素直になりたい

コラムの第97回。

素直になりたいです。

あるとき、妻の小学校からの親友が、東京に遊びにきたことがありました。その友人は東京をよく知らないと言っていたのですが、熱心にリサーチするタイプで、インスタを駆使して「原宿のこのクレープ屋さんに言ってみたい!」などの具体的なプランを練っているようでした。

プランを見せてもらうと、長年東京に暮らしている私も知らないお店ばかり。私よりよほど東京をよく知っているではないですか。これは面白そうだと思い、同行させてもらいました。

そうして友人と妻と一緒に原宿を歩いていると、道の脇に、大きなバックパックを背負った欧米系の二人組がいました。困った表情をしているので、どうしたんだろうと思って見ていると、私たちに声をかけてきました。地図を片手に「ここに行きたいのだけど、どうやって行ったらいいかしら?」と英語で聞いてきたのです。

友人を見ると「東京って外国の人がいるんだ!」と感動しているような顔をしています。しかし英語が苦手らしく、どうしたらいいのか、あたふたしている様子です。妻はというと、私が英語を(少しですが)話せることを知っているので、「やっちゃいなよ」という顔をしています。

ここは私の数少ない特技を活かせる場所だなと思いました。はっきり言えば調子にのったのです。私は極めてクールを装い「あぁ、それはこの通りを行って、二つ先のオレンジの店を左に曲がるといいですね。よかったらご案内しましょうか?」と対応してみせました。すると、それを見た友人が素直に感動し、「すごい!すごい!」と予想以上に褒めてくれました。自尊心がくすぐられて、めちゃくちゃ気持ちよかったです。

それから1年ほど経ったころ、地元に帰省することになり、その友人と食事をすることになりました。食事会にはその友人の他に、数人の同級生たちがいました。友人は、東京に行ったエピソードとして、私が英語で道案内をしたのがすごかった、と話してくれました。

人前で褒められるとなおさら嬉しいものです。気持ち悪い笑みを浮かべながら聞いていると、事件が起きました。同級生のひとりに海外勤務を経験した人がいて「へぇ〜。英語喋れるんだ。ちょっと俺と喋ってみてよ」と地獄のような提案をしてきたのです。

いやいやいやいや。これはまずいことになったと思いました。私は英語がしゃべれるといっても実際はカタコトなのです。

ここで「いやぁ、本当はそんなにしゃべれないんだよ」と素直になればよかったのですが、一度友人にカッコいいところを見せた手前、引っ込みが付きません。かっこ悪いところを見せたくない。気付いたら、「英語対決しようや」と言ってしまっていました。

そこから何を喋ったかあまり憶えていません。覚えているのは、彼と英語で言い合う流れになったこと。そして、とっさに私が放った言葉が「シットダウーン!」だったこと。自分でもよく分かりませんが、みんな座っている中、なぜか私はシットダウン(座れ!)と言ったのです。

「え?シットダウン?笑」

彼の表情に嘲りの色が浮かびました。しまった、と思いました。英語がしゃべれないくせに喋れる感を出してしまっている恥ずかしい人間であることが、ほとんどバレようとしています。万事休す。

ここで「ごめ〜ん、変なこと言っちゃった」と素直に言えればよかったのですが、こんな窮地に立ってもなお、変な意地を張ってしまうのが私の悪いところです。

「シットダウンじゃない!これはセトルダウン!落ち着けって意味なんだよ」

なんと私は謎の「セトルダウン」という言葉を作り出し、彼をやりこめようとしたのです。この目論見は成功し、「セ、セトルダウン?ふ、ふぅ〜ん」と彼は納得したようでした。

あぁよかった、なんとか逃げ切れたと思いました。ですが、家に帰った後、私は致命的なミスを犯したことに気付き、背筋が冷たくなりました。今ごろ彼はセトルダウンを辞書で調べているのではないか。辞書にセトルダウンなんて言葉がないことに気づき「あいつ、知ったかぶりしやがったな」と笑っているのではないかと思ったのです。

やばい!これは詰んだと思いました。もし私が藤井聡太さんでも覆すのが不可能な局面です。恥ずかしさで死にそう。絶望に打ちひしがれながら、感想戦のつもりで、スマホを手にとり「セトルダウン」と入力しました。するとどうでしょう。settle downというワードがヒットし、奇跡的に「落ち着け」という意味だったのです。よっしゃあ!と声が出ました。

まさかの逆転勝利。これで事無きを得たのですが、こんな恥ずかしくてドキドキする思いをするのはもうゴメンです。

素直になりたいなぁ。

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