入院生活を振り返って

2024年1月、友人とバスケをしていたら、不意に左ひざに激痛が走り、尻もちをつくようにコートに倒れました。

尋常ならざる痛み。病院に行くと、診断名は前十字靭帯断裂。パソコンに映るMRI画像を見ながら、医者はこう言いました。

「前十字靭帯を再建する手術が必要です」

うわー。手術かー。やっぱり不安でした。しかし、放置すれば半月板が崩れて、人工関節になるとのこと。そっちの方が恐ろしい。

渋々ながら手術を決意。仕事を休み、育児を妻と両親に任せ、3週間の入院生活を送ることになりました。

過ぎてみればあっという間の入院生活でした。記憶が古びてしまう前に、ありのまま感じたことを書き残したいと思います。

入院生活の概要

金曜日の朝に入院。月曜日の昼に手術を受けました。ベテランの執刀医による、関節内視鏡を使った手術でした。

月曜日はベッドで絶対安静。火曜日は車椅子。水曜日からは松葉杖で移動できるようになりました。左足にはニーブレスという固定器具を装備し、曲げてもいけないし、体重をかけてもいけない状態でした。

初めて入浴できたのは、手術後7日目に抜糸をしてからのこと(シャワーだけでしたけど)。それからの日々は、午前中にゆっくり本を読み、午後イチにリハビリで筋力トレーニングをし、夕方にお風呂に入れてもらって、午後10時に寝る、という規則正しい生活を繰り返します。

19日目にニーブレスが外れ、ドンジョイという曲げ運動ができる装具をつけるようになりました。ひざを90度まで曲げられるようになり、体重の3分の1を左足にかけて良くなったところで、退院しました。

トータルの入院期間は21日。コロナ対策のため外出は完全禁止でした。

入院中は、四人部屋の一角で、隣人の騒音に腹を立てたり、ゆっくり本を読める喜びを噛み締めたり、家族のことを想ったり、NBAのプレーオフを見たり、裸を見られて恥じらったり。

映画を見たり、読書感想文を書いたり、エッセイを書いたり、ストレッチをしたり、筋トレをしたり、お菓子を爆買いしたり、中庭で日光浴をしたり、入院患者さんと仲良くなったり、妻の面会に嬉しくなったり、自分の人生を振り返ったりして過ごしました。

思ったより痛くなかった

恐れていた痛みについては、たいしたことありませんでした。手術は全身麻酔なので痛くありませんし(しいていえば点滴の針を刺されてチクリとしたくらい)、目が覚めてからも、痛み止めを飲み続けたので、さして疼痛を感じることもなく、不便と言えば、夜中に数回、目を覚ますくらいのものでした。

一番痛かったのは、手術をした翌日、左足をテーブルにぶつけてしまい、電気が流れたような衝撃があったことでしょうか。あのときばかりは「うっ」と唸り、三十秒ほど動けなくなりました。

また、手術後の数日間は、足を上げたり、横に向いたりするときに「つっ」という声が漏れるくらいの痛みはありました。まあ、それも怪我した当日の痛みの1割にも満たないものでした。私は痛みに弱い人間です。そんな私が余裕で耐えられるくらいの痛みでした。

入院前、導尿が痛いぞ、と父に脅されました。「管を抜く時が痛いんだ」と言う父の顔は、当時の苦痛を生々しく思い出したかのように歪んでいたので、私はとても不安に感じていました。結論から言えば、痛くありませんでした。違和感があった、くらいのものでした。

尿道から体長三十センチくらいの小型エイリアンが出てくるくらいの違和感です。最初に排尿する時に、コポコポという音とともに尿道から空気が抜けていったのは、少しばかり痛みました。それでも、風邪を引いたときの喉の方がまだ痛いくらいの、たいした痛みではありません。

リハビリも「痛みのない範囲でやりましょう」という方針でした。基本的に痛むことはありません。少しでも左足が痛い日は、右足や上半身の筋力が落ちないようなトレーニングを行いました。

これだけ痛くないと、入院しているのが心苦しくなります。「こんなに元気なのに、ゆっくりしていていいのだろうか」という気持ちです。妻は文句を言いませんが、育児家事の負担は大きかったと思います。申し訳ないです。

読書感想文を書ける幸せ

入院患者さんを観察して気付いたことがあります。それは「暇やわ〜」という嘆きをよく口にしているということです。「映画を見るのも飽きたわ」「はよ退院したいなあ」という声を頻繁に耳にしました。その度に私はこう思ったのです。

「いや、めちゃくちゃ楽しいけどな」と。

入院ほど一人の時間を楽しめる機会はありません。私はある会話を思い出しました。

そろそろマイホームを購入しようか、と妻と話し合っていたときのこと。「自分の部屋いらんよ」と譲歩しようとした私。ところが妻は「いや、あなた絶対ひとりの時間が要るタイプよ。部屋つくっとき」と勧めてくれました。

そのときは「そうかなあ?」と思ったのですが、最近になってようやく、自分はひとりの時間がないと狂うタイプだと自覚できるようになりました。

誰にも干渉されない「ひとりの時間」をゆっくり持てることは、なにかと忙しい現代社会において、この上ない幸せだと思います。

ひとりの時間を使って、本をゆっくり読み、実感したことや、本から受け取ったことを、時間をかけてノートに書き出す作業が、私は好きです。心に浮かんでくる感情に向き合い、うまく言語化してキャッチする能力が育っていくのを感じます。とても充実感が得られます。

入院中はたくさん本を読んで、ひとつひとつに感想文を書くことが出きました。こんなにありがたいことはありません。ちなみに、私が読んだ本を列挙すると、以下のとおりです。

<読書>
こだま著「ここは、おしまいの地」
新川帆立著「元彼の遺言状」
宿野かほる著「ルビンの壺が割れた」
町田その子著「夜中に泳ぐチョコレートグラミー」
にしおかすみこ著「ポンコツ一家」
東野圭吾著「私が彼を殺した」
・乃南アサ著「水の中のふたつの月」
小原晩著「これが生活なのかしらん」
汐見夏衛著「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。」
辻村深月著「ツナグ」
松浦弥太郎著「エッセイストのように生きる」
佐藤正午著「月の満ち欠け」
百田尚樹著「モンスター」

感情を言語化して充実感を得る作業は、読書感想文に限りません。自分のオリジナルなエッセイを書いたり、映画の感想文を書いたり、大好きなNBAの試合の感想を書いたりしました。

<自筆エッセイ>
松子
プレゼント攻撃
裸を見せる作戦
神の一手
風属性の凡人

<映画>
花束みたいな恋をした(主演:有村架純、菅田将暉)
すばらしい世界(主演:役所広治)

<NBA>
セルティックスvsヒート:ゲーム3
クリッパーズvsマーベリックス:ゲーム3
レイカーズvsナゲッツ:ゲーム3
セルティックスvsヒート:ゲーム2
サンズvsウルブズ:ゲーム2
レイカーズvsナゲッツ:ゲーム2

入院期間は、どうしても「怪我をしてしまった」というネガティブな方向に考えがいきがちになります。そんなときは、毎日すこしでも心を動かし、感動したことを文章に残していくと、前に向かって生きている、という実感が得られるのではないでしょうか。

ただし、やりすぎると不気味になります。自分が書いた感想文を何度も読みなおし、ベッドの上でニヤニヤしていた私は、妖怪ポジティブ感想書きでした。

メンタルが安定した

およそ一年半前の私は、精神的にひどい状態にありました。東京の狭いマンションの中で、頼れる親類もおらず、妻と二人三脚で、幼い子ども二人を育てていました。

ひどいノイローゼになりました。加害妄想と被害妄想に悩まされ、感情のコントロールができなくなったのです。辛くて、悲しくて、すっかり生きるのを諦めていました。

いま私の命があるのは、狂った私を見放さなかった妻の優しさと、区の職員さんの介入と、心療内科のカウンセラーさんと、理解ある上司と、両親のおかげです。田舎の実家に戻って、両親のサポートを受けながら仕事を続けられるようになり、ゆっくりとですが、メンタルが回復してきています。

当時の自分を振り返ると「どうかしていた」の一言に尽きます。私の心の弱さが顕になった、人生で一番辛い時期でした。なにより辛かったのは、妻と子どもに対して、本当に愛せているのか、疑心暗鬼になったことでした。

もちろん愛しているのです。でも、どうして、愛しているのに、腹が立ったり、感情をコントロールできなくなったりするのか、分からないのです。自分には生きている資格がないと絶望しました。今でも少し思います。

そんな不安定さを残しながらの入院でした。

これほど刺激のない暮らしをしたのはいつぶりだったでしょうか。ゆっくりと、自分の内面を見つめ、理解するための時間がありました。この3週間でぼんやり考えたことがあります。

ノイローゼになった原因は、自分の不得意分野を頑張り過ぎて、キャパオーバーになったからなんだろうな、ということです。

子育てをしていると、苦手なことがたくさん降りかかってきます。うまくできなくて、間違いだらけで、そんなことをしていると、余裕なんて持てるはずがなくて、キャパを超えてしまい、心が白旗をあげてしまいます。

余裕がないことと愛情があることは両立します。むしろ愛情があるからこそ、限界まで頑張ってしまうのでしょう。私は妻を愛していて、子どもも大好きで、大切にしたいと思っていました。だからこそ追い詰めてしまいました。妻も大変でした。もっと早く、だれかに頼ればよかった…と後悔しています。

私の苦手なこと。それは「好きじゃないことを強制されること」です。

又吉さんのエッセイが、私の気持ちを完璧に代弁してくれているので、引用します。

自分がやりたいことはすぐに行動に移すことができるのだが、誰かに勝手に決められたことは億劫に感じて思考が停止してしまうのだ。「やれ」と勝手に決められたことについて、考えるだけで辛くなり眠たくなってしまう。

又吉直樹著「月と散文」KADOKAWA(2023年)『命懸けの指導でした』p.110より

私は人に比べて、好きじゃないこと、自分がやり方を決められないことに対する耐性が、圧倒的に低い人間です。子育ては、あえて厳しい言い方をすれば、自己決定権のかけらもない営みでした。

子どもと接するのは大好きです。でも、私の不都合なタイミングや、疲れているときは、ストレスを感じてしまいます。

育児では、私の好む手順でやれることがほとんどありません。我慢の連続でした。我慢してやることが愛情なのだと錯覚しました。そんなことないんですけどね。その時は視野が狭くなっていたのです。

それに、客観的にみて、育児の負担は妻の方がずっと重いのに、私の方が辛いと感じてしまうのが不思議でなりませんでした。錯覚だ。頑張るんだ。自分に言い聞かせているうちに、限界を超えて、壊れてしまったのです。

もっと、肩の力を抜いて、好きにやればよかったんだな、と今になれば思います。

息子と一緒にホットケーキを焼くのが好きです。一緒に絵本をかくことが好きです。うんちの拭き方を工夫してアレコレ試すのが好きです。お風呂でお話するのが好きです。

私が好きな育児は「創意工夫の余地がある育児」でした。反対に、私が好きじゃない育児は「このやり方が正解」を押し付けられる育児でした。

ネット。育児本。噂。いろんな情報に流されて、世間の「このやり方が正解」を実行しようとしてしまいました。私はそのストレスに耐えられる人間じゃないのに。やり方を間違えていたのです。私の「こうやったらうまくいくかなあ」というアイデアは「子どもが可哀想」という論理の前では紙屑でした。

一度大きく間違ってしまいましたが、これからはもっとうまくできる気がします。子どもへの愛情はたっぷりなのです。妻のことも大好きです。

「こうやったらいいんじゃない?」と試すことを自分自身で否定しないかぎり、私にだって素敵な家庭が築けると思えるようになりました。入院前よりもポジティブに自分の弱点を見つめられるようになりました。

教室の机に彫刻刀で落書きを彫った時のような集中力で、面白いものを作れたら楽しいだろうなと思う。

又吉直樹著「月と散文」KADOKAWA(2023年)『命懸けの指導でした』p.120より

こんな気持ちで、家族と工夫しながら、日々を楽しく過ごせればいいな、と心の底から思います。

私は入院をして左膝を治療しました。でも、本当に治療していたのは、心の方だったのかもしれません。

入院して、ゆっくりさせてもらえて、本当によかったと思っています。感謝しかありません。

心の狭さを知った

入院中に思い知らされたのは、なんて自分は心の狭い人間なんだろう、ということでした。

四人部屋だったので、いびきくらいはあるかな、と予想はしていたのですが、実際はかなりの音ハラスメントがあり、辟易としました。

私は腹の中で「このやろう」と毒づき、復讐を試みたり、注意をしたり、モラルないなあと鼻で笑ったりしました(参考:プレゼント攻撃神の一手風属性の凡人)。

しかし、隣人への腹立ちを文章化してみると、まあなんと、自分は器の小さい人間であるかが、よく分かります。

騒音を出している人だって、話してみると、悪い人では無かったりします。それなのに第一印象で決めつけて、恨んだりしました。

復讐したって爽快感などありません。小さいことでカリカリしない、心の広さがほしいなと思いました。

家族への感謝

このたび3週間もの長い間、家をあけることができたのは、ひとえに妻と父母の協力があってのことでした。

幼稚園への送り迎え、洗濯、掃除、子どもの食事、子どもをお風呂に入れること、幼稚園の準備物を確認すること、立哨当番、子どもの遊び相手、寝かしつけ、絵本の読みきかせ、着替え、トイレ、おでかけ、…。

もっとあると思いますが、これだけの育児を投げ打って、病室で心おだやかに過ごし、治療に専念できたのは、家族が文句のひとつも言わず、私を気遣ってくれたからです。趣味のバスケで怪我して、大迷惑をかけているので、本当に頭があがりません。

ありがとうございました。何か美味しいものを買いに行こうと思います。

看護師という仕事

看護師さんという仕事に長く触れ、その大変さの一端を知ったのも、入院中の大きな収穫でした。好きなことじゃないと頑張れない私にとって、これほど患者に振り回される仕事は、逆立ちしてもできそうにありません。一日で発狂します。だからこそ、お世話をしてくださった看護師さんたちには、尊敬の念がわきました。

病院勤めは大変だなあと思います。ナースコールを押して「くすり!」と単語で命令している老人がいます。私は横で見ていて腹立たしく思っていたのですが、看護師さんが「お待たせしました〜」と明るく登場するので、怒りのやり場を失います。どうしてこんなに優しくできるのでしょうか。

患者は時に理不尽です。体調が悪いと、機嫌も悪くなるからです。私は人生において「機嫌の悪い人」との接触機会を最小にしたいと願って生きていますが、看護師さんはそんな些細な願いすら届かない、つらい職業だと思います。

一方で、感謝される機会が多い、というメリットもあるなと思いました。私のような一介のサラリーマンは「ありがとう」と言われる機会がほとんどありません。自分で「誰かの役に立っている」と思うしか無いのです。看護師さんは毎日「ありがとう」と言ってもらえます。それはすごく羨ましいです。やりがいあるだろうなあ。

人間の本質

入院している患者は、仕事での立場が偉かろうと、そんなの関係なく、ひとりの人間として扱われます。そうなると、いかに「徳が高いか」と「コミュニケーションがうまいか」が、その人間の価値を表す指標になるでしょう。年老いて入院が増えた時、この二つがないとつらいだろうな、と思いました。

入院患者さんの中には、私が密かにSランクと呼んでいる、コミュ力のおばけが二人いました。

ひとりは素敵なご婦人です。

私が共有スペースでブログを書いているときに「ごめんなさいね〜」と登場したのが彼女でした。八十代くらいの、背の低い、ピンクのサングラスをしたおばあさんです。

「パンを温めさせてね〜」彼女はビニール袋に包まれた食パンをバッグから取り出し、電子レンジに放り込みました。

「朝ごはんのパンが残っちゃったのよ。温めた方がおいしいよ、ね〜」彼女は小首を傾げて同意を求めてきます。そうですよね、と返事をすると「どこ怪我したの〜?」と流れるようなトークが始まりました。

「ひざです。前十字靭帯を」
「あら〜。何してて怪我したの〜」
「バスケで」
「あらそうなの〜。大変ね〜。学生さん?」
「いえ、社会人で。33歳なんです。子どもも二人います」
「見えないわね〜。そうなの〜」

チン。電子レンジが終わりを告げます。彼女はパンパンに膨らんだパンの袋を取り出し「それじゃあね〜。あち、あち」と言って去っていきました。

それが出会いで、顔を合わせるたび、話しかけてくれるようになりました。私も彼女に興味がわき、観察するようになりました。

彼女は誰にでも声をかけ、懐に入れる人でした。阪神ファンで、息子が大阪にいて、0歳のひ孫がいるそうです。「何歳にみえる?」なんて難しい質問をしてくるときもありました。

私の祖母が93歳なので、まあ下目に言っておけば間違いないだろうと思い「80歳くらいですか?」と答えました。「やあねえ。そんなに行ってないわ。77歳よ」彼女は少しすねて見せました。

80歳と77歳の差は、20歳と17歳の差と同じくらいの開きがあるのだと知りました。割合で考えてはいけないのですね。それでも彼女は怒ることなく、いつも面白い話をしてくれました。

もうひとりは、同室のおじちゃんです。

50歳くらいの、白髪が混じりの坊主の中年男性でした。彼はいつだって陽気でした。看護師さんが来ると「グッモーニン」「元気〜?」と毎回ちがう挨拶で出迎えました。

食事が運ばれてくると「おっ!今日はステーキかな?」「フランス料理かな?」みたいな冗談を飛ばしました。一度として同じギャグが使われることなく、ユーモアの絶えない人でした。すごいなあと思いながら、会話を盗み聞きするのが楽しみでした。

看護師さんとしても、彼の相手は楽しいようです。彼にナースコールで呼ばれた看護師さんが「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン」と現れていたときには驚きました。私には一度だってそんな風に来てくれたことがないのに。人徳だなと思いました。

そんな彼の食事には、私が退院する3日前から異変が起きました。毎食プリンが付くようになったのです。私にはないプリンが。彼にだけ。そんなのアリでしょうか。食事担当のお姉さんにも好かれていたのでしょうね。

彼は女性だけに優しいわけではなく、私のような冴えない男にも、明るく挨拶してくれます。看護師さんの気持ちが分かります。元気がもらえるようで嬉しいですね。それと同時に、人間的にすごく負けた気分にもなりました。この人には勝てないと思い知ったからです。

いろんなタイプの患者さんに出会いました。本を勧めてくれる人。話しかけてくれる人。ずっと独りで音楽を聞いている人。単語で会話する人。病院の使い方を教えてくれる人。ユーモアのある人。ずっと自分の話ばかりする人。怪我の話しかしない人。

「この人いいなあ」と思えるAランク以上の人には、共通して「徳が高い」と「コミュ力が高い」という特徴がありました。病院では社会的なステータスが通用しません。結局は徳とコミュ力なんだな、と思います。

私は、人を勝手に格付けする徳の低さと、相手よりも3歳高い年齢を言ってしまうコミュ力の低さを兼ね備えています。このままでは老後が大変ですので、なんとかしたいなと思いました。

まとめ

3週間の入院生活を振り返りました。手術もリハビリも思っていたほど痛くなく、ゆっくり読書感想文を書けて、自分の心の弱さとも向き合えた、素晴らしい入院でした。家族への感謝、看護師さんへの感謝がわきました。肩書を剥がされた人間は「徳」と「コミュ力」なんだな、という真理にも近づけました。

いろんなひとに迷惑を掛けた入院だったので、もうコリゴリですが、私の人生に大きなプラスとなる体験でした。

整形外科でも腰や首の手術だったらもっと苦しいと思いますし、内科系だと食事も厳しくなるでしょうから、私の体験はあくまで膝の手術の一例と思っていただければ幸いです。

もし前十字靭帯の再建手術に不安を抱えている人がいれば(私がそうだったのですが)、意外と入院も悪いものではないので、ぜひ不安を軽減する材料にしてもらえればと思います。

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