小原晩さん著「これが生活なのかしらん」の感想

個人的に本のランキングをつくっています。

じぶんが読んできた本に限った、きわめて偏見だらけのランキングです。

だれかに発表するつもりもなく、ひとりで順位を考えてはニマニマしています。

「なんの目的があってそんなことを?」と思われるかもしれません。

たとえば、野球好きのおじさんも「オレの最強の打順はこれだ」と考えたりします。

私なら大谷翔平に四番を打たせますが、あくまで私的な打順ですので、四番は松井が打っても、掛布が打ってもいいのです。

最強の打順だ、なんて言っておきながら、思い出補正がたっぷり入った、偏ったチームが出来上がることでしょう。

いいじゃないですか。

そのチームがペナントレースに出たらどうなるか、なんて妄想し出したらもう止まりません。

考えること自体が楽しくてたまらないからです。

本も同じです。

エッセイは1番ショート。ミステリーは2番セカンド。ファンタジーは3番レフト。

本にも打順があります。各打順のベストブックを決めていくと「自分の価値観」というチームができあがります。時間をかけて作っていきます。

このチームで人生というペナントレースを渡っていくわけですね。ま、私のチームはとっても弱いのですけれども。

さて、今回はわたしのチームに新しく仲間入りしてくれた、珠玉のエッセイについて書きたいと思います。

小原晩(おばらばん)さんの「これが生活なのかしらん」です。

概要

1996年に生まれの、ユーモアの女神に愛された女性がつづるエッセイ。むかしの恋と、いまの恋と、仕事と、家族と、友達のおもいでが、いっぱいに詰まっている。甘すぎず、苦すぎない。腹いっぱいわらえて、心があたたかくなる、38編の短いお話たち。

こんな文章が書けるようになりたかった。

小原晩著「これが生活なのかしらん」大和書房(2023年).

感想

妖精がいた

『妖精がいた』は、ある友人に助けられたエピソードです。

妖精は、深夜のセブンイレブンで働いている。(p.23)

この書き出しで、血がにじむくらい心を鷲掴みにされました。

これからなにが起きるのか、続きが気になって仕方ありません。「妖精」と「深夜バイト」の相容れなさが、たまらなく想像をかきたてるのです。

「店が暇だ」と愚痴っては、毎晩のように連絡をよこして、セブンイレブンの新作情報や、常連客につけているあだ名を教えてくれる。私はユニットバスの古い浴槽に三角すわりで浸かりながら、妖精のメールにふきだす時間が好きだった。(p.23)

妖精の正体は、仲のよい友人であることが明かされます。おもしろ可笑しいメールで笑わせてくれる、かけがえのない友人なのでしょう。

そんな友人をあえて「妖精」と形容したところに、このエッセイの秀逸さがあります。

まず名前と行動のギャップがたまりません。

ふつう妖精は「店が暇だ」と愚痴りませんし、セブンイレブンの新作情報も寄越してきません。常連客にあだ名をつけたりもしません。妖精が絶対にしないであろう行動が列挙されていると、クスッときます。

そしてもう一つ。はかなさの暗示です。

妖精は、ピーターパンのように、大人になると見えなくなる存在です。どうしようもなく困ってしまった子どもの前にあらわれて、不思議な魔法でピンチを救ってくれますが、役目を終えたらフッといなくなってしまう、はかないヒーローが妖精なのです。

著者は、仕事のトラブルが原因で、メンタルが不安定になります。部屋はあれ放題。そんな状況を知った「妖精」は、著者を助けてくれようとするのですが…。

泣き出してしまいたくなる結末が待っています。

しかし、物語における妖精は「成長」をうながす存在でもあります。妖精が消えてしまうのは、子どもが助けを必要としないくらい成長するからです。

おそらく著者も、十分に成長させてくれたことを感じ、感謝をしたから、友人を妖精と呼んだのではないでしょうか。

金の微糖

『金の微糖』は先生に恋をした高校時代の小原さんのエピソードです。

その男は体育教諭のような風体をした英語教諭だった。顔面はさながらいなり寿司のように地味だが、つやのあるかわいい男であった。(p.73)

恋心を抱いた相手を「いなり寿司」で例えるセンスがたまらなく好きです。こんなのだれだって笑います。なにを食べたら小原さんのような比喩表現ができるようになるのでしょう。

さて本作は、小原さんの恋が一人称視点ではなく三人称視点で描かれます。あえて三人称で書くことで、主観的になりすぎず、甘酸っぱい恋心が表現されます。

金の微糖はすっかり熱を失って、こんなものはもう渡せない。小原はもうひとつ、金の微糖を買った。(p.75)

とあるお礼をするために、先生がいつも飲んでいるコーヒーを渡そうと思って買ったのですが、先生を待たせてはいけないという思いから、待ち合わせよりも早く着きすぎてしまい、コーヒーが冷めるシーンです。

きゅんとします。なんていじらしいのでしょう。熱々で渡したかったのですね。先生を想う気持ちの深さが伝わってきます。コーヒーの温度で、好きな人を待つ時間が感じられるのが素敵ですね。

恋の結末は伏せますが、小原さんは、冷めてしまった方の金の微糖を自分でのみます。それは初めて金の微糖の味を知る瞬間でした。このときの味の感想を読んだとき、すごすぎて鳥肌がたちました。

「小原さん、あなた天才だ!」と思いました。

ほんとうはやさしい子

『ほんとうはやさしい子』はグレてしまった兄のエピソードです。兄のグレ方を見た小原さんの心の声が独特すぎて、吹き出してしまいました。

眉毛はシャープペンシルで書いたのかと思うほど細くて薄かった。(p.60)

たしかにシャープペンシルの線は細くて薄い!この例え好きです。挙げだすと切りがないくらい、いいところを突いた比喩表現がちりばめられていて、お腹が痛くなったくらいです。

お兄さんとのエピソードは『兄のサービス』にも書かれています。カラオケに連れて行かれて、兄の奇行に目を丸くするも、自分との共通点を見つけて嬉しくなるお話。これもたいへん笑えるものでした。

まとめ

生まれ変わったらこの人の原稿用紙になりたいくらい、だいすきな文章を書くエッセイストに出会いました。こんなに笑えて、きゅんとして、せつなくて、あったかいエッセイが他にあるでしょうか。

これから何度も読み返すことになるのだろうな、と予感しています。おすすめです。

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