ごまの正しい混合法

同じ遺伝子を受け継いだはずなのに、母の考え方が理解できないことがあります。

今朝のことです。コーヒーを淹れようとキッチンに向かうと、母がペットボトルを手に持って、コロコロと転がしている光景を目の当たりにしました。

左手に持ったペットボトルを、コロコロと転がして右手でキャッチ。今度は右手で転がして左手でキャッチ。いったい何をしているのでしょうか。

よくよくペットボトルを観察すると合点がいきました。それはペットボトルではなく、胡麻のボトルだったのです。

胡麻のボトルの中に、詰め替え用の白い胡麻を入れ、その上から、さらに黒い胡麻を入れたのでしょう。白と黒の胡麻が、地層のようにパッカリ分離しています。母は、白胡麻と黒胡麻を混ぜようとして、ボトルを転がしていたのでした。

しかし、考えてみるとやはりおかしい。胡麻が二層に別れたとき(そんなケースに出会ったことがないので想像ですが)、きっと私だったら、ペットボトルを両手で持ちあげ、バーテンダーがカクテルをつくるように、縦にシェイクすると思うのです。

だって、白胡麻と黒胡麻が縦に分離しているのですから、縦に振らなければ混ざりようがないではありませんか。横に転がす発想が私にはありません。

そんなことを考えていた私は、どうやら母の横にたったまま、無言で手元をじーっと観察していたようで、不審に思った母から「なにか?」と問いかけられました。

いや、職務質問したいのはこっちの方なんだけど、と思いつつも、うまく言葉が出てきません。こういうとき、何と言ったらいいのでしょう。

縦に振ればいいと思うよ、でしょうか?

しかしです。もしかすると、母は深い考えがあってペットボトルを横に転がしている可能性があります。だとすると、「縦に振ればいいじゃん」などと軽々しく口を挟むなんて無神経です。私が逆の立場ならキレます。

でも、気になります。どうしても縦に振ればいいと思ってしまいます。

どうすれば母を傷つけず、やんわりと「もっといい方法があると思う」と伝えることができるでしょうか。直接的ではなく、醸すような感じで伝えたい。

そこで私は、ある発明の話を母にすることにしました。

小学生のころ、農業体験の一環として、バケツで稲を育てる授業がありました。児童ひとりに対して一個のポリバケツが与えられ、その中で農作をしたのです。

すくすくと育つ稲を見るのは楽しく、あっというまに穂が垂れ、米が実りました。現代であれば、機械で収穫して、脱穀、精米を自動でやりますが、体験授業でしたので、まだ皮がついたお米を教室に持ち帰り、自分たちで脱穀をすることになりました。

先生が脱穀のビデオを見せてくれました。昔ながらのやり方は、一升瓶に米をパンパンに詰め込み、上から菜箸のようなもので、ジャコ、ジャコと米を突くというものです。そうすると、米が瓶の中を対流し、米同士の摩擦で籾殻が剥がれ、ビンの底に籾が溜まる、という仕組みでした。

ところが、いざ一升瓶にいれて脱穀しようとするとうまく行きません。バケツで収穫した米が少なすぎて、瓶の中がスカスカなので、菜箸でつついても対流しないのです。

摩擦がない。そこで私が考えたのが、なわとびを使う方法でした。なわとびの取手の蓋を開け、そこに米をパンパンに詰めこみ、上から割り箸で突いたらいいのではないかと思ったのです。

試してみるとジャコ、ジャコという手触りが得られ、驚くほどのスピードで籾殻が剥がれていくではありませんか。

「発明だ!」

横で見ていた友達が叫びました。私の圧倒的な脱穀技術に恐れをなしたのです。この発明は、またたくまに教室全体に広まり、私は発明者としてヒーローのような地位を得たのでした。

今まで大学と社会人を通じて、約10年間、科学技術の研究に携わってきましたが、この脱穀法の発明ほど賞賛された瞬間はありません。

そんな話を母にすると、へー、でも胡麻の場合、箸で突いたら、すり胡麻になっちゃうじゃん、と一蹴されました。

うう、そうなんだけど、言いたいのはそういうことじゃないんです。縦に振ればいいじゃん、って伝えたかっただけなのに。

なんで回りくどく米を突く話をしちゃったんだろう。うまくいかんなあ。

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