漫画家を目指したときの話

コラムの第91回。

漫画家を目指したことがあります。

数年前、どうやら新型コロナウィルスがヤバいものらしい、とみんなが認識をしはじめ、外出ができなくなりました。「しばらく閉鎖します」という張り紙と共にシャッターが下ろされた近所のショッピングモールを見たとき、あぁ、これは大変なことになったと思ったものです。

外に出られないし、ゴールデンウィークのため仕事もない。何もできない。かつてないくらい、ぽっかりと生まれた自由時間。ふと、これって人生を変えるチャンスなんじゃないかと思いました。何か新しいことに挑戦してみたくなったのです。

今のサラリーマン人生に満足しているのか? お前が本当にやりたかったことは何だ? おまえの夢は何だ? 己に問いかけました。すると、心の中に潜む少年の自分がパッと顔をあげ、叫んだのです。「ぼくは漫画家になりたい!」。これはもう漫画家を目指すしかないと思いました。

いや、いま思えば、そのときアマゾンプライムビデオで見ていた「ドラゴンボール超」に影響されただけの単純野郎なのですが、当時はもう本気で漫画家になるしかないと思い込んでいたんですよね。

といっても、漫画なんて一度も描いたことがありません。紙もない。ペンもない。なにから手をつけたらいいかもわからない。どうしようと思ってネットを調べてみると、「漫画家になりたいなら、とにかくプロの漫画を模写しなさい」と書いてありました。

OKOK。模写ね。とりあえずネット通販でスケッチブックと万年筆(Gペンの代わり)を購入し、過去に読んできた漫画のキャラクターを模写することにしました。

ハンター×ハンターのキルア。アイシールド21のセナ。ブリーチの井上さん。いろいろ描いてみると、書いていて楽しい漫画と、苦痛な漫画があることが分かりました。

一番つらかったのはデスノートです。夜神月が難しすぎます。どうやって描いても似てくれなくて、泣きたくなりました。小畑先生の画力ってやっぱり凄いんだなぁと思いました。

逆に、一番楽しかったのはドラゴンボールでした。悟空。ピッコロ。クリリン。フリーザ。どれを描いてもワクワクしました。しかも、下手な私が描いてもある程度似てくれるんです。いかに鳥山明先生のキャラクターが考え抜かれていて、それぞれに魅力的な特徴がしっかりあって、デザインされているかを実感しました。

自分はドラゴンボールが描きたい。鳥山明になりたい、と思いました。

で、どうしたかというと、ドラゴンボールのコミックス第1巻を買ってきて、1ページ目の扉絵から模写していきました。ドラゴンボールを全巻模写したら、自分も鳥山明先生みたいな漫画家になれると思ったんです。

ドラゴンボールって西遊記がモデルなので、最初は中国っぽいの山の中に悟空がいるシーンから始まります。1ページ描いたのですが、5時間くらい掛かりました。え? 漫画書くのってこんなに大変なの? うそでしょ?

頑張ってさらに2、3ページ模写しますが、もう心が折れ始めます。うそやん。鳥山先生凄すぎやろ。こんなの毎週描いていたのかよ。鳥山先生がしてきた偉業に気づき、尊敬の念があふれてきます。

ところが、ブルマが登場するころには、だんだんムカついてきました。おい!トリヤマ!おまえメカ好きすぎなんだよ。車のディティールまでこだわって書くんじゃねえよ!模写すんの大変だろ!怒りながらペンを走らせ、気付きました。あ、自分、漫画家向いてないわ、と。そして決めました。

サラリーマンとして真面目に生きよう。

あのときは鳥山明先生に理不尽な八つ当たりをしてしまいましたが、今では尊敬しかありません。私に最も影響を与えてくれた、偉大な漫画家だと思っています。昨夜、鳥山明先生が亡くなられたと聞いたときは、胸が締め付けられる思いでした。

ドラクエ。テリーのワンダーランド。クロノトリガー。ドラゴンボール。アラレちゃん。私が少年だったころに感じたワクワクは、この世が素晴らしいものであると信じさせてくれる力となり、今でも生きる糧になっています。もしポルンガに出会えたら鳥山明先生の復活を願う所存です。

心よりご冥福をお祈りいたします。

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