東野圭吾さん著「私が彼を殺した」の感想

東野圭吾さんの「私が彼を殺した」を読みました。

病院の本棚に眠っていた本でした。カバーは無く、読み癖がついた角は折れ曲がり、全体的に黄色味がかっていました。

きっと多くの患者さんに読まれたのでしょう。醜い表紙からは「絶対に面白いから読んでみて」という自信が感じられ、思わず手にとりました。

あらすじ

小説家・穂高誠は、交際していた浪岡準子の心を踏みにじり、別の女性と結婚しようとしたところ、何者かによって殺害された。

鼻炎薬にみせかけた毒薬を仕込んだのは、同僚か、担当編集か、はたまた婚約者の兄か。

交互に入れ替わる容疑者3人の視点で描かれた物語を読み解く本格ミステリー。

出典:東野圭吾著「私が彼を殺した」講談社(2002年)

※私が読んだのは文庫版でした。巻末の発行日を見て驚きました。「2017年10月31日第70刷発行」と書いてあったからです。70刷!? おそるべし東野人気…。

感想

まず読者である私の立場をはっきりさせておくと、20歳前後で東野圭吾さんを好きになり、著作を15冊ほど読み漁りました。

「手紙」や「秘密」にたいへん感動したことを覚えています。加賀シリーズの新参者や麒麟の翼も読みました。

ですが、ここ数年は別の作家さんに浮気してしまい、東野作品から遠ざかっておりました。

本作で久しぶりに東野さんの文章に触れ、なつかしい気持ちになりました。

タイトルについて

何の前情報もなく読んだので、まずタイトルから「どんな物語であるか」を想像してみました。

「私が彼を殺した」とわざわざ書いているくらいですから、この台詞を放つ人物はきっと一人ではないのでしょう。

何らかの理由で、犯人を名乗りでる人物が複数現れ「えっ?みんな犯人?」という状況になると予想されます。

つい先日、新川帆立さんの「元彼の遺言状」を読んだので、犯人が名乗り出るシナリオが頭に残っていたのかもしれません。

さて、この予想は裏切られるのでしょうか。

主な登場人物について

ミステリー小説を読む時には、登場人物をノートにメモする癖があります。記憶力が悪いので、メモをしておかないと、推理どころではなくなってしまうのです。

・神林貴弘 ・・・ 幼いころに両親を交通事故で亡くし、親戚の家に引き取られる。量子力学の研究をしている。美和子の兄。

・神林美和子 ・・・ 兄・貴弘とは別の親戚に引き取られて育つ。詩の才能がある。純粋そうだが何を考えているのか分からない。

・穂高誠 ・・・ 人間のクズ。映画監督に憧れる小説家。鼻炎持ち。

・駿河直之 ・・・ 穂高の仕事仲間。穂高に嫌な仕事を押し付けられる汚れ役。

・雪笹香織 ・・・ 穂高の担当編集者。美和子の担当でもある。1人称が「あたし」。

・浪岡準子 ・・・ 動物病院の助手。穂高と交際していた。

穂高は女関係にだらしがなく、性格も最悪で、ほんとうに嫌いになりました。殺されて清々したくらいです。もし私が毒薬を持っていたら殺害していた可能性があります。犯人に感情移入してしまいました。

主な登場人物は全員穂高の被害者といってよく、殺す動機があります(美和子は動機ないですが、ミステリアスなキャラなのでひょっとすると殺したかもと思わされます)。

すべての人物に殺すチャンスがあったり、なかったり、また復活したりと複雑で、推理しがいがありました。

死亡フラグ

「よろしく、式や披露宴の最中に新郎が洟(はな)を垂らしたり、くしゃみが止まらなくなったりしたら、格好がつかないからな」(p.130)

穂高が言った台詞です。あからさまな死亡フラグだなと思いました。東野さんがこんなに見え透いたフラグを立てるなんてと驚いたくらいです。ドラマで映像化したら良いシーンになりそうですので、そういった狙いもあったのでしょうか。

ちなみに、このフラグはすぐに回収され、穂高は毒殺されます。毒薬はピルケースに入っていました。ピルケースという単語が執拗なほど登場していたので、きっと重要アイテムなのだろうと思いながら読んでいました。

詩を手書きする

彼女は仕事でワープロやパソコンを使うが、詩を作る時は必ず手書きするのだった。(p.11)

美和子が詩を書く描写です。絵を描くように万年筆で原稿用紙に言葉をはきだしていく様子が目に浮かびます。美和子が詩を大事にしているのが伝わってきました。

私も言ってみたいものです。「エッセイを書く時は必ず手書きするのだった」こだわりがありそうで格好いいですね。

こういう風に人が物を書いているシーンを読むと、どうにも心が踊ります。猛烈に文章を書きたくなります。

同じように小説に読書家な男の子が出てきたりすると、無性に本を読みたくなります。どうしてなのでしょう。

参考にしたい人物描写

初登場の刑事が雪笹に話しかけるシーンです。短い文章なのに映像的に人物が描写されていて、参考にしたいなと思ったのが以下の文章でした。

「雪笹さん……ですね」髪を五分刈りにした、おそらく五十歳前後と思われる男は訊いた。背は高くないが、壁のように横幅のある体格をしている。それに合わせたように顔も大きく、ぎょろりとした目はわずかに斜視気味だった。(p.159)

おそろしいことに、この刑事さんは一瞬しか登場しない脇役です。

もし私が文章を書く立場だったらどうだろうと考えてみると「中年の男は訊いた」にしてしまうと思うのです。そこを東野さんは丁寧に描写しておられます。

東野さんの文章は軽やかで頭に入ってきやすい。なんでだろうと考えてみると、それは文章が短く切れてリズムがいいのはもちろんのこと、ずばり「行間が少ない」ことが隠れたポイントなのではないでしょうか。

人物描写や情景描写、心理描写がとても具体的で丁寧。そうすると行間を読んで想像する手間が少なくなる。それがすごく楽で心地よいのです。

私だけが気づいた秘密のように書いてしまいましたが、もしかすると常識だったでしょうか?

クスッときた文章

上で出てきた五分刈りの男の発言に対して、雪笹が心の声でツッコんでいる文章が、ユーモラスで笑えました。

「ふむ。あなたにかぎらず、見ていないという人が多いですな。結婚式で新郎が入場してくるのをじろじろ見るのは失礼だということで」
いつ、どこででも、人のことをじろじろ見るのは失礼だということをこの警部に教えてやりたかったが、面倒なので黙っていた。(p.161)

小説の中に忍ばされたユーモアを見つけるのが好きで、読みながらついつい探してしまいます。

本作では、この雪笹の心の声が一番好きでした。全体的にはユーモア少なめだったと思います。シリアスな雰囲気を壊さないように、あえて少なくしたのでしょう。

その分、巻末の推理の手引きには、シリアスさから開放された東野さんのユーモアが、秘伝のタレのようにギュッと凝縮されていました。(あまりにもネタバレになるので、その部分は引用できませんが)

加賀の安心感

お恥ずかしながら、本作が「加賀シリーズ」であることを知らずに読んでいました。

加賀シリーズというのは、人間観察眼に優れたの所轄刑事・加賀恭一郎が登場するミステリーシリーズのことです。加賀の推理を聞くのがとにかく爽快なのです。

本作では物語の途中で唐突に加賀が登場します。まさか出てくると思っていなかったので、意表を突かれ「加賀だ!」と叫んでしまいました。

加賀が登場したときの安心感といったらありません。絶対におもしろい結末になることが確約されたように感じました。

加賀、大好きです。

衝撃のラスト

これはしてもいいネタバレだと思うので書きますが、犯人は明かされません。

犯人を特定できるだけの材料と、巻末の推理の手引きが与えられるばかりで、犯人の特定は読者に委ねられます。

東野さんからミステリー読者への挑戦状です。

最後の一行を読んだときの私の体の反応は、両手首のあたりにプツプツッと鳥肌が立ち、腕を駆け上がるようにゾワゾワッと寒気が襲ってくるというものでした。

言いようもない興奮。その後「そんなのありかよ」というモヤモヤが残りました。どうしても犯人が分からなかったからです。B4ノートを3ページ埋めて推理したのに、です。

ミステリー好きなら、東野さんから突きつけられた挑戦状を「望むところだ!」と受け取り2度3度読み返すのかもしれませんが、私は読書体力が持ちませんでした。悔しかったですが、すぐにググりました。

グーグルの検索ボックスに「私が彼を殺した 犯人」と入力しました。すると、検索結果の一番上に、こころの健康相談ダイヤルがデカデカと表示されました。

グーグルのAIに私が人を殺したと認識されたようです(笑)

まとめ

描写が丁寧でたいへん読みやすい小説でした。

前半も十分におもしろく、さらに加賀が登場して以降の後半になると、続きが気になってページをめくる手が止まりませんでした。

ラストだけは私の好みでは無かったのが残念ですが、ミステリー好きな方にとってはむしろ嬉しいラストかと思います。

本格ミステリーに挑戦したい方におすすめです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました