新川帆立さん著「元彼の遺言状」の感想

新川帆立さんのミステリー小説「元彼の遺言状」を読みました。

きっかけ

突然ですが『有隣堂しか知らない世界』をご存知でしょうか。有隣堂さんの公式Youtubeチャンネルなのですが、最近このチャンネルの存在を知り、あまりの面白さに感動して貪り観ています。

(2024年4月13日時点で)133万回再生された中山七里先生の職業作家の1日ルーティンは、全国民が一見の価値ありです。

中山先生は餓死する人間の話を書いているのですが、動画をご覧になれば、作家の方がメシを食わないという不思議な世界が垣間見えます。

事実は小説より奇なりです。すごすぎて怖くなりました。

68万回再生された又吉直樹さんの回もたいへん面白いものでした。

紙の本が大好きな理由について語る又吉さんは、今まで耳にしたどんな「本は紙派論」よりも説得力がありました。

論理的というより情緒的。紙に対する愛を余すところなく言語化してくれていると思います。おすすめです。

本当におもしろい動画ばかりで、無料で見られることに感謝しながら拝聴しております。

そんな中で「おっ」と思ったのが、作家・新川帆立さんご本人が登場された回です。

第19回このミステリーがすごい(通称:このミス)の大賞を受賞された作品『元彼の遺言状』について語ってくださっています。

新川さんは東大を卒業後、弁護士を経て小説家になりました。

もともと小説家志望だったものの、安定して食べていける職業ではないので、保険として弁護士になっておこうと思ったそうです(それでなれちゃうのがすごい)。

成功の秘訣を聞かれると「テストが得意なので…」と謙遜して答えられていました。私も言ってみたいです「テスト得意なので」。

新川さんに言わせると『このミス』もテストのようなものであり、テストである以上対策が可能だそうです。

Youtubeでは「え、そんなに教えちゃっていいの?」と思うくらい対策法をつまびらかに説明してくださっています。

そんな緻密な作戦のもと、みごと大賞を受賞した「元彼の遺言状」。ぜひ読んでみたいと思い、購入しました。

あらすじ

何よりもお金が大切な敏腕弁護士・剣持麗子が、「自分を殺した犯人に全財産を相続させる」という奇妙な遺言を残して病死した元彼の訃報を知ったことで、莫大な遺産に目がくらみ、犯人探しならぬ「犯人創り」をするお話。

感想

女性におすすめ

めちゃくちゃおもしろかったです。もちろん男性にもオススメできるのですが、女性の方が楽しみやすい小説だと思いました。主人公に共感できるという意味で。

男性である私が読むと、特に前半は麗子に対して「こいつなんやねん、性格悪っ!」という気持ちが湧きます。

後半になると麗子に可愛げが出てくるので、読後感は良いのですが、それにしても途中まで本気で腹が立ちます(笑)

特に最初のシーン。麗子が1年付き合った彼氏のプロポーズを断ります。その理由が「婚約指輪のランクが低い」から。この程度のダイヤで満足する女と思われていることが心外、というわがままっぷり。

人間の価値をダイヤの大きさで測るんじゃねえ。

婚約指輪が数万円だったのならまだ分かります。40万円相当なんですよ。

電子機器メーカーの研究職である彼氏が、同世代の男性よりも背伸びして、頑張って買ったダイヤの指輪なんです。

それを「百万円以下の婚約指輪でプロポーズはありえない」と一蹴。そればかりか「金が無いなら内臓を売れ」と罵声を浴びせます。彼氏さんの気持ちを考えると居たたまれません。

なぜここまで私が腹を立てているかというと、この彼氏さん、私とそっくりなんです。

電子機器メーカーの研究職というのもそうだし、理屈っぽいところも似ています。コミュニケーションも苦手。

だから「百万以下はありえない」って私に直接言われているように感じるんだと思います。普通の男性が読んだらそこまで嫌悪感ないかもしれません。

そんな私ですら「おもしろい!」と感じたですから、この「元彼からの遺言状」はまちがいなく傑作だと思います。

主人公のキャラが抜群

嫌悪しておきながら言うのは悔しいのですが、この作品の良さは、なんといっても主人公・剣持麗子のキャラクターです。

金の亡者。冷たい女。家族仲が悪い。実兄の嫁を「小ぶり豆大福みたいな女」と表現してしまう。

こんな性悪な主人公なのですが、実はお金が全てではないことにも内心では気付いています。

お金がほしい。でも、お金を稼いでどうしたいかのが分からない。そんなブレブレなところが可愛いです。

豆大福と心の中で呼んでいる兄嫁に対しても、見た目は地味だけど、性格は良い女であると評価したり、好ましく思っています。

道徳的な人にはちゃんと敬意を払ういい子なんです。ちょっと(いやかなり)お金にがめついだけで。

お金が絡むと人間関係で損をしちゃう残念なところが憎めません。こち亀の両津勘吉っぽい愛らしさがあるなと思いました。

スルッと忍び込まれたユーモアもおもしろかったです。

他の元カノが微妙だと、私も微妙な女の仲間入りをしたみたいで落ち着かない気持ちになってくる

私は男性ですが、なんか分かる気がしました。

謎が斬新

本作品のもう一つ推しポイントは「謎が面白い」です。

自分を殺した犯人に全財産を渡す、という設定がすごく斬新でした。

普通のミステリーだったら、犯人が逃げて、探偵が追うという、犯人探しパターンが定番です。が、この作品では犯人が名乗り出てくるんです。

犯人探しではなく、犯人をでっちあげる「犯人創り」。こんなの見たことありません。

謎が斬新だから、展開がぜんぜん読めなくて、ずっとドキドキしながら読み進められるんですよね。

書くとネタバレになっちゃうので伝えられないのがもどかしい。ぜひ読んでみていただきたいです!

細かい伏線もしっかり回収されるので気持ちいいですよ。

勉強になる

あとシンプルに勉強になることが多くて、情報を得る悦びという点でも本作は素晴らしかったです。

マルセル・モース著『贈与論』からポトラッチ(競争的贈与)という文化人類学上の話題を引いてきて、ポトラッチはホワイトデーのお返しのような現代的な課題に繋がる、というお話をされていたのは特に興味深く読みました。

贈り物は相手を支配する道具になる、という話でしたが、逆に言えば、贈り物をもらってお返しをしない私のような人間は、普段から「自分は贈り物を受けるだけの好印象をすでに相手に与えている」と思っているということになります。自分があまりにも不遜なヤツだと分かり凹みました。

勉強になったことは他にもたくさんあって、元カレの資産総額を見積もる方法とか、司法解剖されるのは死亡者全体の◯パーセントしかいないこととか、企業を買収するときに契約書をどうつくるべきかとか、さすが著者が本物の弁護士だけあって、活きた情報を学べました。読むだけで賢くなった気がしています。

新川帆立著「元彼の遺言状」宝島社(2021年)

キーワード

一度読んだ方が本書の内容を思い出す助けになるよう、キーワードを羅列しておきます。もちろん深刻なネタバレのない範囲に留めますので、未読の方が読んでも問題ありません。

主人公は剣持麗子、敏腕女性弁護士、金の亡者、金が物差し、百万円以下の婚約指輪でプロポーズはありえない、内臓を売れ、世の中の価値は金だけではないとも気づいている、だが自分にとっての価値が何かは掴めていない、剣持家は親子仲・兄弟仲が悪い、兄の嫁を「小ぶりな豆大福みたいな女」と表現、基本は金にしか興味のない冷徹な女だが少しは人情もある、そこが憎めない、ミステリーのジャンルは「遺産相続モノ」、登場人物が多い、イケメンに癒やされたくて元彼(森川栄治)にメール、元彼が死んだことを知る、珍妙な遺言状、「僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る」、普通のミステリーは犯人を追うが珍妙な遺言状のおかげで犯人が名乗りでる構図になる、報酬150億円、篠田を犯人に仕立てる決意、「完璧な殺害計画をたてよう。あなたを犯人にしてあげる」、弁護士の描写がリアル、民事以上刑事未満の隙間を狙う、マルセル・モースの『贈与論』、ポトラッチ(競争的贈与)、マッスルマスターゼット、犬のバッカス、親子愛

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