とんでもない新聞を作った話

コラムの第100回。

コラムが100個目に到達しました。うれしいです。このブログで書いているコラムは、私が日々の暮らしの中で見つけた「おもしろいエピソード」を集めたものなので(そんなことを書くとハードルが上がってしまうのですが)、それが100個も集まったなんて感慨深いものがあります。ひとつの財産です。

そもそも、私は文章を書くのが苦手なタイプでして、ブログをこんなに続けられていること自体が奇跡に近いと思っています。知能テストを受けて「あなたは物書きに向いていません」と真正面から言われたこともありました。コラムを100個書きましたが、この苦手な感覚はぬぐえません。

さて、文章を書くのは人生を通してずっと避けていたと思っていたのですが、先日母から「あなた小学生のとき新聞を書いてたわよ」と言われて、びっくりしました。幼いころには、文章を書きたいと思ったことがあったようです。

どんな新聞だった?と聞くと、母は「恐怖新聞だよ」と答えてくれました。

あっ、そういえば書いたかもしれません。恐怖新聞というのは、つのだじろう先生が1973年-1975年にチャンピオンで連載していた漫画のことです。幽霊が自宅に配達してきて、1日読むごとに100日も寿命が縮まってしまう、呪いの新聞が「恐怖新聞」なのです。

このホラー漫画がめちゃくちゃ面白かったのです。100日の寿命と引き換えになるのですが、恐怖新聞を読むと未来の事件を知ることができます。誰かが亡くなる事件を。それを主人公は「なんで僕がこんなめに」と思いながらも、後味が悪くなるので、人助けをするという話でした。あぁ、また読みたくなってしまいます。

当時の私は恐怖新聞にハマっていたので、書いてみようと思ったのでしょうね。母によると、ダイアナ妃が亡くなった事件など、小学生らしい、ちょっと怖めの記事を書いていたようです。

恐怖新聞の漫画は、もともと母の蔵書でした。なので、母は「なんか書いてるわー」くらいに思ってみていたそうですが、かわいそうなのは父です。

あるとき、恐怖新聞が父に見つかりました。父は何も知らなかったので、わが子が書いた恐怖新聞を見て「えっ!この子、大丈夫!?」と心配になったそうです。「こんなの書いてるんだけど…」と恐る恐る母に聞いてみたら、漫画を真似しているだけと分かり「なんだぁ、よかった」となったとか。

たぶん父の寿命、100日は縮んでると思います。恐怖新聞が本物になった瞬間ですね(笑)

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