菜々緒さん似の常連さんに話しかけられた

コラムの第95回。

大学生のときに1年半ほど居酒屋でバイトをしていました。

私の働いていた店は、ジャンルでいうと和風創作ダイニング。個人経営の、ちょっと高級でおしゃれな居酒屋でした。そこで週に4日ほどホールを担当していたのですが、いつも7時ごろに一人で現れる常連さんが気になっていました。

その常連さんは、菜々緒さんに似た黒髪ロングが特徴的な女性でした。年は30歳くらい。いつも一人で来店して、少しの揚げ物とお惣菜、そしてカクテルを一杯頼んで帰っていました。話したことはなく、いつも一人でスマホを見ながら、黙って食事をされる方でした。

菜々緒さんっぽい雰囲気も相まって、ミステリアスな人だなあと思っていました。私だけ話したことがないのだと思っていたのですが、どうやらバイトリーダーも、店長も、誰も話したことが無かったそうです。

それでもほぼ毎日きてくださるのですから、貴重な常連さんです。うちの店の料理を気に入ってくれていたのでしょう。仕事帰りに一杯やって、日々のストレスを解消していたのだと思います。会話はないものの、心の中で「いつもありがとうございます」と思っていました。

私がバイトを始めて1年ほどたったある日、その菜々緒似の常連さんから、初めて声をかけられました。「すみません、あの・・・」その菜々緒似の女性は、モジモジした様子で話し始めました。

何を言われるんだろう。もしかして愛の告白だろうか。ありえない妄想が浮かびます。ドキドキしながら話を聞くと、「実は、・・・」と切り出した菜々緒さん。財布を忘れてしまったことを告白してきました。

なんだ、財布忘れか。

さぞ恥ずかしかったんでしょうね。いつもミステリアスな雰囲気を出しているのに、財布を忘れるというドジをしてしまったのですから。それでモジモジしていたんですね。菜々緒さんは「キャッシュカードはあるので、下のATMでおろしてきていいですか?」と言いました。「もちろんいいですよ」と答えました。

カラカラッ。ドアを開けて小走りで出て行く菜々緒さんを見送ると、私はすぐに店長のもとへダッシュしました。「店長!店長!菜々緒さんと初めて話ましたよ!」店長も驚いた顔で「どうした!?」と聞いてきます。あの菜々緒さんと話したのですから、大ニュースです。

「財布忘れちゃったらしいんですよ~。今下のATMでおろしてもらってます」と私が事情を説明すると、店長は言いました。「バカヤロー!食い逃げかもしんねぇじゃねぇか!すぐに追いかけろ!」

いやいや、常連さんですよ?(笑)

店長の中で菜々緒さんの評価低かったんだという衝撃を受けつつも、仕方がないので、すぐに下に降りてATMに向かいました。そこには(あたりまえですが)菜々緒さんがいて、お金を引き出していました。

パッと目が合いました。たぶんそこで菜々緒さん気付いたんでしょうね、あれ? 食い逃げしたと疑われてる? 私常連じゃないの?って。すごい複雑な顔をしていました。あの表情が忘れられません。

それからも菜々緒さんは店に来てくれましたが、それ以来いちども話したことはありませんでした。悪いことしちゃったなぁ。

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