天空のテロリスト

コラムの第101回。

白状すると、テロリストだった時期があります。

東京に住んでいたころ、月に一度通う店がありました。その店の前には、いつも白髪の老人が立っていました。雷の異名を持つ老人です。私はその老いた門番に一瞥をくれ、なにくわぬ顔で店内に入ると、いつも同じ注文をするのでした。

「とりの日パックください」

「はい。1150円です」

ケンタッキー、おいしいですよね。妻が大好きなんですよ。無事にチキンを入手した私は、妻が喜ぶだろうなあと想像しながら、ホクホク顔で帰るのですが、ひとつ問題がありました。ケンタッキーから自宅までは二駅離れているので、電車に乗らなければならないのです。

なんといっても、とにかくチキンが匂います。チキンの袋を車内に持ち込むと「あいつ、電車にケンタッキーを持ち込んでやがる」「なんて匂いだ」「匂いテロリストだ」という顔をした乗客たちの目線を浴びることになります。恥ずかしくてたまりません。

私は人見知りなので、こういう状況が耐えられないのです。すみません。すみません。心の中で謝罪しながら、窮屈な思いをして過ごします。「早く駅についてくれ~」と願うのですが、いつもはあっという間なのに、このときばかりは二駅が異常に長く感じたものです。

嫌ですよね、匂いテロ。ただ、私は自分が匂いテロ犯なので、他人の匂いテロには寛容だったりします。たとえば、新幹線で隣の人がコソコソと551の肉まんを食べていても、怒りがわきません。むしろ同情します。恥ずかしいよね。分かる分かる。

ところが、そんな私が信じられないくらい酷い匂いテロに出くわしたことがありました。あのときばかりは殺意が芽生えたくらいです。

それは数年前、出張でアメリカに行ったときのことでした。

仕事で2週間ほどの滞在でした。アメリカといえばハンバーガー、という単純な脳みそをしていたので、現地のハンバーガー屋さんにたくさん通いました。

シェイクシャックやファイブガイズという店があるのですが、チェーン店なのにめちゃくちゃ美味いんです。肉がジューシーで、パンチ力が日本とは段違い。あとジュースが無駄にデカい。アメリカすごいなと思いました。

でも、楽しめたのは最初の1週間だけ。最後の方は日本が恋しくて仕方なくなりました。おにぎりとたくあんがどうしても食べたい。私は日本食が好きなんだなあ。アメリカ料理は当分見なくていいと思ったものです。

そして、やっと帰国の日です。飛行機に乗りこみ「日本に帰ったら何食べよう、やっぱ寿司かな」なんて考えながらシートベルトをカチッと締めました。すると、前から180センチくらいの大柄なアメリカ人男性が歩いてくるのが見えました。手に何かを抱えています。

「なんだろう」よく見ると、50センチ四方ほどの、平べったい段ボールでした。そこでピンときました。ピザの箱です。え、うそでしょ。ピザ持ち込んでるけど。それってアリなの?

男性はピザを抱えたまま、サッと席に座りました。あまりに自然体なので、アメリカではピザを持ち込むくらい常識なんだな、と納得しかけたのですが、その男性の横をアメリカ人っぽい客室乗務員さんが通ったとき、「ピ、ピザ!?」と言って二度見してたので、あ、これはアメリカでも異常事態なんだと理解しました。

だとすると、このピザがどうやって機内に持ち込まれたのかが気になります。手荷物検査はどうしたのでしょうか。まさかピザを手に持ってセキュリティゲートを通ってないですよね。おそらく、他のバッグたちと同じように、ピザがベルトコンベアに運ばれ、黒い箱の中に入り、レントゲンを撮られたのでしょうね。

ピザのレントゲンって何だよ。

裏でモニターしている人はどういう反応だったのでしょうか。「なにこの丸いの?」「ピザじゃね?」「止めた方がいいかな?」「さあ」そんな会話をしている外国人を想像すると、おかしくて笑えてきました。

まもなく飛行機が離陸します。ピザの男性がずっと気になるので、つい観察してしまいます。ピザは上の荷物台に置かないんだ。膝の上にピザかかえて離陸するんだ。離陸したよ。揺れてる。この人、ピザと一緒にめちゃくちゃ揺れてる。

飛行機が上空に飛び立ち、しばらくすると、ポーン、という音と共に、シートベルトを外してもいいというアナウンスが流れました。すると、その男性は、それがいただきますの合図であったかのように、勢いよくピザの箱を開封するではないですか。あ、やっぱ食べるんだ。その途端、すごい匂いが機内に立ち込めました。香ばしいチーズと、トマトソースの混ざったあの匂い。

うそだろ、と思ったのですが、先ほどまで「アメリカ料理はもういいや」だったはずの私のお腹が鳴り、めちゃくちゃピザが食べたくなったのです。

「おまえ!くそっ!こんな密閉された空間でピザ食ってんじゃねえ」

日本食への恋しさが吹っ飛ばされるほどの、信じられない匂いテロでした。

***

ちなみに、今日は乗り物系のハプニングを書いてみたのですが、これは「3652ー伊坂幸太郎エッセイ集」を読んでいるときに、「自由な席」というお話が出てきて、刺激を受けたからでした。

簡単に紹介すると、伊坂さんが新幹線に乗っていたら、駅員さんが外国人に話しかけているのを目撃したという話です。その駅員さんは「指定席か、それとも自由席か?」を訊きたいのですが、英語が苦手なようで「リザーブシート オア ええと…」と詰まります。ノンリザーブドシートという単語が出てきません。

あっ、そうか、こう言えばいいんだ、と気づいた駅員さんが放ったひと言が「〇〇〇」(これをここで書いてしまうと面白さが半減するので、実際に読まれることをおすすめします)。このオチがユーモアがあっていいなあと思ったのと、伊坂さんの心理描写がうますぎて引き込まれました。

この「自由な席」という話は、ラジオのフリートークを聞いているような軽妙な漫談になっていて、すごく面白かったです。私好みのエッセイでした。おすすめです。

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