人生観をちょっと変えてくれそうなエッセイ2選

ひとから言われた些細な言葉が、あまりにも深く胸にぶっ刺さり、その後の人生観を大きく変えてしまうことがあります。

まだ中学生だった19年前、私は体育館の片隅で立ち尽くしていました。同級生の女子(可愛い)に私の毛深いスネを見られ、「えっ!足黒っ!」と引かれてしまったからです。当時は思春期まっさかり。恥ずかしくて堪りません。それ以来、半ズボンを履きこなす男性に対し、圧倒的な劣等感を抱えるようになりました。

さて今回は、こんなふうに、人生観がちょっと変わった体験をした人達のエッセイを2つ紹介します。

他人の価値観が変わる瞬間って、いいですよね。単純に見ていて楽しいですし、「ああ、これは自分も取り入れたい考え方だな」という学びもあります。

オードリー若林正恭さん「ホテル・サラトガのWi-Fi」

あらすじ:
努力して競争してきた者だけが人並みの生活を送れる日本社会。そんな生活に疲れてしまった若林さんは、資本主義の外側にいってみたいと思い立ち、癒しを求めてキューバを訪れる。しかし、キューバにあったのは心の平穏ではなく、コミュ力で競争する、風変わりな世界だった。

若林正恭著、「表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬」、KADOKAWA(2017年)より

感想:
現代社会に疲れた人が逃げ込む旅行先といえば、普通だったらハワイやバリ島ですが、そこで「社会主義国に行ってみよう」と考えて、ひとりでキューバに行ってしまうのが面白いですよね。若林さんの場合、亡きお父様がキューバに行きたがっていたという別の理由もあるのですが、それにしたって自分だったらキューバに行く発想は出てきそうにありません。

でも、競争ばかりじゃ疲れちゃうよね、という考えには共感できます。サラリーマンである私ですら、「こんなに頑張らないと普通に生きていくこともできないの?」と思えて嫌になる時があります。芸能界に生きる若林さんはなおさらでしょう。

これは想像ですが、お笑い芸人さんの世界は、バランスのとれた、ちょうどいい中間領域が狭いのだと思います。ほとんどの芸人さんが、本業に加えてバイトしないと食べていけないくらい、貧困の領域が広い。若林さんの言葉を借りると「度を越えた努力をしなければ、部屋にエアコンさえつけられない」という状況です。そして、ごく一部の売れた人だけが、人並み以上の豪奢な暮らしを享受できる(そのためには、たいへんな努力が必要)。つまり、そこそこ努力をしてそこそこ豊かな暮らしをする、みたいな中流階級がほとんどないのです。そりゃあつらいよな、と思います。

さて、そんな競争社会から逃げ出したくなった若林さんですが、キューバに行ってみると、たしかにお金の面での競争は無いのですが、お金以外で競争する社会であることに気が付きます。どれだけコネを持っているかで、暮らしが豊かになったり、そうでなかったりするのです(細かい描写がとても面白いので、詳しくは本書でご確認ください)。コミュ力が支配する世界と言ってしまってもいいのかもしれません。それって、どうなのでしょうか。お金で競争するよりも不自由に感じてしまいます。

「まいったなあ」若林さんは思わずこぼします。競争から逃げて、社会主義に癒されにきたのに、そんな甘い世界なんてないのだと痛感したからです。競争というのは、人間にデフォルトで備わっている欲求であり、そこから逃げることなんて出来ないのでした。

このエッセイを読んで、若林さんは本当に細やかにものごとを観察する人だなあ、と感心しました。旅行って、こんなにたくさんものを考えて、感じて、収穫できるものなのですね。もう一つ、大きく感心したのは、若林さんの達観ぶりです。若林さんは「頑張りたくないけど、エアコンのない暮らしもしたくない。ちょうどよくバランスの取れた生活をしたい。俺ってわがままだなあ」と自己分析しているのですが、こんな気持ちをストレートに吐き出せるなんて、素直で素敵です。私はいまだに「偉くなりたい。いい暮らしをしたい」というエゴを捨てきることができません。

ふと、ロビンソン・クルーソーに出てくる「中流階級こそが世の中で一番幸福なのだ」という一節を思い出しました。若林さんは、現代のロビンソン・クルーソーなのかもしれません。

伊坂幸太郎さん「ハードボイルド作家が人を救う話」

あらすじ:
ミステリー新人賞に応募した伊坂幸太郎さんは、選考会の会場で呆然としていた。自分の好きな箇所をことごとく批判されたからだ。もう小説を書くのをやめようとすら思っていた。そんなとき、選考委員だった北方謙三さんにポンと肩を叩かれ、ある言葉を贈られる。ハードボイルド作家が若手作家を救うお話。

伊坂幸太郎著、「3652-伊坂幸太郎エッセイ集-」、新潮文庫(2015年)より

感想:
伊坂幸太郎さんの小説が大好きです。伊坂さんの作品を全部読みたくなって、図書館に通い詰めたことがあります。残念ながら、読書体力がなく、伊坂作品の完全制覇をする前に挫折してしまったのですが、これほど文章がユーモラスで、どんどん続きが読みたくなる作家さんに出会ったのは初めてのことでした。

伊坂小説を求めて図書館に通った日々は、私の人生の中でもトップクラスに幸せな気持ちになれた時間でした。なので、伊坂さんがデビュー時に心折られることなく、たくさん小説を書き続けてくれたことを、心から感謝しています。

というか、伊坂さんほどの大天才作家でも、デビュー時に出鼻をくじかれて「小説なんて書く意味ない、やめちゃおう」なんて気持ちになっちゃうくらい苦汁を味わっているんですね。めちゃくちゃ共感できます。

自分がおもしろいと思った小説が、偉い人達に真っ向から否定された選評会。さぞお辛かったと思います。そんなとき、暖かい言葉をかけてくれる先輩が現れるなんて、素敵ですね。伊坂さんからはヒーローのように見えたのではないでしょうか。

このエッセイの中には、北方謙三さんが実際にかけてくれた言葉が書かれています(それをブログに書いてしまうのはネタバレだし、伊坂さんの文章で読んだ方が百倍心に刺さるでしょうから、あえて書きませんでした)。それは、まったく小説なんて書いたことがない私ですら、胸が熱くなる励ましの言葉でした。小説家ってすげえなと思いました。さすがは言葉を紡ぐプロ。

小説家だけでなく、創作やものづくりに携わるすべての人に、ぜひ読んでみてほしいと思ったエッセイでした。

まとめ

人生観がちょっと変わりそうなエッセイを二つ紹介しました。若林さんのエッセイは「こんな売れっ子芸能人でも中流階級がゴールなんだ」と思わされましたし、伊坂さんのエッセイは「価値観を否定されたときに熱く励ましてくれるのっていいな」と思えました。どっちもめちゃくちゃ面白いのでおすすめです。

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