おねがいだから角刈りにしないで

コラムの第80回。

イランで暮らした。夫が強迫神経症になった。

こんな珍しい体験を綴ったエッセイを見ると、「おっ!」と思い、手に取りたくなります。しかし、エッセイの良さというのは、こうした非日常を知れるだけではありません。むしろ、日常を掘り下げるところにこそ、奥深さがあるのではないかとも思うのです。

ありふれた日常の中でも、心が動いた様子をしっかりと描いているのが、三谷幸喜さんの「たまご料理に心乱れて」です。

このエッセイで描くのは、カフェでのひとコマ。

モーニングを頼んだら、目玉焼きではなく、スクランブルエッグがきた。どうしよう。たったこれだけの出来事です。

しかし、余計なことを考えすぎる三谷さんのフィルターを通してみると、こんな些細なできごとでも立派な喜劇になります。

普通の人からすれば、こんなの大した事件じゃありません。スクランブルエッグが来た時点で、「あ、間違ってますよ〜」と言えば済む話です。しかし、三谷さんは躊躇します。女性店員さんの目を意識してしまうのです。いい格好をしたいと思ってしまうのです。

「間違ってますよ」と伝えたら「どっちでもいいじゃない。ずいぶん細かいことにこだわるのね」と思われてしまうのではないか。無類の目玉焼き好きと思われてしまうのではないか。

仕方なくスクランブルエッグを食べる三谷さん。しかし、心配は尽きません。

いま食べてしまったが、これが他のお客さんが注文したものだったらどうしよう。本当は間違っているのに、他人のものを黙っていただくなんて、今度は無類のスクランブル好きと思われてしまうのではないか。

こうして思考の迷路に入っていくのです。

たまご料理だけで、よくこんなに心を動かせるなあと感心してしまいますが、よく考えると、私も人の目が気になるタイプなので、似た経験があります。

小学5年生のとき、人生で初めてスポーツ刈りをしました。2つ年上の兄がスポーツ刈りをして、それが似合って見えたので、自分もやってみようと思ったんです。

それまでは家で母に切ってもらっていたのですが、スポーツ刈りとなると、高度な技術を必要とするように思えて、母では無理だろう、と考えました。そこで「ぼくスポーツ刈りにするから」と言い残し、近所の床屋にいきました。

そこは、髭をたくわえた優しそうなオジサンさんが、一人でやってる床屋でした。入るのは初めてですが、このオジサンのことは知っていました。同じ登校班にいる女の子のお父さんだったからです。いわば知り合いの店。人見知りの私が美容室に行くなんてとんでもない。知り合いの店しか入れなかったのです。

オジサンに伝えました。スポーツ刈りにしてください、と。するとオジサンは優しい声で「はいよ~」と言ってくれました。もちろんバリカンなんて使いません。ハサミだけで、丁寧に丁寧に、私の髪を刈ってくれました。プロの業が光ります。

1時間後。どうかな?と、オジサンが優しく聞いてくれました。鏡をパッとみると、見事な角刈りが映っています。えっ。

思ってたんとちがーう!

めちゃめちゃ恰好悪い!なんやこれ!最悪や!私が思っていた「おしゃれ坊主」なスポーツ刈りではなく、ゴルゴっぽい角刈りになっていました。美容院ではなく床屋を選んでしまった私が悪いのですが、この頭でどうやって学校いけばいいんだ、と真剣に悩みました。

次の日。学校で、あだ名が「角刈り」になりました。

最悪。最悪。最悪。最悪。もう角刈りなんて一生しない。絶対しない。角刈りと呼ばれて数か月経ち、やっと髪が伸びてくれました。角刈りとおさらばできます。

しかし、床屋のオジサンの顔が浮かびました。

もし私が床屋に行かなかったら、どうなるだろうと考えました。きっと、あのオジサンは悲しむだろう。角刈りにしちゃってゴメンって落ち込むかもしれない。あんなに丁寧に切ってくれたオジサンを悲しませてしまうのは申し訳ないと思いました。

それに、オジサンが落ち込んだら、その娘である同じ登校班の女の子まで悲しくなるかもしれません。顔を合わせたら気まずくなるでしょう。そうなると、もう床屋に行くしかないように思えました。

また、あの床屋に入っていました。

もしかしたら前回のは、私の伝え方が悪くて角刈りになっちゃっただけかもしれない、と思い込むことにしました。きっと今度は良い感じのスポーツ刈りにしてくれるはずだ。そうじゃないと困る。おねがい!頼むからいい感じにしてください!

オジサンのハサミは、容赦なく私の横髪を奪い去っていきました。違う!違う!そうじゃない!ああー!

また角刈りになりました。それからも、何度も通いました。「ちょっとサイド残す感じで」とおしゃれ坊主感を伝えてみては、結局同じ角刈りにされ。ああー!と絶望するのを繰り返しました。

さっさと美容院にいけばいいものを。オジサンの悲しむ顔が見たくないという謎な理由で、望まない角刈りを続けた話でした。

参考文献)三谷幸喜著「三谷幸喜のありふれた生活15 おいしい時間」

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