辻村深月さん著「ツナグ」の感想

辻村深月さんの「ツナグ」を読みました。

もし「死んだ人間に会わせてあげる」と言われたら、誰に会いたいと思うでしょうか。私なら、天国の祖父に会って「じいちゃんはどんな気持ちで私を育ててくれたの?」と訊いてみたいかな、と思います。お礼も言いたいです。

でも「会えるのは一生に一人だけだよ」と言われたら戸惑います。ごめんじいちゃん、やっぱさっきのなし。きっと保留するでしょう。この先、祖父以上に大切な故人が現れるはずですから。もし妻に先立たれたら、間違いなく妻との再会を願います。

本作は、死者と一晩だけ会う権利を行使する人々の話です。

「今ここで権利を使う」と決断するということは、そうしなければ体が爆発してしまいそうなくらい重大な悩みを持っているということです。

彼らの悩みは何なのか。

死者に会ってどうしてほしいのか。

会えば悩みは本当に解決するのか。

わくわくしながら読みました。

あらすじ

死者への後悔を背負いながら生きる人々が、一生に一度だけ死者との再会を叶えてくれる使者(ツナグ)と出会い、悩みを解決しようとするお話。連続した五つの短編小説。

辻村深月著「ツナグ」新潮文庫(2010年)

※私は肩書に弱い人間です。帯の「シリーズ累計120万部突破!!」「直木賞&本屋大賞作家・辻村深月の代表作」に釣られて手に取りました。「死者との再会かあ、ありがちだなあ」なんて失礼をこきながら読み始めたのですが、すぐに額を地面に擦り付けたくなりました。(死者も生者も)会えるのは一生に一度だけという設定が、絶妙な謎を創りだしています。傑作でした。

感想

アイドルの心得

『アイドルの心得』は、自分は価値のない人間だと思っているOL・平野愛美が、使者の力を利用して、三ヶ月前に急逝したタレント・水城サヲリとの面会を求めるお話です。

サヲリを心の支えにしていた平野。平野にとってサヲリはアイドルでした。しかし、サヲリから見れば、平野は大勢いるファンの一人に過ぎません。「死者が会える相手も一人だけ」という厳しい使者のルールでは、面会は絶望的に思えます。

ところが、会えます。「どうしてサヲリが私などに会ってくれるのか?」が本作の中心的な謎になっています。

平野は被害妄想が強く、加害妄想も強い、いわゆる生きづらいタイプの人間です。会社にも家庭にも居場所がなく、心が風邪を引いてしまうくらいです。私もどちらかというと平野タイプなので、すっかり感情移入してしまいました。

なんでもない言葉の裏が気になったり、仲間はずれにされた気持ちになることってあります。そんなとき「悪いことしたかなあ?謝らなくちゃ」と思う人間がいます。それが私であり、平野です。「ありがとう」の代わりに「ごめんなさい」を言ってしまいます。

そういうネガティブ系ダメ人間は、陽な人のことを意外にも疎ましく思っていなかったりします。明るすぎる人には憧れます。元気をもらいます。心の支えにすることだってあるでしょう。私は中学校の同級生の顔が浮かびます。平野にとってはそれがサヲリだったのです。

そんな相手に自分の存在を認識してもらえることほど嬉しいことはありません。励まされたなんて日には、一生忘れない思い出になること確定です。ですから、以下の文章を読んで、涙が出そうになりました。

「平ちゃんってさあ、謝るのって癖?」
サヲリがうんざりしたように顔をしかめた。
「そうするのが楽なのかもしんないけど、あんまよくないよ。謝っても解決しないこと世の中にはたくさんあるし、甘ったれんな。だいたい、周りの人間暗くする、そういうの」(p.77)

今日も元気に生きていこうと思える短編でした。

長男の心得

『長男の心得』は、憎まれ口が染み付いた頑固おじさん・畠田靖彦が、亡き母のツルに会おうとするお話です。

靖彦は基本的に「自分が正しい」と思っている嫌なやつです。母が亡くなる直前に「ある隠し事」をします。しかしそれが原因で、息子の太一や姪の美奈に、なぜ教えてくれなかったのか、となじられることになり、自信を失います。はたして自分の判断は正しかったのだろうか。その答えを亡き母に求めます。

「父さん、態度を少し改めた方がいいよ」(p.115)

軟弱だと思っていた息子・太一に諭されるシーンです。太一の心情を思うと震えます。どれだけ勇気のある一言だったでしょうか。

実は私もある人に物申したいことがあるのですが、ずっと言い出せなくてモヤモヤしています。きっと言わずに墓場に持っていくのだろうと思います。太一もきっと私と同じ種類の人間です。空気を読もうとして、言葉を飲み込むことが多いはず。

その太一がビシっと言ったのです。ああ、すごいな、と思いました。

親友の心得

『親友の心得』は、自分が一番じゃないと気がすまない女子高生・嵐美砂が、親友の御園奈津を事故死に追い込むお話です。

他の短編では、故人に愛情をもって会いに行こうとするのですが、この作品では別の目的を持って再会を望みます。そんな発想があったか、と作者の想像力に驚きました。

基本的にはミステリー小説のような仕上がりになっていて「嵐が御園を殺した動機は何か?」という謎が少しずつ明かされていきます。が、最後に大きなどんでん返しが待っており、読むと「うわああああ!」と叫びたくなります。

p.218のひと言で全てがひっくり返ります。一番心にダメージがくる短編でした。

待ち人の心得

『待ち人の心得』は、7年前に失踪した婚約者・日向キラリのことが忘れられず、仕事に没頭して思考を停止している会社員・土谷のお話です。

キラリが転倒したのを偶然土谷が助けたのが運命の出会いでした。

『あの、あんな、いきなり目の前で血まみれになった女から言われても説得力ないかもしれないですけど、私、怪しい者ではないです』(p.248)

キラリは純情な子でした。土谷が恋心を認識する描写は、甘酸っぱくてたまりません。読んでいる私もキラリを好きになったほどです。

ラノベのような展開。しかし、それは冷静になると嘘くさいものでした。婚約直後に失踪したキラリ。どこへ行ってしまったのか。結婚詐欺だったのか。二人の間に真実の愛はあったのか。

結末には胸が締め付けられました。『親友の心得」とは別の切り口で心をえぐられる短編です。こんな短編を二連続で書くなんて辻村さんはどうかしています。どれだけ人の心を揺さぶれば気が済むのでしょうか。

使者の心得

『使者の心得』は、使者として活躍する少年のお話です。これまでの短編を少年の目線から描きます。

少年の名前は、渋谷歩美。両親を事故で失っています。本作では、あらゆる伏線が一気に回収され、頭の中でパズルが組み合わされます。「えっ、あれもパズルのピースだったの!?」という驚きがあります。何個伏線があったのでしょう。10や20では効かない気がします。

死者を呼び出す「使者」の目線が新鮮でした。生者のひとりよがりで死者を消費することは、倫理に反しないのだろうか、と悩む場面です。

私は「おじいちゃんに会って話してみたいな」なんて軽く考えていましたが、おじいちゃんからすれば、私と話すことは必ずしも楽しいことではないかもしれません。根堀葉掘り質問されて辟易するかもしれません。

優しくて良いじいちゃんだったな、という印象が崩れる可能性もあります。ひょっとすると、おじいちゃんには隠したい秘密があったのかも。ここまでいくと考えすぎでしょうが、少なくとも「生者の都合で呼び出された死者の気持ち」まで想像していなかったことは自分の反省点です。

さて、今でも自分の行いを振り返るとき「じいちゃんならなんて言うかな」と考えることがあります。これはある意味で使者的な行為です。心の中にいるじいちゃんを呼び出して対話をするのです。極めて日常的な行為です。

「使者」というファンタジーな道具を使って、直木賞作家の手で「死者と生者の関係」を研究した作品でしたが、終着駅は「ご先祖様に見られている」という普遍的なものになったように思います。

ご先祖様が見ている、と私達が都合よく呼び出し、生者のために死者を利用しているとも言えます。でもそれでいいのではないでしょうか。生者もまた他人の死を背負う義務を負っています。生きていかねばならないのです。ちょっとくらい利用したっていいよな、と思えました。

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