。

まず最初にやったのは、番組で紹介されたネタをすべてノートに書き起こすことだ。すると、文章のセンテンスが短い、固有名詞が出てこない、など4つほどの制約をクリアしなければいけないことがわかった。また採用されたボケのパターンを分析すると、ベタなボケを中心に、だいたい13個のパターンに分類できることもわかった。それからは自分が考えたお題に対し、制約をクリアしつつ、13個のパターンに当てはめたボケをひたすら出し続けた。

とても戦略的です。「そうやってお笑いの修行をすればいいんか!」と納得。本書は、お笑いに関して、努力のやり方を指導してくれる教科書のようなものだと思いました。

「お笑いはセンスである」という固定概念は、「勉強はセンスである」という説と同じくらい支持されている考え方です。でも、それって正しいのでしょうか?

これだけバラエティ番組が見られて、プロのお笑い芸人さんを観察できる時代です。プロのパターンを分析して、真似して、自分のものにできるように練習する。こうしたまっとう努力を重ねれば、お笑いの力はきっと伸びるものだと思います。

ただ、お笑いに関しては、どんな風に勉強していけばいいかが、非常に見えづらい。学校の先生が「例えツッコミの小テストやるからな。ボケを100個用意しとくから、明日までにツッコミを考えてくるように」みたいな宿題を出してくれるわけではありません。

そんな中で「笑いのカイブツ」は、非常に具体的な笑いの勉強法を提供してくれます。

「今日は図書館行く日やねん。俺のリュックだけじゃ、足りひん」。ボケのおもしろさは言葉選び一つで変わる。人としゃべるのが苦手な僕は、本を読むことで、言葉の感覚を研ぎ澄まそうとしていた。(中略)例えば、「スキャンダル写真を撮る」と「スキャンダル写真をすっぱ抜く」。同じ意味だが、「すっぱ抜く」という言葉の方がおもしろい。ワードは常に最上の言い回しをしなければならないと考えている。

笑いの解説本は、サブくなりがちです。「理論はちゃんとしてるように見えるけど、具体例がつまらなさすぎる。真似して大丈夫かな?」と思うことがよくあります。その点、ツチヤタカユキさんの具体例は全部おもしろい。だから、言っていることに説得力があるんです。

「勉強=おもしろくなる練習」と考えてみる

ツチヤさんが図書館に通って、おもしろいボケをするために、語彙力を蓄えようとするシーン。私は「これは普通の勉強にも役立つんじゃないか?」と思いました。学校の勉強がつまらないとき、誰しもモチベーションが駄々下がると思いますが、発想を変えて「おもしろくなるための練習をしている」と捉えると、とたんに楽しくなります。

たとえば、私の好きなラジオネームに「本能寺が変」というものがあります。「本能寺の変」をモジっただけですが、1文字かえるだけで、そこはかとない魅力が湧いてきます。どうやったら、こんな素敵なワードを思いつけるのか。普段から本能寺のことを考えている人は少ないと思いますので、この魅力的なラジオネームを思いつくには、戦国時代あたりの歴史の授業を受けているタイミングがベストです。

「本能寺が変」だけではありません。歴史の授業は、ボケの宝庫です。どんな風にモジればおもしろくなるか。考え出すとワクワクが止まりません。蘇我のイルカショー。柿本彦麻呂「味の万葉集や~」。成長納言。生徒会長納言「うちの校則、いとをかし」みたいな。学校の授業をお笑いにすると、退屈を倒せます。私は残念ながら卒業してしまったので、現役学生の方はぜひやってみてください。

モジらなくても、学校で習うことって、普通にたとえワードとして優秀だったりします。たとえば、江戸時代に詳しくなると、「昨日一万歩も歩いちゃった」と言われたときに「伊能忠敬か!」みたいに例えツッコミができます。伊能忠敬は非常に汎用性の高いツッコミワードでして、せきしろさんの「たとえる技術」の中でも絶賛されています。

他には、博士の愛した数式にでてくる「頭が平らだからルートと呼ばれていた」も秀逸なたとえだと思います。数学記号で人間を形容するところにセンスを感じます。こういう例えができたとき、数学を学んでいてよかったと思うでしょう。

たとえば、もし理系だらけの合コンになんて行こうものなら、「このイカリング、ちぎれてインテグラルみたいになっとるやん」とか、「テーブルについたコップの水滴いじってカージオイドにすな!」とか、「ややこしい言い方やな~。極座標ラプラシアンの導出やん」みたいな例えができます。ウケるかはさておき、気持ちいいものです。

学校で習ったことは、多くの人の共通認識になっているので、フリが効いていてウケやすくなる傾向があると思います。芸人さんのすべらない話を聞いていると、だいたいが学校あるあるだったり、家族あるあるが基になっています。「普通だったらこうするよね」というフリがあるので、それを裏切った行動をしたときに良いボケとなるのです。

そう考えると、人生すべてが大喜利のネタというか。「どうやったら笑いにできるかな」と考えるだけで、モチベーションが上がるし、すごく前向きになれます。ツチヤタカユキさんの「笑いのカイブツ」はめちゃめちゃネガティブな本だと思っていたのですが、読み終わったらこんなポジティブな気持ちになるとは。さすがに心に「笑いのカイブツ」を飼うと精神的にしんどそうですが、「笑いのトイプードル」くらいは飼っておきたいものですね。

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