虎穴に入ったとて虎児見えず

科学の第11回。

「悔しいの最上級って何だろう?」と考えたことがあります。

パッと思いつくのは、リアル脱出ゲームです。

自分でお金を払ってわざわざ部屋に閉じ込められに行き、与えられた謎が解ければ晴れて部屋から出られる、という何をしているか分からないゲームなのですが、これが悔しいものです。

いろんな謎を解くんですけど、まあ難しくて。初めていったのは、東大の先輩に誘われて行ったときでした。みんな素人でした。

「どうすんの?これ?」と言っている間に時間オーバー。

半分も解けていません。こんなの無理じゃんと思っていたら、会場の中にはクリアしてる人もいて。えっ!?って。

悔しい。すぐに同じ仲間で再チャレンジ。同じゲームだとタネが分かってるから、渋谷の別の謎解き部屋みたいなところにいって。で、またクリアできない。くそっ!と思って、また別のゲームに。

何回もいってると、だんだん謎解きが上手くなるんですよね。6回目くらいで、凄く上手くいったときがありました。「よし!いけるぞ!」って励ましながら、すごいスピードで謎を解く私たち。

残り2分。ついに脱出!よっしゃー!!みんなでハイタッチ。やった!ついにやりとげた!

いつもは「このやろう」と思いながら聞く司会者の種明かしも、そのときばかりは穏やかな気持ちで聞けました。しかし、聞き捨てならないセリフが一つ。

「実は隠された謎がまだ1個あります」

えっ!驚くわれわれをよそに、司会者は調子を上げて言います。「あなたたちのは偽のエンディング。真のエンディングはこちらだったのです!」盛大に煽られました。

なんやそれ!

気持ちよく脱出させろよ!

めちゃくちゃ悔しかったです。

こんなふうに、1時間の謎解きが報われなかっただけで、相当な悔しさを味わえます。しかし、まだ最上級の悔しさではないでしょう。1日。10日。1年。かけた労力が大きいほど、裏切られたときの悔しさは莫大なものになりますからね。

じゃあ、最上級の悔しさって何かな?と考えてみると、それは研究じゃないかな、と思ったんです。

研究をやっていると、莫大な時間と労力をかけたのに、真のエンディングを逃すことって、結構あるんですよ。

生物学者の福岡伸一さんが、『「発見」最初は気付かない』というエッセイにこんなことを書いていました。

簡単にいうと、遺伝子の研究の話。

あるとき、福岡さんは、新しい遺伝子を発見します。GP2という名前の遺伝子です。しかし、どんな機能があるのか分かりませんでした。

そこで、わざとGP2を欠損させたマウスをつくって、どんな病気になるか実験することに。

しかし、待てどマウスは病気にならない。ピンピンしている。実験は失敗したのです。

福岡さんは思いました。そうか、生物は機械じゃないんだ。ある遺伝子というパーツが無くなっても、補う機能が現れるんだ。

だから、すぐに病気になったりしないんだ。そう納得したそうです(これは動的平衡という考え方の基になりました)。

ところが、その20年後、似た実験をやった別の人があらわれました。しかも「実は病気になる」ことを発見。ネイチャー誌に取り上げられるほどの大成果になったそうです。

そうです。真のエンディングがあったんです。

福岡さんがやった実験は、クリーンな環境で行われました。一方、別の人はあまりキレイな環境で実験をしなかった。それがかえってよかったのです。

GP2には「消化菅に侵入した細菌を捕まえて、免疫細胞に引き渡す」という機能があった。それを見つけるためには、細菌がウヨウヨしている汚い実験をしなければならなかったのでした。

福岡さんは、この体験を通して感じたことを「虎穴に入らずんば」のことわざに例えて、こう表現しました。

研究という仕事では、その穴が虎穴なのか、事前に分からない。仮に虎穴だとして、入ってみても、虎児がいるかは分からない。大切なのは、穴の奥に虎児が潜んでいたとしても、最初はそれが虎児に見えないということだ。なにもいないようにさえ思える。私たちが今日、発見として知っている多くの事実は、最初それが発見であることすらわからなかった。

かっこいいなぁ、と思いました。おそらく、そうとう悔しかったはずです。自分が見落とした虎児を、他人に見つけられたですから。「くっそ~。俺みつけられてたやん!」と思ったはずです。

それこそ最上級の悔しさだったはず。

しかし、福岡さんは大人です。じぶんには虎児が見えなかった。何もいなかったように感じたのだ。研究とはそういうものなのだ、と努めて冷静に自己観察していらっしゃいました。

素敵です。

図書館で借りた本を読んで、こんないいエッセイに出会えるとは。

嬉しいですけど、いいんですかね、こんなノーリスクで当たりエッセイ引いちゃって。

私だけ虎穴に入ってないのに虎児を得た気分です。

参考文献)「ベスト・エッセイ2011」(日本文藝家協会編、2011年)

コメント

タイトルとURLをコピーしました