映画「花束みたいな恋をした」の感想

有村架純さん、菅田将暉さん主演の映画「花束みたいな恋をした」の感想です。

あらすじ

女子大学生ラーメンブロガー・絹(有村架純さん)は、終電を逃したことがきっかけで、イラストレーター志望の男子大学生・麦(菅田将暉さん)と出会った。サブカルチャーを好む二人は、おたがいの価値観が、合わせ鏡のようにピッタリであることに運命を感じて交際を始める。好きなことに溢れた甘い時間を過ごす二人だが、就職によって価値観がずれてしまい、お別れしてしまうお話。

感想

花束みたいな恋とはなにか

とてもおもしろい映画でした。テーマは「同じ価値観を楽しむ恋愛の素晴らしさ」だったかと思います。憧れのあの人と結ばれる恋愛でもなく、幼いころに交わした結婚の誓いをはたす恋愛でもない、とりたてて大きな事件のない、ごくふつうの恋愛です。

だからこそ、すごく共感できる作品でした。私たちの普通の恋愛を代弁してくれているかのようです。

「ゴールデンカムイを一緒に読んでいたのに、途中で自分だけ読まなくなってしまった」などは、まさに私が体験したことだったので「この脚本家は、どうして私のことが分かっているの?」という気持ちになりました。

スマスマの終了。天竺鼠のワンマンライブ。2010年代に恋愛をした世代にとっては、胸を掴まれるような恋愛体験がフラッシュバックしたのではないでしょうか。

さて、映画を見ながら考えたのは、引きのあるタイトル「花束みたいな恋」の意味とは何だろうか、ということでした。

この花束という言葉は、いろんな意味がかかっています。私は「いつかは終わる恋」「思い出にあふれる恋」のダブルミーニングになっていると思いました。

一つ目は「いつかは終わる恋」です。

花束は、美しくて素晴らしいけれども、根が張っていないから、いつかは枯れてしまうもの、を象徴しています。本作では、結婚に結びつかない恋愛を表していると思います。

作中では、幸せな時間の代表として、フリーターの二人がバイト終わりに多摩川を歩くシーンが登場します。このとき絹が抱えているのが花束です。二人が一瞬のきらめきのような恋愛を無邪気に楽しんでいるのが伝わってくる名シーンですね。

しかし、悲しいかな、麦が抱えているのがトイレットペーパー。これは生活感の象徴です。

このときは価値観がピッタリな二人ですが、就職したことをきっかけに麦が安定思考になり、好きなことをして生きていきたい絹と、すれ違ってしまいます。花束とトイレットペーパーが別れを暗示しているのですね。切ないです。

二つ目は「思い出にあふれる恋」です。

二人の写真に映るマーガレットを指差して「この花の名前なんだっけ?」と麦が尋ねるシーンがあります。しかし、絹は名前は分かるのに答えません。

花の名前を女性に教わると、別れたあとも、その花を見るたびに女性のことを思い出すんだよ、というようなことを言ってごまかします。

絹が別れを暗示しているのかと単純に考えながら見たのですが、あとから考えると「変だな」と思いました。だってこのとき絹は別れなんて一ミリも頭にないくらい恋愛に没入していたからです。

だとしたら、なぜ監督は絹に「花をみるたび思い出す」と言わせたのでしょうか。「花束みたいな恋」に掛けたかったからじゃないでしょうか。

花束はたしかに枯れてしまいますが、ちゃんと思い出は残る、と伝えたかっただと思います。同じように、恋人と共有した音楽、本、食べ物というのは、別れた後になって触れると、恋人との思い出が蘇るものです。

それはきっと悲しい思い出ではなく、楽しかった思い出ばかりなのでしょう。

別れ際に絹が「ありがとね。まあ、その一言なんだけどさ。楽しかったことだけ思い出にしてしまっておくからさ」と言ったのが印象的です。きっとしまうだけではありません。折にふれて思い出し「いい恋だったなあ」と感情に浸ることでしょう。

そうした楽しい思い出を「束」にしてもらえた恋。それは素晴らしいものに違いありません。ということを伝えたかったのだろうと思いました。

妻への愛がとめどなく溢れる

超個人的な感想で恐縮ですが、この映画を見て、私は妻を愛する気持ちが増幅されていくのを感じました。「妻のこと、めっちゃ好きだなあ」と実感したのです。

だって、思い出すんですもの。付き合いたてのころを。結婚したてのころを。

子どもが二人生まれ、楽しさと大変さの音量がマックスになった現在では、なかなか感じることができなくなってしまいましたが、もっと静かに生活していたころは、お互いの「小さな価値観の一致」をしみじみと楽しんでいました。

私も妻も漫画が大好きだったので、漫画の貸出をしているレンタルビデオ店に毎週のように通い「ゴールデンカムイ何巻まで読んだっけ?」「あっ!進撃の巨人の新刊が出てる!」とはしゃいでいました。

趣味は似ていましたが、読むスピードは全然違いました。20冊ほど借りても、私は1日で読んでしまうのですが、妻は1週間以上かけてゆっくりと読むのです。妻はあまりに読むのが遅いので、しばしば「やばい!明日が返却期限だ!どうしよ〜」などと言って、泣きそうな顔で読みました。可愛くて仕方ありませんでした。

私は読むのが速い一方で、漫画の内容をすぐに忘れてしまいます。でも妻はいつまでも覚えていられる人でした。「前の巻、どんなんだっけ?」「え〜、憶えてないの?」とよく笑われました。

漫画に限らず、ドラマもそうでした。「ゆとりですがなにか」「逃げるは恥だが役に立つ」を録画して、一緒に見るのが何より楽しい時間でした。展開を予想して話し合ったものです。

第一子が生まれてからだったでしょうか。「ドラマ見る?」と誘ってくれた妻に「いや、ドラマはもういいや。別のことに時間使いたい」と言ってしまったことがありました。

私に余裕が無くなっていたからです。妻は寂しかったでしょうね。あれ以来、一緒にドラマを見ることがなくなりました。申し訳ないことをしました。

映画を見て、そんなことを思い出しました。多摩川の景色も懐かしかったです。近くに住んでいたことがあります。

小説を読んでいるかのような言葉選びのセンス

セリフひとつひとつの言葉選びが、とてもよく練られており、上質な恋愛小説を読んでいるかのようでした。

たとえば、告白するタイミングを迷う場面で、こんな素敵な言葉が出てきます。

「好きかどうかが、会っていない時間に考えている時間の長さできまっているなら、絶対そうで」
「ポイントカードだったら、とっくにたまっていた」

二人の好感度ポイントがパンパンに膨らんでいるのが伝わってきます。たまらないですね。

他にも気に入った表現がたくさんありました。列挙すると(鑑賞した方にしか伝わらないですが)「今村夏子の『ピクニック』を読んでも何も感じない人」「4年も付き合うと別れ方が分からない。スマホの解約くらい分からない」「カラオケ屋に見えないように装ったカラオケ屋に集まるIT人は、ヤンキーに見えないように装ったヤンキー」「好きな言葉は『替え玉無料です』」「この前、電車に揺られていたら。←『乗っていたら』を『揺られていたら』と表現した」「社会に出るってことはお風呂に入るってことなの」「価値観が全力で広告代理店」でした。

まとめ

恋愛映画にありがちな大げさな事件や起伏を排し、2010年代の普通の恋愛を丁寧に描いたことで、すごく共感でき、妻と付き合ったころを思い出させてくれた、純度の高い恋愛映画でした。三十歳前後の方に特におすすめです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました