冷えた鯉のぼり

今日は本当に感動した。まさか鯉のぼりに心を打たれるとは。

「子供の日のパーティをしよう」と妻の実家からお誘を受けたのは昨日のことだった。

妻は息子(四歳)と一緒に実家に泊まりこんで準備。私は家で娘(一歳)と遊んで過ごし、昼の11時ごろに妻の実家へ伺った。

ドアを開けると、あっ、と声が出た。「子どもの日アイテム」で彩られた空間に面食らったのだ。

壁には、鯉のぼり柄のタペストリー、木製の鯉のぼりオブジェたち、Happy Children’s dayの木製メッセージボード。

床には、上品なスツールと、その上に飾られた積み木の兜。記念撮影用のキッズ和装まである。

気合いの入り方がすごい。

「うわあ。懐かしい」心の中でつぶやいた。よく見るとどれも見覚えがある。妻が時間をかけて用意してくれたものだ。私はひとつひとつのアイテムを眺め、購入した経緯を思い出す。

鯉のぼり柄のタペストリーは、某三百円均一ショップの蒲田店で購入したものだ。妻に頼まれて店を訪れたのは二年前だったか。

「子どもの日グッズが入荷したらしいよ!売り切れちゃう!ごめん!仕事帰りに見にいってくれない?」

そのショップの節句系グッズは、即刻完売するほどの大変な人気らしく、妻はインスタグラムで頻繁に情報収集してくれていた。

私が店に着くと、すでにいくつかの商品は売り切れていて、かろうじてタペストリーが残っていた。夫婦のLINEに「あったどー!」と歓喜の雄叫びが上がったのを覚えている。

積み木の兜も印象深い。これも東京に住んでいたときに買ったものだ。

家が狭く「兜は買えそうにないね」とこぼしていた妻が「これならどうかな」と見つけてきたのが、やわらかい色使いの積み木でつくる兜だった。

ケースに収めれば、高校の国語の教科書くらいのサイズになる。小ぶりながら、やはり兜があると端午の節句感が出る。

狭い家でも工夫をすれば、精神的に豊かな子育てができるのだ、ということ妻に教えてもらった、大事な兜だ。

イベント事に無頓着な私と違って、妻はひとつひとつの行事を大切にする人だ。

SNSの海から子育てに役立つ情報を選びとる。子たちを綺麗に着飾る。料理というより芸術に近いお祝い膳を生み出しては、丁寧にお祝いをしてくれる。費やした時間は気の遠くなるほど。

「うおー、そこまでするのか!」と初めはおののいた。

しかし、毎年少しずつ増えていく大切なアイテムと、幸せな子どもたちの写真を見ていれば、いかに鈍感な私でも考え方が変わる。

妻を心から尊敬している。そこまでするからこそ、貴重な思い出になるのだと学ばせてもらう日々である。

特に今年の子どもの日の感動はひとしおだった。

いや、もう、本当にすごかった。テーブルに並んでいたのは「おにぎりバイキング」という名の、料理の皮を被ったアトラクションだった。

真ん中にドーンと雑穀米が入ったおひつがあり、その左右を守るように、お重が二つ。中には小鉢が九種類。

それぞれに、アナゴ、いり卵、しらす、桜えび、切り干し大根、塩昆布、ゆかり、抹茶塩、が入っている。

「好きな具をいれておにぎりを作ってね」と義母が勧めてくれた。義母と妻が二人で用意してくれたらしい。ありがとうございます。

「うわー!どれにしようかなー!」

息子が嬌声をあげる。そりゃ嬉しいだろう。私だってテンションがあがるくらいだ。「どれにする?」と息子に聞くと「ひろしおにぎり」という答えが返ってきた。

ひろしおにぎりって何だよ(笑)

「ひろしはこれだよ」義母が指差したのは、私が抹茶塩と思っていた緑色の粉末だった。広島菜を使ったふりかけ。「ひろし」は商品らしい。知らなかった。

息子に「ひろし卵塩昆布MIXおにぎり」を作ってやると、おいしい、おいしいと言って食べた。

さて、おにぎりバイキングもすごかったのだけれど、私の心を打ったのは、その横にあった一品だった。

それは鯉のぼりをかたどった豆腐の彫刻だった。絹ごし豆腐を魚の形にカットし、表面に目やら鱗やらを包丁で彫ってある。

一目見て心を奪われた。美しい。私は「冷やっ鯉」と名づけた。

豆腐で鯉を表現するなんて。なんというアイデアだろうか。きっと妻はSNSでこれを見つけ「作ったら喜ぶだろうなあ」とワクワクしたに違いない。

豆腐というシンプルな素材だからこそ、鯉を彫刻して楽しむ創意工夫がダイレクトに伝わってくるようだ。

だが驚くのは早かった。冷やっ鯉の真価が発揮されるのは、醤油をかけたときであった。

妻が醤油をひとまわしかけると、醤油が彫り込まれた部分に沁みこみ、目と鱗が鮮明になった。まるで水を得た魚のように、冷やっ鯉が活き活きとし始める。生命を得たと言っていい。

素晴らしい。素晴らしすぎる。

息子のおにぎりを作ってやる間に、醤油はますます豆腐に沁み込み、味玉のような色合いになった。とてもうまそうだ。私にはこの冷やっ鯉が、子育てを象徴しているように思えた。

普通の冷やっこは、以前の私。なんの創意工夫もない親。豆腐をスルッと飲み込むように、イベントを通り過ぎてしまう面白くない男。

冷やっ鯉は、妻の親心。ひとつひとつのイベントを「楽しい思い出」として残そうとしてくれる妻の愛情。創意工夫しだいで子育てはいくらでも楽しめることを具現化したもの。

妻の愛情は、醤油をかけられた冷やっ鯉のように、時間をかけて子供の心に沁みこみ、鮮やかな思い出を残すだろう。

味玉色の冷やっ鯉を前にして、私は感動していた。すると息子が横でこんなことを言った。

「パパのお豆腐、おいしく無くなったね」

そうなのだ。息子は、味が染み込む前に食べたい派なのだ。今日もいただきます直後に冷やっ鯉を吸い込んでいた。

まあ、別に、味の好みは人それぞれだし、いいんだけど。子育ての象徴である冷やっ鯉を否定されたようで、少し悲しかった。冷やっ鯉が死んだ魚のような目をしていた。

息子の豆腐には味が染みなかったけれど、息子の心にはちゃんと妻の愛が沁みますように、と願った33歳の春。

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