神の一手

神の一手を見た、と思った。

子どものころ、囲碁をテーマにした漫画が流行った。平安時代の最強棋士・藤原佐為が、霊魂となって少年に取り憑き、神の一手を極める物語だ。

跳躍力の高そうな少年誌で連載されたその漫画は、努力友情勝利の方程式にピタリとはまり、囲碁を知らない私の胸すらもワクワクさせてくれた。夢中になって読んだ。

囲碁は地味だ。動きがない。優れた手を打つと、碁石からエネルギー弾が発射され、対戦相手が吹っ飛んでいく、などといった演出もない。ダメージが入らないので、どっちが勝っているかもよく分からない。

なのになぜ、夢中になれたのだろう、と考えてみると、それは原作者の言葉選びが秀逸だったからだろう、と思う。忘れられないセリフがある。

単行本の第14巻でのシーン。佐為は、インターネットの対局サービスを利用して、現役最強の棋士・塔矢名人と対戦していた。

塔矢名人は手強く、佐為は劣勢に立たされる。神の一手に最も近い二人の熱戦は噂を呼び、プロ棋士たちがパソコンの画面に見入っていた。

大ヨセと呼ばれる終盤の局面。佐為が奇妙な一手を放つ。

押し黙る一同。「……いい手だ」あるプロ棋士が呟く。どうやらいい手らしいが、佐為の狙いに皆の理解がなかなか追いつかない。

「この白は取れないな」

「中につきそうな黒地が消えた」

プロの碁打ちが検討していく。これが神の一手であることが、徐々に分かり始める。眼鏡の棋士が冷や汗をかいて、こう言った。

「打たれてみると ここしかないという絶対の一手にみえる」

このセリフを読んだときの感動が忘れられない。神の一手を褒める表現として、これほど適切なものがあるだろうか。

柔らかく言えば「思いつかなかった」なのだけれど、研鑽を積んだ年月の重みを感じさせる、深い言葉だなと思う。

佐為が千年かけて追い求めた神の一手とは、瞬時にその価値が分かるほど単純なものではなく、打たれた後、じわじわと、だが確実に「これが絶対の一手だった」と確信させるものなのだった。

そんな神の一手を、まさか現実で目にするとは思いもしなかった。

数日前のこと。四人部屋のベッドに寝転びながら、私は聞き耳を立てていた。同室の老人が、何度も遠回しに、退院を勧められていたからだ。

「失礼ながら…もう腰は良くなっているように見えますから…」看護師さんは言いづらそうに切り出した。

手術をしてから二週間が経つ。老人の腰は、ほとんど完治していた。それでもなお、入院を続けていた。

血圧と脈拍が高くて苦しいのだ、というのが老人の言い分だった。老人は心臓が弱く、日常に戻る自信がないらしい。

その老人は、私が「プレゼント攻撃」を仕掛けた相手だった。生活音がうるさくて憎んでいた老人だ。プレゼント攻撃をして以来、話す機会が増えていた。

数年前に心臓を手術をしたらしい。「血圧が高いのはいかん。あれは万病の元だ」と人生訓を教えてくれたこともあった。

話してみると、根は悪い人ではないのだ、と分かる。心臓が苦しい境遇に同情するようになった。

だが残念ながら、ここは整形外科だ。循環器内科ではない。腰が治った老人を置いておけるほど、ベッドに余裕が無いらしい。「ここは緊急病院だから長居させてくれないのよ」と別の患者がこぼしているのを聞いたことがある。

看護師さんは粘り強く語りかける。

「言いづらいのですが…ご入院のストレスで血圧があがる部分もあると思うのです…」

柔らかい言い方だけれども、頑として引き下がらない強さがあった。

老人は劣勢だった。議論は大ヨセ。もはや退院するしかないように思われた。しかし老人は土俵際で粘りを見せた。

「すまんが、窓側の席にしてくれんか。ここは陽が入らんでいかん。気が滅入る。窓が無いのがストレスじゃ。部屋を変えてくれと前にも言うたんじゃが…。ハァ、ハァ」

驚いた。老人は退院を渋るだけにあきたらず、入院を継続したまま、座席を無料グレードアップする申請をしてきたのだ。

なんという厚かましい一手、に見えたのも束の間、いや、意外に、いい手だ…、と私は唸った。言われてみると、それしかない絶対の一手に思える。

いやいや、日光が当たらないのがストレスなんだったら退院すればいいじゃん、という至極まっとうな反論をしたくなるところだが、胸を押さえてハアハア言っている老人を前にして、強く出るのは難しい。心理的に退院させないバリアを張っている。

それだけではない。看護師さんの放った「ストレスによる血圧上昇説」は好手であったはずだが、老人はその説を逆手にとって、日当たり良好な部屋に移動するための根拠にしてしまったのだ。

絶妙だ。まさに神の一手と言えよう。

神の一手をくらった看護師さんは、それ以上の追求を諦めざるを得なかった。

翌日、看護師さんが再び老人を訪ねた。「窓際のお席が空きましたよ。用意しときますね」と看護師さんは言った。老人は形勢逆転に成功したのだった。

私は老人の知略に舌を巻きながら、心の中でひそかにガッツポーズをした。よくやった。これで老人の騒音から開放される。これは私にとっても神の一手だ。老人に賞賛を送った。

まさか裏切られるだなんて、思ってもみなかった。

「どこの部屋じゃろう?」老人は訊いた。
「◯号室です。あっちの」看護師さんが指を差す。
「あっちかあ。こっち側がええんじゃ。こっちの景色のええ方の窓側じゃないといかん」
「ええと、こっち側は空いてないですね…」
「じゃあええわ、大丈夫」

なんと老人は厚意の窓側を拒否したのだ。老人の中では、一等景色のよい窓側でないと納得がいかなかったようだ。退院をしりぞけて窓際をまで手に入れる神の一手だとばかり思っていたが、老人は、まだ真の神の一手を極めていなかったのだ。志の高さに恐れ入った。

いや、しかし、普通に考えて、親切に用意してもらった窓側を断るだろうか。この老人、物理的な心臓が弱っているのに、精神的な心臓が強すぎないだろうか。

看護師さんは昨日、モヤモヤしながら窓側の席を用意してくれたに違いない。まさか断られるとは思わなかっただろう。

他人事ながら、親切な看護師さんが不憫でならなかった。看護師さんの去る足跡には哀愁が混ざっているように感じられた。しかし、すぐに他人事には思えなくなった。老人がこんなひとりごとを言ったからだ。

「窓側がええのう」

ドキッとした。私の席は、まさに老人が望む、景色のよい窓側なのだ。まさか、まさか…。

今までのやりとりがすべて、私に向けられていたように思えてきた。

聞き耳を立てている私の存在に、老人ははじめから気づいていたのだ。

その上で、看護師さんとのやりとりを、あえて私に聞かせたのだ。「別部屋の窓側は空いている。あとはお前が譲るだけだ」と私にプレッシャーをかけていたのだ。

そう考えると老人の騒音にも合点がいく。ありえない音量の咀嚼とあくび。あれは、私を別部屋に移動させるための布石だったに違いない。

すべては老人の手のひらの上。入院初日の咀嚼音から、神の一手は始まっていたのだ。

参考:原作ほったゆみ、漫画小畑健「ヒカルの碁」第14巻、第115局.

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