こだまさん著「ここは、おしまいの地」の感想

こだまさんのエッセイ「ここは、おしまいの地」を読みました。

きっかけは、僕のマリさんの「常識のない喫茶店」のあとがきに「こだまさんの著書を読んで文学フリマに出ようと思った」と書いてあるのを見つけたことでした。

素敵な話だと思いました。喫茶店で働きながら密かに文章を書いていた僕のマリさんにとって、文学フリマに出るのって、大きな一歩だったと思うんです。目の前で読者の批評を浴びるかもしれません。でも踏み出した。こだまさんの文章からパワーをもらったのですね。

そんなふうに前向きな影響を与えてくれる文章ならば、ぜひ読んでみたいものだと思いました。すぐさまスマホに「こだま 著書」と入力。検索すると、Amazonの購入履歴に残すのが躊躇われる私小説(夫のちんぽが入らない)とエッセイ(おしまいの地シリーズ)がヒット。3秒考えて、エッセイの方を購読させていただきました。

ユーモアの詰め合わせ

本作はこんな書き出しで始まります。

スーパーの鮮魚コーナーを物色していた父が、一匹八◯円と書かれた蟹を見て「虫より安いじゃねえか」と呟いた。

一行目からギュッと心が掴まれます。

一匹八◯円の蟹ってなんだろう。蟹って千円以上するイメージがあります。タラバガニ、ズワイガニみたいな蟹だと八◯円はありえません。だとすると、小さいサワガニ? 食べられるのかな? と想像が膨らみます。

そして普通のリアクションなら「八◯円。安いんだねえ」となるところですが、お父様は「虫より安いじゃねえか」と呟いた。鮮魚コーナーのおいしそうな食品を虫と比べるなんて失礼です。ちょっと変わったお父様が滑稽で笑ってしまいました。

そんな「虫より安い」級のユーモアが一冊の頭からお尻まで、びっしり詰まっている作品でした。「泣く子は縛る」「母がボケたら空き巣のせいだ」「毒素コーヒーが私のマグカップにもなみなみと注がれた」「私の首に宿る、骨の赤ちゃん」どれもおもしろくて、お腹が痛いです。病室でニヤニヤしながら読んでいたので、気持ち悪いやつだと思われてしまったかもしれません。

病室で読むと元気がもらえる

こういうと変かもしれないのですが、病室で読むのにピッタリな本だなと思いました。ただ面白くて笑えるだけではなく、閉塞感から抜け出す考え方が散りばめられているからです。なんというか、救いがあるのです。

作中の『首に宿る命』では、こだまさんの首の骨が消失し、新たに生誕する事件が描かれています。首の骨が無くなるほどの大事なのに、医者におもしろがられたり、胸が大きくなる薬を売りつけてきた同級生と再開して離婚の愚痴を聞かされたりと散々な目に会います。しかし、そういう不幸に接したことが人生訓になり、生きるって別に上手くやっていかなくてもいいんだ、現状維持でいいんだ、という悟りが開けていきます。

また、幼少からひどい仕打ちを受けてきたこだまさんは、ドラマチックな悲劇の宝庫であるばかりでなく、日常で出会う些細なイベントでもストレスを感じる繊細さをあわせ持っています。生きづらさの役満です。

そんな方が綴る文章には、どんなつらさにも寄り添ってくれる安心感がありました。作中の『言えない』では、カラオケが苦手なのに歌いたくないと言い出せないツラさを吐露しています。

私は病室で読みながらこだまさんに感情移入してしまいました。

というのも、今まさに私が『言い出せない』で困っているからです。入院着をレンタルしたのですが、思ったより小さくて、座るたび半ケツになってしいます。でも「すみません、ケツが出ちゃうので大きいサイズに交換してください」なんて恥ずかしくて言えません。半ケツを隠しながらニヤニヤと本を読む中年男性がここに居ます。言い出せないって辛いですね。

エピソードの密度が高い

こだまさんは、一つのエッセイを書くときに、二つ以上のエピソードを組み合わせて「つまり、こういうことだよな」と真理をつまみ出すのがうまいと感じました。

『父のシャンプーをぶっかけて走る』が顕著でした。これは、かつて自分がこだわりを持つ側だったけれど、今もそれくらいの熱量があるだろうかと振り返る話です。

主題は「こだわり。つまり、周りから見ると変だけど自分では意味あること」です。

こだわりを持ち続けるのは大変しんどいことです。だからこそ、こだわりを持った人間というのは、非常にエネルギーの高い存在になります。こだわりは、他人から見れば奇妙だし、批判も受けるのだけど、それを「ええい、うるせえ」と撥ね退けられるほど、何かに価値を見いだせるのって素敵だと思います。そういうことが言いたかったエッセイだと解釈しました。

その場合、普通なら、過去の自分が持っていたこだわり(父のシャンプーを使うこと)のエピソードを1個だけ紹介して肉付けすると思います。それでも十分読み応えのあるエッセイになります。

が、こだまさんは違います。

こだわりに関するエピソードとして「風鈴おじいさん」「プルタブを裏返す女の子」「赤いスーツで実習に挑む姐さん」を足してくるんです。圧倒的なエピソードの密度。それによって生み出されるとんでもない説得力。シンプルにすごいなと思いました。

こだま著「ここは、おしまいの地」太田出版(2018年)

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