裸を見せる作戦

裸を見せる作戦を練った。

相手は二十代前半の女性。面識はあるが、軽く挨拶した程度。そのような相手に裸を見せるのだ。先輩たちは抵抗なく出来るようだが、私には作戦が必要だった。

街の大病院で手術を受けたのは、一週間前のことだった。ひざの前十字靭帯を再建する手術だ。手術は無事成功し、車椅子で院内を動けるようになった。

「ひざの傷口にバイキンが入るから」といって医者は入浴を禁止した。代わりに蒸しタオルを渡された。こんなもので、と思いながら身体を拭く。やはり清潔になった感じがしない。

お風呂に入りたい。心も身体もむずむずし出したころ、「今日から入浴していい」と許可が出た。嬉しかった。だが次の一言で身が凍った。

「車椅子だから看護師さんに付いてもらってね」

一人で入浴すると思っていた。きゃあっ。裸を見られるだなんて。聞いてないわ。

急に羞恥心がこみ上げる。もう三十路を過ぎたおじさんなのに、異性に局部を見られるのが恥ずかしいとは、自分でも不思議だった。

せめておばちゃんの看護師であってほしい。母親ほどの年齢の女性になら、裸を見られても、恥ずかしいが、諦めがつく。

「おばちゃ…」願い出ようかと思ったら、先手を打たれた。

「私が担当させていただきます」

今年の4月に配属されたばかりの、新人の女性看護師だった。

若い女性だ。干支が一回りも違う。どうしてこんなことに。彼女は「採血もしたことないんです」と言った。入浴介助の経験もないだろう。私が彼女の初めてになるということ?えっ?だめだめ。恥ずかしすぎる。

私は混乱した。

羞恥心がポイントカードならとっくに溜まっていた。このままではよくない。作戦が必要だ。恥ずかしさを軽減するためにはどうすればいいだろう。冷静ではない頭で策を練った。

行き着いたのは「ヌードデッサン」だった。

芸術の世界では、異性に裸を見られても平気だと聞く。局部を隠したりするから恥ずかしいのであって、むしろ見てください、くらい堂々とすれば恥ずかしくないのだろう、と私は考えた。

「着替えが終わったらボタンで呼んでください」と彼女は言って脱衣所を出た。

私はドキドキしながらパンツを脱ぎ捨てる。いよいよだ。自分はヌードモデルである、という設定を頭に描こうと努力した。そこでハタと疑問が湧いた。

どんなポーズで待てばいいんだろう。

モデルである以上、ポーズが必要なはずだ、と思った。今考えると、明らかにどうかしているのだが、そのときの私は、恥ずかしくないポーズってなんだと、本気で頭を絞った。

正面を向いて仁王立ちはどうだろう? 堂々としていて良いんじゃないか?いや、しかし、あまりに露骨過ぎないか。さすがに恥ずかしすぎるぞ。

では、背面を向いて臀部を見せるのはどうだろう? いや、しかし、局部を完全に隠してしまうのは堂々さに欠ける。かえって性が掻き立てられてしまい、恥ずかしい思いをするのではないか?じゃあ、タオルで隠すのも無しだ。

どうする。どうする。

そうか、間をとればいいのだ。私は半身で出迎えることにした。彼女からみて、右半身だけが見えるように立った。これなら局部も半分だけ見えるから良いだろう、と思った(何かいいのかまったく分からない)

半身のままボタンを押した。

手術をした左足は曲がらないし、地面につけてはダメだった。片足立ちで、左足を振り上げた私は、「カーモン、ベイビー、アメリカ」で一世を風靡した某アーティストのようだった。

1分ほどして彼女が現れた。

彼女は息を飲んだ。それもそうだ。扉をあけたら、まさか裸のおじさんがISSAのモノマネをしているとは思わなかっただろう。さぞ恐ろしかったに違いない。

一気に頭が冷えた。自分がおかしな真似をしている、と自覚した。

彼女は「失礼します」と言った。失礼しているのは私の方だ。

それからは地獄の時間だった。私たちは一言も発さなかった。冗談でも言って空気を和ませたかったが、こんなとき何と言えばいいか分からない。

「どうです?顔に似合わず毛深いものでしょう?」という雑談が浮かんだが、口に出してはいけないことくらい私にも分かった。

ふと彼女の方を見た。「あっ」と思った。

彼女は俯いていた。一生懸命に私の局部を見ないようにして、ノールックで車椅子を押してくれていた。そこでようやく気付いた。彼女は見たくなかったのだ。

なぜ見られる前提で考えていたのだろう。私は無意識のうちに「彼女は自分のイチモツをぜひ見たいのだろう」と思っていた。どこからその自信が湧いていたのか。顔が紅潮した。

冷静に考えてみれば当然の事だった。年頃の女性はおじさんの局部など見たくないのだ。汚物なのだ。急に申し訳ない気持ちになった。

もし彼女の明日の朝食が、目玉焼きとウインナーだったらどうしよう、などと変な心配までしてしまった。

なにが裸のISSAだ。

カモンベイビーとか言っていた過去の自分を殴りたい。彼女に非礼を詫びよう。

いや、待て。あらためて入浴介助を蒸し返すと、かえって局部のイメージを深めてしまうのではないか。謝ることも許されないのか。

素直に隠せばよかった。

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