百田尚樹さん著「モンスター」の感想

百田尚樹さんの「モンスター」を読みました。

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「リアル婚活アプリ」のようなタイトルの、倫理感の欠片もないユーチューブ動画を見て、唖然としたことがあります。

それはバチェラーに似た動画でした。ハンサムな男の結婚相手を探すという趣旨で、三十人ほどの女性に一列に並んでもらい、男が品定めをして「この人はアリ」「この人はナシ」と判断していくのです。

道徳的にどうなのだろう、と思ってしまいますが、さらに異質なことがありました。その男は、女性の内面をまったく無視して、容姿だけで選んでいくのです(そういう企画なので)。

ひとりの女性の判断に要する時間は、2〜3秒くらいだったでしょうか。まるでスマホの画面を指でサッとなぞるように、アリな女性のときは手をサッと右に振り、ナシな女性のときは手をサッと左に振る男。

右に手を振られた女性は、合格したことにホッと頬を緩めます。一方、一瞬で左に手を振られた女性は、顔を歪ませ、オゥと唸って、悲しげに去っていきます。まあ、空気が張り詰めます。

すべての女性に合否を突きつけた男は、はあ、とため息をついて「目の前にいるからね、さすがに気まずかった」と漏らしました。

恐ろしくなりました。

人間の価値を「容姿の美醜」という一つの物差しだけで測ろうとすると、こんなにも気持ちが悪くなるものなのですね。

恐ろしかったのは、他人事ではないと感じる部分もあったからです。動画のように露骨に人間を採点することはないにしても、容姿のいい女性を見れば「美人だな」くらいの気持ちは、あたりまえのように抱きます。それは無意識に容姿を採点してることなのではないでしょうか。

私はひょっとすると、こんなおぞましいことをしているのか、という自己嫌悪に陥りました。

人を見た目で判断する、というのはタブーです。だからこそ、タブーに切り込んでいく小説には、惹かれてしまいます。

百田尚樹さんの「モンスター」は、人を見た目で判断してはいけません、という道徳心に、堂々とメスを入れてくる小説でした。

おぞましく、共感でき、高揚感すら得られる、奇妙な面白さがありました。

あらすじ

顔が醜いことでバケモノ呼ばわりされてきた田淵和子が、整形手術によって絶世の美女へと変貌をとげ、初恋相手・エイスケとの失われた青春を取り戻そうとするお話。

百田尚樹著「モンスター」幻冬舎文庫(2012年)

感想

ヒエラルキーを駆け上がるのが気持ちいい

本作は、絶世の美女が田舎街にやってきて、レストランを開店するところから始まります。物語に取っ掛かるための謎として「なぜこんなに綺麗な女性が田舎にやってきてレストランを開いたのだろう?」が提供されるわけですね。

謎があるからこそ、続きが読みたくなります。

出店の理由は謎のまま、美女の回想に入り、醜い顔で虐げられてきた子ども時代が語られます。その後、醜い少女は東京に移り住み、さらに虐げられ、人生に希望を見いだせない不幸のどん底で「整形手術」と出会うのでした。

さて、整形手術と出会ってからも、しばらく出店の理由は謎のまま据え置かれるのですが、そんな謎がどうでもよくなるくらい、整形手術で綺麗になっていく過程に読み応えがあります。

めちゃくちゃ気持ちいいのです。

解説を書かれた中村うさぎさんは、本作を「女の出世物語」と評しています。その通りだなと思います。女は整形手術を繰り返し、綺麗になるにつれ、ヒエラルキーをどんどん駆け上がっていくのです。この爽快感が抜群で、男性の私でも心を踊らせて読みました。

整形手術の描き方も秀逸でした。あっという間に美人に変身してしまっては興冷めです。作者は、現実の整形手術がそうであるように、金銭や健康を代償にして、時間をかけて少しずつ美を磨いていく様子を、リアルに描いていました。だからこそ、主人公が努力で美を勝ち取っていく姿に共感できたのだと思います。

スッと差し出される真理にハッ

百田尚樹さんの文章の特徴として、読みやすい文体にスッと紛れ込ませる形で、主人公が「世の中の真理」を語り、読者を「ハッ」とさせる、というものがあると思います。たとえば、こんなシーンです。

綺麗な子はそうでない子に比べて素直だからだ(p.15)

お笑い種だ。「目」に知性なんてない!(p.295)

「美しくない女は、美しくなるための努力さえしない」という者もいたが、それは仕方がない。同じ努力をしても、美人とブスでは成果が全然違うのだ。(p.319)

このような真理を含む文章に出会うと(出会うように百田さんが設計しているのですが)、それまで言語化できなかったモヤが晴れ、いい本を読んだ、という気持ちになります。

さらに今回で言えば、容姿というタブー、についてズバリ言っています。これは現実の世界では中々言えないようなことですので、余計にハッとさせられました。

整形手術で底辺から頂点に上り詰めた主人公だからこそ、ブスと美人の真理を、忌憚なくぶっちゃけられるのですね。

別人になることは悪いことか

和子は整形手術によって別人に生まれ変わりました。容姿だけでなく、仕草、性格、話し方、戸籍すら書き換えて、完全な別人になろうとしました。絶世の美女に変身するわけですから、ポジティブな変化なのですが、和子を見ていると、別人になることは手放しに喜べるものでもない、ということを考えさせられます。

別人になるには代償が伴うのです。整形手術で言えば、高額な手術代金、それを捻出するために水商売へと心を売る行為、性感染症、治療による内蔵への負担、寿命などです。また、家族や思い出も犠牲になります。

こんな代償もあるのか、と認識を新たにしたのは、別人になることで心の人格も別々になる、ということでした。

和子は美貌を手に入れたことで、あらゆる男の恋心を手中にしますが、それと同時に、本当の自分を愛してもらえていない、という悲しみを抱えます。外見と内面が乖離するとでもいいましょうか。そういう悲しさが生まれるものなのですね。とても興味深かったです。

こうした代償をみると「別人になることは悪いことだろうか」という疑問が心にわきました。

たとえば、整形手術をしたことがない私にだって、別人のようになった経験はあります。魅力的な男になるために、ファッションを勉強したり、髪型をチェンジしたり、肉体改造をしたりしたこともありました。上京して方言もなくなりました。私であって、かつて私でないものへと、変貌していきました。こうした変化は、代償の少ないポジティブな別人化だったので、とくに悪いことだったとは思っていません。

一方、ネガティブな別人化もあると思います。人間は良くも悪くも変化する存在です。変化を否定するなら、結婚なんて出来ません。

たとえば、あなたがときめいた男性は、いつまでも理想の王子様では居てくれません。いずれ腹が出て、髪も抜けおち、息も臭くなり、つまらないギャグしか言わなくなることでしょう。「まるで別人である」と思う日がくるはずです。こうした変化は悪でしょうか。

もしかしたら悪なのかもしれません。でも、悪で終わらせてはなりません、受け入れていかなければならないのです。というか、すみません、受け入れてください。お願いします。

「別人になってしまったから悲しい」と悩んでしまうのは悪ですが、「別人になったが、そういうものだ」と受け入れることで、心が安定することは多々有りそうです。

まとめ

容姿にコンプレックスのある女性が、整形手術で成り上がっていく、爽快な物語でした。整形の描写のリアリティがすごくて、たいへん読み応えがあります。容姿を磨いた先の幸せってなんだろうと考えさせる本でした。

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