佐藤正午さん著「月の満ち欠け」の感想

佐藤正午さんの「月の満ち欠け」を読みました。

この本を手にしたとき、恐怖を感じました。

その恐怖をたとえるなら、クラスのなかでも目立たない部類の中学生男子が、先生に「おまえ英語の点数がいいだろう。県の英語弁論大会にひとり選ばなきゃならんのだが、おまえでいいか?」と指名され、そう言われると断るのも難しく、渋々ながら「はい、じゃあやります」と言ったが最後、全校集会で体育館のステージに立たされ、15分のスピーチを英語でするなんて聞いてないよ、という恥ずかしめを受けるような恐怖でした。

それくらい表紙が恐ろしかったのです。岩波文庫的な格式高さ。緊張感があります。そもそも佐藤正午さんの小説を読むのが初めてで、「この作者さんと私、感性合うかしら?」という不安があるのに、重厚な表紙まで突きつけられると、「はたして私に読みきれるだろうか」という不安で胸が弾けそうになります。

読んでみるとあら不思議。とても面白かったです。

あらすじ

レンタルショップの店員に優しくされたことをきっかけに、真実の愛に目覚めた女性・瑠璃(るり)が、無念の死を遂げてしまうも、愛のパワーで輪廻転生をくり返し、愛しの彼に再会しようとするお話。

※直木賞受賞作です。

感想

奇跡を受け入れるさじ加減が絶妙

本作は輪廻転生がテーマです。輪廻転生と聞くと、少しずれるかもしれませんが、東野圭吾さんの「秘密」が思い浮かびます(大好きな小説なので)。

「秘密」は、事故で亡くなった妻が、娘の身体に乗り移る、という設定でした。妻しか知らないはずの情報を提供された夫は、娘に妻の魂が宿ったことをすんなり受け入れ、奇妙な夫婦生活をはじめます。

幸せな夫婦関係が続く、かと思いきや、娘の身体の成長に引きづられるようにして、妻の心が若返り、夫から気持ちが離れていってしまいます。妻の夫を大切に思う気持ち、でも新しい人生を求めたい気持ち、夫の妻を離したくない気持ち、が交錯して複雑な心境になりました。

さて、「月の満ち欠け」は、すんなり共同生活を始めた「秘密」の一歩手前、愛しの彼に再会するまで探し求めるところに焦点を当てたお話です。

ですので、共同生活後の複雑さは抜きにしておいて、とにかく「生まれ変わってでも会いたい。大好き!」という猛烈な純愛さを感じる物語になっていました。あまりにもピュアに愛を求める少女に、いち読者として大変共感し、応援したくなりました。結末には大きく心を動かされました。

思いついた言葉を口にしようとしたとき、折り畳んだハンカチが差し出されたので、黙って受け取り、頬を濡らした涙を拭いた(p.397)

すごく感動しました。私にもハンカチくれよ、と思ったくらいです。

そういうわけで、輪廻転生する女性側の心理はシンプルに「好き」で感情移入しやすいです。だからといって心理描写が浅くなるということはなく、本作は、受け入れる側の動揺を丁寧に描いているところに深みがあります。

ふつう、小学生の女の子に「前世であなたの妻でした」と突きつけられたら、中年男性は「そうなんですね、じゃあ一緒に暮らしましょう」と言うでしょうか。言わないですよね。疑いますよね。この子は妄想癖があるんじゃないかと。

「あなたコーヒーはブラックだったわよね」と趣味を当てられても、本当に妻なのか、とはなりませんよね。荒唐無稽な輪廻転生を受け入れるには、証拠の積み重ねがいるのです。そして、証拠が積み重なってきても、「奇跡を受け入れていいものか」という葛藤は続きます。

輪廻転生の事実を、すんなり受け入れる人もいれば、なかなか受け入れられない人もいます。それだけではなく、受け取らせたくない思惑もあります。

るりの前世の父親が奇跡を受け入れるのはかまわないが、あまりに受け入れすぎないように、と。(p.354)

「奇跡の受け入れすぎ」という考え方があるのか、と驚きました。

奇跡を受け入れられない心情の描写も分かりやすいものでした。それは「現実がしっくりこない」という感覚なのですが、「は行とま行が逆に思える」や「命を書きすぎるとゲシュタルト崩壊して、これが命だっけと思える」などのあるあるエピソードに落とし込まれていて、共感できました。

生まれ変わりの知らせ方がおしゃれ

私は輪廻転生していますよ、ということを知らせるギミックとして、佐藤正午さんが短歌(与謝野晶子さんや吉田勇さんの歌)やマイナーな慣用句を使っているのが、センスあるなあと思いました。

瑠璃も玻璃も照らせば光る(p.138)

これにはしびれました。つまらぬものの中に混じっていても、すぐれたものは光を当てれば輝いてすぐにわかる、という意味の慣用句です。生まれ変わっても君を見つける、というメッセージが込められていて、瑠璃とも掛かっていて、なんてピッタリな言葉を見つけてくるのでしょうか。

いじらしい隠し事

あまり書くと読む時の感動が薄れてしまうので、誰のどんな場面でのセリフかボヤかして書きますが、私は以下のセリフに一番感動しました。

喋っちゃうと、パパがつけあがるからね(p.364)

ある真実をひた隠しにしたかったセリフの主。その真実を隠したことで、さらに奇跡がまき起こり、物語は二重らせんのように絡まっていくのでした。私だったらすぐ言っちゃうなあ。隠しておこうとする心意気がいじらしくて大好きです。

まとめ

輪廻転生する女性の物語でした。登場人物が多く、それぞれのストーリーも入り組んでいるのですが、作者の筆力がすごくて、すんなり頭に入ってきました。純愛が心に染みました。

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