お笑い芸人さんのおもしろエッセイ3選①

上質なエッセイは、お笑いコントに似ています。

お笑い芸人さんが書くエッセイは、まるでコント番組を見ているかのようです。映像が頭に流れてきて、忍ばされたユーモアに、思わず笑ってしまいます。

今回は、私がおすすめしたいお笑い芸人さんのエッセイを3つ紹介します。

インパルス板倉俊之さんの「栗は果物 メロンは野菜」

あらすじ:
中学時代、賢い奴ポジションに憧れていたインパルス板倉さんは、クラスメイトの女の子が「栗は果物」という知識を披露し、喝采を浴びる様を目の当たりにする。それならば自分は、もっと良いタイミングで意外な果物を発表をして、ものすごい喝采が得てやろうじゃないかと考え、真の賢さに迫ろうとする話。

板倉俊之著 「屋上とライフル」、飛鳥新書(2023年)より

感想:
この板倉さんの体験談は「賢い奴に思われたい」という承認欲求が起点になります。よく考えると「賢い」って意外に難しい概念です。

私は若いころ、学校の成績がいい子のことを賢いと思っていたのですが、大人になってみると、知識量ではなく、とっさに気の利いたひと言を添えられる人にこそ、賢さを感じます。

板倉さんは精神的な成熟がとても早い方です。中学生の段階ですでに「知識があるだけでは賢いとは言えない」ということに感づいているのですね。

本当の賢さというのは、知識の魅せ方にこそある。つまり、知識をひけらかすではなく、最も大きな便益がもたらされるシチュエーションまで待ち、狙い澄ませて知識を見せるのが賢いということなのだ、と板倉さんは考えます。

中学生がこの角度のものの見方をしていることがすでに面白い。でも、ちゃんと浅はかさもあり、板倉さんの考える賢さが否定されるになっていきます。なんだか昔話を聞いているような感じもするし、現代の悩める青年っぽさもあるし、不思議なお話でした。現代版のこぶとり爺さんですね。

ピース又吉直樹さんの「覗き穴から見る配達員」

あらすじ:
飲食の宅配サービスを利用するとき、自分でも気持ち悪いことをしていると分かりつつも、ドアの覗き穴から配達員さんの行動を観察してしまうピース又吉さん。ドアを一枚隔てただけの超至近距離から、要領の悪い配達員さんに「なんでやねん」などと心の中でツッコんでいく、ただただ不気味な、ひとり変態漫才のお話。

又吉直樹著 「月と散文」、KADOKAWA(2023年)より

感想:
覗き穴から一方的に配達員さんを観察するという行為は、人間として間違っている変態的な行いですが、自分もやってしまう側なので、ちょっと気持ちが分かってしまいます。

そんなダメ観察者が、他人の誤りを指摘するという構図になっています。「誰が言うとんねん」という可笑しさがあります。

この観察というのも、芥川賞作家の描写力がもったいないくらい発揮されており、配達員の所作のディティールが面白さを引き立てています。

また、このエッセイは、パンサー向井さんが「ラジオ的な文章」の代表として挙げたものでもあります。こっそり自分だけに秘密を打ち明けてくれている感じがしますし、エピソードトークとしての完成度も非常に高いです。オチが最高でした。

千原ジュニアさんの「なんでそのTシャツやねん」

あらすじ:
Tシャツいじり日本一(?)の異名を持つジュニアさんによるTシャツ漫談。ボクシングジムで出会った女性のTシャツには、「ここでそれは絶対あかん」とツッコみたくなる衝撃イラストが描かれていた。その他にもTシャツネタが多数あり、ジュニアさんがいかに普段からよく人間観察しているのがよく分かるお話。

千原ジュニア著「すなわち、便所は宇宙である」扶桑社(2011年)p.284より

感想:
ジュニアさんのエッセイ「便所は宇宙シリーズ」はどれも面白いのですが、その中で、あえてTシャツネタを紹介しました。面白いだけじゃなく、ジュニアさんのものの見方がギュッとつまったエッセイだからです。

今となっては恥ずかしい話ですが、私は大学生のとき、心の底から面白いと思って、スーパーマンTシャツを着て生活していました。今の妻に「それダサいよ」と言われてすぐ捨てたことを覚えています。

私のようにTシャツ単体で面白さを攻めるのはよくありません。ジュニアさんの文章を読んで思うのは、Tシャツの柄自体が面白いのではなく、その柄がその場の状況と偶然矛盾したとき、そこから生まれる「なんでここでそれやねん」という感情が面白いということです。このエッセイを読んでから、他人のTシャツ柄が無性に気になるようになりました(笑)

まとめ

板倉さん、又吉さん、ジュニアさんのエッセイを紹介しました。どれもめちゃくちゃ面白いので、ぜひ読んでみていただきたいです。

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