東京大学の講義よりも価値があること

コラムの第96回。

東京大学の講義はさぞ難しいのだろう、と思う人がいるかもしれません。実際その通りで、講義を受けた私も、教授の言っていることがあまりに難解すぎて、内容をほとんど覚えていないのですが、不思議なもので、肝心の授業は覚えていないのに、教授がたまにしてくれた無駄話の方は、しっかりと覚えていたりします。

ある理論物理学者の教授は、フランスの学会に出張で行ったとき、「磯野カツオ」が卑猥な言葉であることを現地の人に教えてもらった、という話をしてくれました。フランス語でイッソーノは「大きな」を意味し、カッツォは「男性器」を表す言葉だそうです。

その先生は授業中に大きな声で「イッソーノカッツォ!イッソーノカッツォ!」と嬉しそうに連呼していました。なんとこのギャグ、めちゃくちゃウケて、東大生だらけの教室がドカーン!と盛り上がったんですよね。

今になって考えると、先生がやっていることは完全にどぶろっくさんのキングオブコント優勝ネタです。しかも、最高学府の授業中という最高に緊張感の高まった状況でやっていたので、「緊張と緩和」という笑いの基本方程式が解かれ、ウケたのだと思います。さすが理論物理学者です。

また、ある数学の教授は、カタカナ語が嫌いな友人数学者の話をしてくれました。数学にはたくさんカタカナ語が登場します。サイン、コサイン、タンジェントとかですね。これらは日本語で言うと、正弦、余弦、正接、という名前がついています。その友人は「日本人なんだから日本語を使えよ。その方が分かりやすいだろ」と考えていて、かたくなにカタカナ語を使わなかったそうです。

正弦、余弦なら、まぁまだ理解できます。ところが、あるとき、その友人が「黒不等式、黒不等式」と言っていて、意味が分からなかった数学教授が、それは何だと聞いたところ、「シュワルツの不等式のことだ」と言われてびっくりしたんですって。

シュワルツは人名ですが、どうしてもカタカナ語が嫌だった友人は、シュワルツがドイツ語で黒を意味するというこじつけから、黒不等式と自分で名付けていたのだとか。先生は「いやいや、その方がよっぽど分かりづらいですやん」と思ったと言っていました。

私の頭が悪いだけかもしれませんが、東大教授ほどの天才が真面目に授業をしたところで、それを聞いた側の記憶には無駄話しか残っていないのだとすると、結局のところ、無駄話をどれだけ豊富に用意できるかが大事だ、ということなのではないでしょうか。

つまり、無駄話しかしない私のブログは、東大の授業よりも価値があるということです。違うか。

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