「見ないでー!」と言われた手紙

父親には神通力が宿る。四年も父親をしていると、息子の考えていることが、手に取るように分かるようになるのだ。

「見ないでー!」

息子の声だ。幼稚園児らしい高い声。「見ないでー!」は、お手紙を書いているから、こちらを見ないでほしいというお願いだった。手紙を書くのがマイブームらしい。青い折り紙を便箋にして、年中さんとは思えない達者な文字を書いている。

「こっち見ないでー!」
「はいはい、見ないよ」

私は息子に背中を向けて、見ていませんよ、のアピールをする。手紙は一ミリもみえない。だが神通力持ちの私には、息子の本心が透けて見える。

「見ないでー!」は「見てー!」の裏返しだ。

同じようなことが前にもあった。「見ないでー!」と息子に命じられ、しばらくして折り紙を渡された。開くと「ぱぱ だいすき」と書いてあった。

「ぱぱのこと、だいすきなの」頬を赤らめて囁かれた。あまりにも可愛い秘密の告白。絶対に見てほしかったからこそ「見ないで!」と焦らしてみたのだろう。なんといじらしいやり方だろうか。ダチョウ倶楽部と同じだ。

そんなことがあったから、今回もピンときた。ははーん、またラブレターを書いているな、と予想した。「ぱぱ だいすき」か「ぱぱ あそぼう」あたりだろうか。

いや、まてよ。「ぱぱ だいすき」をもらったのは何か月も前の話だ。このごろは長い文章も書く。より高度な秘密の告白をしてくる可能性はないだろうか。

「じーじがさ、足けがしてるのにさ、ビールばっかり飲むんだよ」と息子が告白してきたのは数日前のことだった。よく観察している。このくらいの分量なら手紙にも書けそうだ。これだろうか。

いや、下ネタかもしれないな。最近、うん〇、ち〇こ、を連発する傾向がある。

先日お風呂に入ったときなどは「ち〇こドリル」と言って、アイスクリームのコーンのおもちゃを局部に装着し「どりどり」と私に押し付けてきた。

あげく私の局部にもコーンを装着してと言われ、二人でち○こドリルちゃんばらをする羽目になった。これを書いているのだろうか。

「できたー!」と息子が叫んだ。

何を書いたのか気になる。見るなと言われると、見たくなるのが人間の性というもの。神通力とか何とか言っていたがアレは嘘だ。何を書いたのかさっぱり分からない。息子の考えていることが見えない。

「見せて」と頼んだ。
「ダメ!」拒否された。

「これポストに入れるからー!」と息子は私の手を引いて玄関から出ようとする。

ははーん。分かった。これをウチの郵便受けに入れて、本物の手紙のように、私に受け取らせようという魂胆だな。たいした演出家じゃないか。ますます中身が気になってきた。

ぎいっ、と玄関の扉が開く。飛び出す息子。「ここに入れるのー!」我が家の郵便ポストに向かう。いや、違う。隣の家のポストまで走っている。どうして!?

「まて!まて!まて!そこは隣の家だよ!違うよ!」

必死でくいとめる。何を書いたか分からない怪文書を投函されてはたまらない。「こっちでしょ?」私はわが家のポストを指さした。きっと勘違いしただけだろうと思っていた。しかし、息子は首を横に振った。

「ちがう!こっちなの!」どうしても隣の家に投函したいらしい。

いやいやいや、それは…。困るよ。ちん〇ドリルのお手紙だったらどうするの。パパ、ご近所さんに顔向けできないよ。

「どうしても?」
「どうしても!」
「ダメだよ…」
「いーやーだー!」頑として譲ろうとしない。

私に見せたかったのではないのか?もう息子の考えがまるで分からない。どうしても手紙を見たい。

「分かった!入れていい!入れていいから、その前にパパに見せて!」

肉を切らせて骨を断つ。ご近所さんに恥部を知られるのはもう諦めた。せめて手紙の中身だけでも見ようと思ったのだ。

私の譲歩が通じ、息子は折り紙の手紙をパッと渡してくれた。手紙を開くと、こんなことが書いてあった。

たくあんは しおたくさんです おやくそく

まさかの俳句だった。

「これどういう意味?」息子に尋ねる。

「たくあんはね、お塩がたーくさんはいってるからね、たべすぎちゃダメなんだよ。少しにしとこうね。おやくそくだよ、ってママが言ってた」

健康志向な五七五だった。

息子と一緒にピンポンを押すと、隣の家のおじさんが出てきた。「これ、息子がどうしても」と手紙を渡して事情を説明する。

「わっはっは。おじさんもたくあん少なくするわ」おじさんは笑ってくれた。息子は満ち足りた顔をした。

子どもの考えていることは本当に分からない。神通力がほしくなるときもある。だけれども、エンディングが笑顔であってくれるなら、振り回されてもいいかなと思える。

もう神通力なんか要らない。先が分からないほうが子育ては楽しいのかもしれない。

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