町田その子さん著「夜中に泳ぐチョコレートグラミー」の感想

町田その子さんの純文学小説「夜中に泳ぐチョコレートグラミー」を読みました。

この本との出会い

宿野かほるさんの「ルビンの壺が割れた」を読み終わった私は、頭がクラクラするような衝撃を受けていました。小説のおもしろさに感動していたからです。

すごかったなあ。次はどんな作品に出会えるんだろう。胸が躍ります。

私が入院している病院の一角には本棚があり、過去の患者さんがご厚意で置いてくださった本たちが並んでいます。

私はこれを病院図書館と呼んで重宝しています。「ルビンの壺が割れた」を見つけたのもこの本棚でした。

この限定された本棚の中から、次なる1冊を吟味するのも、読書の楽しみのひとつです。

誰も管理していない本棚なので「模倣犯(下)」はあるのに上巻が無かったりします。

え? ということは、上巻だけ読んだ人がいるだろう、と予想して置いていった患者さんがいたのでしょうか。変なの。

「パパと読むたまごクラブ」が置いてあったりもします。

きっと妊娠中の妻に「入院中に読んでおいてね」と渡されたのだろうと想像しますが、だとしたら置いて帰っちゃダメですね。

野ざらしの本棚というのは、眺めるだけでもけっこう楽しいものだな、なんて思っていると、黄色い背表紙の可愛らしい本が目に飛び込んできました。「夜中に泳ぐチョコレートグラミー」と書いてありました。

表紙を見ると、美しい水色が星空のように広がっており、氷山に閉じ込められた熱帯魚が三匹いました。その絵が妙に可愛く、目を奪われました。

書き出しも非凡です。

大きなみたらし団子にかぶりついたら、差し歯がとれた。しかも、二本。私の前歯は、保険適用外のセラミック差し歯なのだ。

ここから作者がどんな世界観を構築しようとしているのか、想像すると楽しくなります。

たとえば、強敵に立ち向かってみたけれど、少しのダメージも与えられなかったときに「歯が立たない」という慣用句を使うことがあります。

この主人公は、みたらし団子のような柔らかいものでも、歯が立たないどころか歯が欠けてしまう人物です。すごく繊細な人なんじゃないかと想像しました。

また、セラミック差し歯は高いと聞きます。それが抜けてしまうということは、何か大事なものが失われることを暗示している気がします。

二本にも意味がありそうです。たとえば両親がいなくなるとか。そんな不幸が待っているのかもしれません。

さらに1ページ目で主人公は、啓太(ボーイフレンド?)に抜けた差し歯を見せつけて、笑い話にしてしまいます。不幸な出来事を笑い飛ばせる明るさを持っていそうです。

この小説からは元気をもらえそうだ。そんな期待から、読んでみることにしました。

あらすじ

熱帯魚はその一生を水槽の中で終える。田舎に住む人間には、熱帯魚のように一生を田舎で終えることに満足する人もいるが、息苦しさを感じて抜け出したい人もいる。そんな彼らの葛藤や家族愛を描いた純文学小説、を5本を収録した短編集。

感想1『カメルーンの青い魚』

あらすじ:
主人公の幸喜子(さっちゃん)は、素行の悪い児童養護施設の子「りゅうちゃん」の幼なじみであり理解者。恋仲にあった二人だが、同じ場所に留まれない性分のりゅうちゃんは、幸喜子を置いていってしまう。切ない恋のお話。

感想:
結ばれない恋ってあります。どっちが悪いとかではなく、そもそも結ばれる運命になかった恋。お互いに愛情があっても、付き合っていても、結婚していても、うまくいかなくなることがあります。

それは人間の心のなかに、恋愛感情よりも優先される、理不尽な衝動が眠っているからだと思うんです。息ができなくなるくらいの衝動です。

この短編集では、すべての作品を通じて「ここじゃないどこかに行きたい衝動」がブルドーザーのように恋路をぶっ壊します。それによって切ない気持ちになる人が出てきます。

さっちゃんは、りゅうちゃんに恋心を寄せており、両思いになるのですが、りゅうちゃんが身をくらませます。仕方がない感を出して去ります。「おいっ!」と思います。さっちゃんを幸せにせえよ!

でも、りゅうちゃんにも愛情はあるのです。自分は食べないのに、胸のポッケにいつも忍ばせているフルーツガムは、さっちゃんのためです。離れていてもずっとフルーツガムを持っている描写は、さっちゃんのこと愛してるんだなとホロリとします(じゃあ、一緒におってやれよ!)

そんなりゅうちゃんが12年振りにフラッと帰ってきたところで、物語が転じていきます。一緒にいられるのか。まだ愛情はあるのか。さっちゃんの目線で、りゅうちゃんの気持ちを確かめていく。ドキドキしながら読みました。

終盤に「あっ」と驚くトリックもあり、そこで物語の味わいがガラッと変わっておもしろかったです。

感想2.『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』

あらすじ:
内気な小学生・晴子は、とつぜん心の殻を破り、自分をいじめていた少年に殴りかかった。なにが彼女をそうさせたのか。主人公・啓太は、晴子の謎を解いていく中で、晴子に感化され、自身の家族問題にも向き合えるようになる話。

感想:
小学生のとき、友達の家に遊びに初めていったら「僕お父さんいないんだ」と打ち明けられて、驚いたことがあります。

彼はとても明るくて大人びた子だったので、クラスの人気者でした。当時シングルマザーという言葉すら知らなかった私は、そういう家庭もあるんだと衝撃を受けました。

彼は弟妹の面倒も見ていました。そんな環境だったから問答無用で大人になるしかなかったのかもしれません。

誰もが彼のように強くはないし、親がいないことでいじめの標的になることもあるんだろうと思います。

『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』では、晴子ちゃんがいじめられます。いじめの原因は、彼女が祖母に過保護にされているから。けれどもその背景には親がいないという事情が隠れています。

晴子ちゃんが成長した理由が明かされたときは胸が熱くなりました。

晴子ちゃんの祖母は学校のみんなから厄介扱いされていましたが、実はチョコレートグラミーの役割をしていたんだと知り、これまた目頭が熱くなりました。いい話です。

感想3.『波間に浮かぶイエロー』

あらすじ:
恋人が自死して「永遠の愛はない」と絶望する女・沙世が、15年前に「一生愛します」と言ってくれた男性の愛を信じる自分勝手な女・環(たまき)と、一緒に暮らすお話。

感想:
感情の機微を楽しむ純文学なのですが、エンターテイメント小説のようにたくさんの謎が用意されていて、よくできたお話でした。泣けます。

物語の舞台は、沙世が働く軽食屋さんです。店名はブルーリボン。店主が女装しています。そこに「なんでも一つお願いをきいてくれるって言ったよね」と環が転がりこんでできます。

とにかく謎が盛り沢山。

昔働いていたとされる「しーちゃん」とは誰なのか? ブルーリボンの由来は? なんで店主は女装しているの? お願いを一つ聞くとなった理由は? これが全部回収されるのは読んでて気持ちよかったです。

感想4.『溺れるスイミー』

あらすじ:
家をかえりみない父に「共生できないひとには、これでいいのよ」と母が冷え切った言葉を残して別れを告げた。これが呪いとなり、地元に縛り付けられ続ける女性が、どこかに連れて行ってくれそうな青年・宇崎に惹かれていくお話。

感想:
主人公の女性は、地元に居続けることに飽きており、ここで一生を過ごすことに恐怖しています。この気持ちはよく分かります。

ずっと同じ場所で暮らしている人間は、一定の割合で「ここにいちゃだめだ」という感情が湧いてくるものだと思います。この女性は、母の呪いの言葉や、出奔癖のある父の遺伝子のせいで、他の人よりも強めに「ここにいちゃだめだ」が出ているのですが、多かれ少なかれみんな持つ感情だと思いますし、私はとても共感しました。

文章もうまいです。飽きの表現として「地元銘菓のサブレが単調な味しかしない」を採用しているのが適切だなあと思いました。ずっと田舎で暮らしてたら味しないよ、という気持ちがよく伝わってきます。

また、自分への自信のなさを「流れる最中を眺める日々を送るだけの面白みのない女」だと表現しているのもユーモアがあって面白かったです。

感想5.『海になる』

あらすじ:
「今日は誕生日で、天気もいいから、死ぬにはぴったりの日だ」桜子は夫の家庭内暴力に耐えかねて、極めて前向きに自死を決意するのだが、ある男性と奇妙な出会いをして、計画を変更するお話。

感想:
序盤はとても怖い話ですが、救いがあり、最後は清々しい気持ちで読み終わる、不思議な小説です。

何が怖いって、桜子が意気揚々と死のうとするところです。まるでピクニックに向かうような心持ちなのです。夫がめちゃくちゃにした部屋を片付けてくすくすを笑うのです。狂気を感じます。

でも、突き放したくなるような怖さじゃなくて、続きが見たくなる怖さなんですよね。それは冒頭の「死ぬにはぴったりの日」に凝集している気がします。だって読みたくなりませんか? 死ぬにはぴったりの日なんて言われたら。言葉選びの妙ですよね。

桜子を救ってくれるのは、長髪の男性。こいつも掴みどころがなく、とにかく不思議な行動ばかりします。詳しくはぜひ読んでみてください。

さて、この短編集は、それぞれのお話が何かしらの海洋生物にちなんでテーマづけられています。

基本的には水槽の中で飼うようなお魚です。閉じ込められていきる魚と、田舎で閉じ込められていきる人間を対比させます。

それだけでもうまいなあと思うのですが、短編の最後で「海」をテーマにして、いろんなものを一気に回収するのです。なんという構成力かと驚きました。

町田そのこ著「夜中に泳ぐチョコレートグラミー」新潮文庫(2021年)

コメント

タイトルとURLをコピーしました