ニューヨークで入浴は危険

就職して三年。日本のサラリーマン生活にすっかり馴染んだ私とは対照的に、親友のAくんは、ニューヨークから電車で2時間ほど離れたところにあるイエール大学に留学し、学者になる夢を追いかけていました。

かっこいいですよね、海外留学。しかもアメリカです。

白状すると、私はアメリカという国にすごく憧れがあり、特にニューヨークには、一生に一度は足を踏み入れて、空気だけでも吸ってみたいと思っていました。

せっかくAくんがニューヨーク近郊に住んでいるんです。行くなら今しかないと思いました。思い切ってAくんに連絡をとり、ニューヨークで落ち合おう、と約束しました。

次は宿の予約です。びっくりしたのですが、ニューヨークで一泊しようと思ったら、どこのホテルもべらぼうに高いんですね。余裕で1泊ウン万円するんですよ。Aくんは学生だったし、私もお金がありません。

「Aくん、ホテルは無いよね」
「ホテルはないなー。高すぎやんな」
「そうだよねー。どうする?」
「Airbnb使ってみいへん?」
「Airbnb?」
「民泊のアプリ。安いで」
「へー、そんなのあるんだ」

そうして私達はAirbnbとやらで、ニューヨークの安宿(それでも一泊1万円はする)を確保したのでした。

初めて訪れるニューヨークは、自由の女神、グラウンドゼロ、ブロードウェイを巡る、修学旅行のような定番ツアーでした。もう何度もテレビで見た光景なのに、足を踏み入れてみると、また新しい発見があります。

自由の女神って、船に乗らないと辿りつけないんだなあ。不自由な場所にあるなあ。

グラウンドゼロって吸い込まれそうな深淵だなあ。寒気がする。神聖な場所なんだなあ。

ブロードウェイ。道幅、狭いんかい。ぜんぜんブロードちゃうやん(笑)

行ってみないと分からないものですね。

歩いていると、SuperDry(極度乾燥しなさい)と書かれた看板がありました。それを指差しながら、Aくんがこう言ったんです。

「アメリカ人からすると、SuperDryって字面が面白いんよね。若者の間で流行ってるんやで」

この何気ないひと言が印象に残っています。日本人まるだしの私は、SuperDryの文字を見ると一杯やりたくなるのですが、Aくんは同じSuperDryからアメリカ人のギャグセンスを感じている。そのギャップに驚いたのです。これが世界に出た男か、すごいなと思いました。

観光を堪能していたら、あっという間に暗くなりました。そろそろ宿に向かおうということで、ニューヨークの市街地から地下鉄で数駅ほど移動し、宿に向かいました。

宿の最寄り駅についたとき「このへん、ちょっと治安が悪いねんなー」Aくんがボソッと言いました。私は怖くなりました。これが、たとえば新宿を歩いていて「このへん、ちょっと治安が悪いねんな」なら大したことないのですが、その日の私は冷静ではありません。

一日の観光を経て、私はアメリカ通のAくんの言うことを何でも信じるモードに入っていたのです。なので、「治安悪い」と言われた瞬間、銃で撃たれるかも、という不安が押し寄せたのです。

駅の周りをみると、浮浪者がたくさんいます。壁はスプレーで落書きされています。あの暗がりの向こうには、ギャングが隠れているのではないか。そんな不気味な雰囲気が漂っていました。怖い。怖い。

ブルブル震えながら、宿に着きました。そこはマンションの3階にある、シェアハウスでした。リビングとシャワー室が共用で、各自1部屋ずつ寝室があるタイプです。わっ、シェアハウスなんだ。すごい。ニューヨークにいるからか、シェアハウスまでおしゃれに見えました。

お腹がすきました。でも、暗いなか遅くまでウロウロするのは怖い。宿の近くのピザ屋さんで持ち帰りピザを注文して、ワインボトル1本を買って、部屋飲みしようということになりました。

無事ピザをゲットして、部屋に戻ると、20歳くらいの金髪の女の子が1人いました。えっ!誰っ!?私がドギマギしていると、Aくんと女の子が楽しそうにおしゃべりを始めました。

なんて言ってるんだろう。英語が聞き取れないので、二人のやり取りをジーっと見ました。ほどなくして、女の子は部屋を出て行きました。

「Aくん、誰?さっきの子」
「たぶん、この部屋のルームメイト」
「まじで!女の子と一緒なんて聞いてなかった!」
「俺もやで」
「何話してたの?」
「一緒にピザ食べへん?って誘った」
「えっ」
「そしたら、今夜パーティがあるから無理って」
「なんだ〜」

このとき、私がどれだけAくんを熱く尊敬したか伝わりますでしょうか。

アメリカに留学して、自力で英語を身につけて、見知らぬ女の子相手に、堂々とディナーを誘っているんです。めちゃくちゃカッコいい〜!女の子には振られましたけど(笑)でも、私はその女の子と話せる気がしなかったので、ホッとしました。

結局、二人で部屋飲みしたのが、ニューヨーク旅行の中で、一番楽しかった思い出でした。

ずっと、Aくんと二人で「スピッツの曲縛りでイントロ・ドン」をするという、不毛な宅飲みをしたんです。

そんなの日本でできるじゃん、って言われちゃいそうですけど、なんだかんだ、友達と飲みながら喋るのが一番楽しいですよね。

翌朝。ニューヨークの有名なパン屋さんに行くと決めていた私は、アラーム通り7時に目を覚まし、軽くシャワーを浴びました。

部屋に戻ろうとするとAくんがいました。「シャワーあびてた」「俺も今から浴びるわ」「そっか、じゃあ後で」

それから10分ほどのち。自分の部屋で荷物をまとめていると、何やらリビングの方から、男女が言い争っている声がします。

なにごとでしょうか。自室のドアを少しだけ開け、リビングの方をのぞくと、Aくんと昨夜の女の子が口論をしているのが見えました。

いえ、口論というか、一方的にAくんが怒鳴られていました。昨夜の笑顔を振り撒いてくれたあの女性と本当に同じ人物なのかと疑うくらい、ものすごい剣幕でした。

「朝っぱらからシャワー浴びてんじゃねえよ!いま何時だと思ってんだ!おまえ常識ねえのか?!ああぁん?」

こんな風に怒られたのだと、あとでAくんが教えてくれました。

ニューヨーク怖っ!

夜の街より、朝の部屋の方が怖いんかい(笑)

眠らない街ニューヨークで、朝眠りたい人に怒られた、という話でした。たぶん、パーティで嫌なことがあったのでしょうね。(あるいは、Aくんがシャワーあびながらスピッツの鼻歌でも歌っていたのでしょうか?)

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