無駄な会話

コラムの第85回。

生きていれば、心に刺さる言葉を贈ってもらう経験のひとつやふたつあるものです。が、それが初対面のオジサンから贈られるとなると、レアな体験なのではないでしょうか。

「ちょっと会わせたい人がいる」と母に言われたのは、20歳になる手前のことでした。会わせたい人というのは、母の中高時代の同級生のIさん。外資系企業でバリバリ働いているオジサンでした。

Iさんは、私の通う大学の先輩でもありました。おそらく母の思惑としては、これからの大学での身の振り方を、すでに社会で大活躍している同級生から教えてもらいなさい、というところでしょう。

正直なところ面倒くさいなと思いました。なぜ知らないオジサンと会わなくてはならないのか。そんな時間があれば友達と遊びにいきたいし、アニメ(ガンダム)の続きが見たいし、家でゴロゴロしていたい。それに私は極度の人見知りなので、すごく恥ずかしい。

しかし、母の会わせたいという熱意はものすごく、私も仕送りを貰っている身として、むげに断るわけにはいかないと感じたので、いきます、とお返事しました。

母の上京に合わせて、私と母とIさんの3人で食事会をすることになりました。場所は表参道。お店はIさんのセレクトで、おしゃれなブラジル料理屋さんでした。

シュラスコという料理をいただきました。簡単に言うと、ケバブのような焼いた肉を店員さんが運んできて、目の前で切って提供してくれるスタイルの料理でした。異国情緒あふれる初シュラスコに感動した私は、外資系サラリーマンすげぇ~、こんな素敵な店を教えてくれるなんて、来てよかったなと思いました。

そんなIさんは巨大な男でした。バリバリの体育会系で、海外出張先のホテルでもウェイトトレーニングを欠かさないとのこと。サイズ感でいうと、アメフト選手か、クッキングパパくらいの大きさでした。冗談ではなく肩幅は私の2倍くらいあったと思います。

たぶんIさんが本気を出したら、私などは2秒でひねりつぶされます。そのくらいの体格差があり、物理的な威圧感はものすごかったのですが、体つきとは対照的に、Iさんはとても物腰が柔らかく、感じのよい方でした。

まだ成人もしていない私の話をウンウンうなづきながら聞いてくれたのが印象的でした。ご自身の海外出張の話、大学時代に勉強しなかった失敗談、などを話してくれたと思います。シュラスコに気を取られていたので、残念ながら内容はほとんど覚えていないのですが、ある言葉だけは強烈に覚えています。

「もっと無駄な会話をしようよ。会話って心のマッサージだからね」

Iさんは、その鍛え上げられた両腕を前に出し、モミモミと肩をほぐすようなジェスチャーをしながら「マッサージだからね」と繰り返しました。

当時は、へぇ~、そうなんですね~、くらいの軽い返事をしたと思います。もしかしたら、ちょっと腹が立ったかもしれません。私の会話が堅いってことかよ!って思った気もします。

しかし、あれから10年以上経ち、あれは金言だったなと理解できるようになりました。

恥ずかしい話ですが、当時の私は若造もいいところで、精神年齢は中2。「必要最小限の会話で、ズバッと本質を突いたことを言えるのがカッコイイ」と思っている節があり、それ以外の会話は無駄だとさえ考えていました。Iさんは、そんな私の心の内を見抜いたのです。

「もっとさぁ、短く要点まとめてスパっと言ってくれない?」こんな風に相手が考えていたら嫌ですよね。そいつ絶対友達少ないですよね。ですが、当時の私はそういう「会話の無駄をなくそう!」みたいな謎のエコ意識を持っていました。

だからこそ、Iさんの「無駄な会話は心のマッサージ」という言葉が心に刺さり、自分の態度がおかしかったのだと気づくきっかけになりました。

最近、Iさんが日本の有名企業の社長になったというニュースを耳にしました。あらためて凄い人と会話させてもらったんだなと思います。忙しい帰国の合間を縫ってあってくれたIさんに感謝しています。この縁を結んでくれた母にも。

もしかすると母は、私のコミュニケーションに難があることに気付いていて、なんとかしなければと思い、Iさんを召喚したのかもしれません。いや、絶対そうです。そうなると、母に素直に「あのときは、ありがとう」と伝えるのが恥ずかし過ぎます。できません。

その代わりに、母には無駄な会話をプレゼントしたいと思います。モミモミ。

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