風属性の凡人

「君子の徳は風なり」という比喩がある。論語の一節だ。

風が吹けば草がなびく。同じように、自分が道徳的な行いをすれば、人もなびかせることができる。どんな相手も感化され、良い行いをするようになる、という意味だそうだ。

いい考え方だなあ。まわりを心地よくさせる、暖かい風のような人間になりたい、と私は思った。

そんな思いとは裏腹に、奇妙な風になってしまったことがある。数日前の話だ。

病室を正方形に切り取った窓の外には、霧のように細い雨が降っていた。湿った土の臭い。人間を陰鬱にさせる臭いだ。こんな日は、些細なことでも気が立ってしまう。

(うるせえなあ)

私は心の中で舌打ちをした。

ボソボソと電話をする声が部屋に響き、気になって眠れないのだ。声の主は同室の中学生だった。

(こんな時間に電話すんなよ)

時刻は午後十時半。消灯時刻は三十分前に過ぎていた。暗闇の四人部屋で電話をするなんて非常識だ。

「…そのゲームがさ…。…ははは。」

会話の内容から、友人と馬鹿話をしているのが分かった。不要不急の談笑。自粛してほしかった。

まあすぐ終わるだろう。苛立っては損だ。私はベッドに仰向けになり羊を数え始めた。

脳内で羊たちが元気に柵を飛び越えていく。羊も私のようにひざの靭帯を切って入院したりするのだろうか、などとぼんやり考えて過ごした。

五百匹目の羊が柵を飛び越えたころ、中学生はまだ喋りつづけていた。時計を見ると二十分が経っている。

(もう駄目だ)

怒鳴りつけたい衝動に駆られた。

だが思い留まった。ここで中学生と揉めてしまっては、残り一週間の入院生活が気まずくなってしまう。それは避けたい。

同室には私の他に二人の住人がいる。まともな五十代の男と、咀嚼音とあくびと独り言が激しい八十代の老爺だ。

私は同室の先達たちに「頼む!注意してくれ」と念を送った。子どもを叱る役割は年長者におまかせしたい。

希望はあった。それまでにも男は何度か「んんっ!」と咳払いして、中学生にそれとなく迷惑アピールをしてくれていた。

だが弱い。その程度の攻撃では、あの鈍感な中学生にはノーダメージだった。もう一声。直接注意してやってほしい。私は強めの念を送る。

シャ。シャー。

カーテンが開く音がした。念が通じた! しかし、立ち上がったのは男ではなく、老爺の方だった。

(うそだろ?)

驚いた。まさか老爺が立つとは。だって、普段は老爺の方がはるかにうるさいのだ。えっ、あなたが注意するの?される側の間違いでは?と思った。

だが、まあいい。あのうるさい中学生をなんとかしてくれるのであれば、老爺だろうと、とやかく言うまい。私は老爺に無言のエールを送った。

老爺はペタペタと歩き、中学生の居るカーテンに近づいた、……かに見えたが、すぐさま方向転換をして、部屋を出た。ナースステーションに向かっている。

「看護師さん。若い方が電話をしとるでの。寝られんのじゃ。…」

なんと、ここまで届く声で、ナースに告げ口をしているではないか。丸投げかよ!かっこわるぅ!私は自分を棚にあげて老人を非難した。

ほどなくして老爺は部屋に戻り、数分遅れて看護師がやってきた。

注意しにきてくれたのだろう。看護師さんには悪いが、私は安堵した。やっと寝られる。ところが、看護師さんは老爺に薬を渡したかと思うと、中学生に声をかけることなく、足早に去った。

(うそだろ?)

老爺はナースステーションに「注意してくれ」と頼みにいったのではなかった。「眠れないから睡眠薬をくれ」とお願いしにいったのだった。私の聞き間違いだった。

(なんてチキンなんだ)

老爺は不発。男が動く気配もない。もはや誰も頼りにならない。私が立ち上がらなければ、どうにもならないと悟った。

私とて社会人だ。三十路をこえた大人だ。見ず知らずの中学生にビシっと言うことだって、きっとできる。ここはひとつ、同室の輩に「これが大人力だ」というところを見せつけてやらなければなるまい。

通話が始まってから三十分が経っていた。注意をしようとベッドから起き上がると、そのタイミングで電話が終了した。だが拳はもう振り上げてしまっている。私は中学生のいるカーテンに向かって声を掛けた。

「あの、すみません」
「は、はいっ」
「あの、遅い時間にすみません、ちょっとお話、いいですか」
「はいっ」

中学生はカーテンを開けて姿を見せた。顔には怯えた表情が張り付いていた。私は震える声で続けた。

「あのですね、ぜんぜん怒っているわけではないのですが、いちおう、病室でお電話をするのは、あの、ダメなルールになっていますので」私は胸の前に人差し指で小さなバツを作った。
「はいっ」
「もしよかったら、次からは共有スペースでお電話してもらってもいいですか?あの、あそこは電話オーケーなので」
「あ、はいっ。すみませんっ」
「すみませんが、お願いします」
「はい!次からっ」
「ぜんぜん怒ってないです。大丈夫です。次から」

中学生は恐縮していた。悪い子には見えなかった。

もしかすると、彼はただルールを知らなかっただけなのかもしれない。病室で電話をしてはいけないという張り紙を見落としていたのかもしれない。

消灯時間を過ぎたら静かにするのだって、マナーではあるが、明文化されて貼りだされている訳ではない。

そう考えると、悪意があってやったのではなく、ただ無知な子どもだっただけなのだな、と思えた。何も知らない子どもに向かって、三十分も苛立っていた自分が情けなくなった。

次の日、昨晩のことを思い返した。

猛烈に反省をした。いかなる理由があろうと、深夜におじさんが急に話しかけてきたら怖い。時間帯を考えるべきだった。申し訳なかった。

さらに反省したことがある。

昨日の私は、高圧的に怒ることなく、柔らかいお願い口調で「次からは共有スペースで」と伝えた。これは一見すると徳の高い行いだ。病室に君子の風を吹かせたとすら思っていた。

それは勘違いだった。優しく伝えたのは正解だったが、正解にいたる思考の過程がダサ過ぎたのだ。

真の君子なら、きっと中学生の将来を案じて声をかけたことだろう。「自分がどう思われようと、社会のルールを教えてあげるのが、この子のためだ」しかし私はそういう優しい気持ちを持ちあわせていなかった。

今後また通話されては困る。

ガツンと怒鳴って黙らせたい。

同室の事なかれ主義者たちに、注意する姿を見せつけて、脚光を浴びたい。

でも注意して揉めたら面倒だ。

というか怖い。

逆ギレされたら私が泣いてしまうかもしれない。

穏便に済ませるにはどうしたらいいだろうか。

とりあえず下手に出てみよう。

こんなやましい途中式で「優しく伝える」という正解を導き出してしまったのだ。大人力のかけらもない。猛烈に恥ずかしい。私が吹かせたのは君子の風でもなんでもなかった。おじさんのため息を浴びせただけだった。

雨上がりの生ぬるい風が吹いている。体にまとわりついてくる気持ちの悪い風だ。明日はカラッと晴れてくれるといいのだけれども。

***

後日談。中学生に「この間は、夜に驚かせてごめんなさい」と謝りにいきました。手土産に千円するテレビカードを持って行きました(といっても、別の患者さんにいただいて、私が使わなかったものなのですが。こんな形で役に立つとは)。

すると、中学生から「すみません、病室で通話がダメって、貼り紙してるの知らなくて」と逆に謝られてしまいました。やっぱり悪意は無かったのですね。そうなると、ますます悪いことをしてしまった罪悪感がわきます。すみません、すみませんと、二人で謝り合戦になりました。

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