「カレー味の…」から始まる究極の二択。実は正解がある。

そろそろ結論を出そうと思う。

カレー味のアレか、アレ味のカレー、食べるならどっち、という問いがある。いわゆる究極の二択だ。

もちろん、カレー味のカレーが食べたいに決まっているが、どうしてもどちらかを選ばなければならない、とされている。なんだよその汚いトロッコ問題1、と思ったのは私だけではないだろう。

こんなので喜ぶのは小学生くらいのもの。カレー味のアレを選べば「えー、おまえアレ食うのかよ」と揶揄される。それならばと、アレ味のカレーを選んでみれば「えー、あまえアレ味食えるのかよ」と、面白くもない返しをされる。もううんざりだ。

今日はきっぱりと正解を示し、この問いを世の中から駆逐してやろうと思う。

「そんなこと可能なのか?」可能である。どんなに正解が見えない問題にも、かならず『前提』が存在し、その前提を疑っていけば、正解を導き出すことができる。少し抽象的に言い過ぎた。具体例を挙げよう。

たとえば、じゃんけん。

じゃんけんに必勝法はあるだろうか。普通は「ない」と答えるだろう。じゃんけんの勝率は五十%。超人的な動体視力を持ち出さない限り、揺るがないような気がする。しかし必勝法はあるのである。一般人でも必ず勝てる。このようにすればよいのだ。

まず愛すべき人を見つけ、結婚をする。子どもを授かり、成人まで大切に育てる。なるべく怒らない。愛情を注いで育てる。子の結婚式で泣く。良好な親子関係を築く。孫が生まれる。ここからが特に重要。子の近くに住む。二世帯住宅だとなおよい。孫の面倒を見る。怒らない。ひたすらに甘やかす。

あるとき癌が見つかる。余命半年。孫は十七歳。おじいちゃん思いの良い子に育った。お見舞いなんていいから、青春を楽しみなさいと諭す。それでも孫は毎週のように見舞いにくる。そんな日々が続いた。自分でも分かる。今日がお迎えだろう。よく生きた。ベッドの横で孫が泣いている。

「孫よ、わしはそろそろ天国にいくようだ」
「いやだ!そんなこと言わないで!」
「最後にひとつ頼みがある」
「うぅ…。頼み…?」
「わしは人生最後のじゃんけんに勝ちたい」
「え? じゃんけん?」
「そう。わしはグーを出す。お願いだからチョキを出してくれんか?」
「え? それになんの意味が…」
「いくぞぃ! じゃーん、けーん」
「え? え?」
「ぽいっ」

百%勝てると思う。これでパーを出してくる孫はいない。必勝だ。

じゃんけんを「確率論」で扱う限り必勝法は無い。ところが、じゃんけんが「人間vs人間」である前提に着目し、その力関係がフラットだという前提を覆すと、心理戦に持ち込まれ、必勝法が見えてくるのだ。

心理戦において、百%の勝ちを得るために大切なのは「道徳」だろうと思う。この世に絶対に正しいものなどないけれど、唯一絶対と言えるものがあるとすれば、それは道徳心だと私は信じる。

大好きな祖父からの一生に一度のお願い。もうじき死にゆくという絶妙なタイミング。その圧倒的な道徳的プレッシャーを前に、裏切れる人間などいないはずだ。

さて、話をカレー味に戻すと、この究極の二択にも「隠された前提」がある。シェフである。アレ味のカレーなどという複雑怪奇な料理を提供するからには、それなりに腕の立つシェフがいなければならない。シェフの気持ちを考えれば、この二択は実質一択になる。

想像してほしい。シェフが試行錯誤する様子を。

「カレー味のアレ」は簡単だ。三日三晩カレーを食べ続ける人を用意し、彼の臓器を通って出たアレに、おそろしいほどカレー粉をかければ良いだろう。

問題は「アレ味のカレー」である。アレ味とは何か。それはアレを食ったことがある人間にしか分からないはずだ。つまりシェフがアレを試食することになる。シェフが何か悪いことをしただろうか。カレー味でも何でもないアレを食べさせられるのである。可哀そうだ。

しかも一回や二回でもないだろう。われわれのアレは、カラダのコンディション次第で、様々な色・形・匂いに変化する。味も一筋縄であるはずがない。北海道から沖縄まで。旬の食材が変わるから春夏秋冬。老若男女。ありとあらゆるアレを試食する羽目になる。なんの拷問だろうか。

ようやくシェフが「これが一般的なアレ味だ」と自信をもって言えるようになったところで、もう一つの壁がある。どうやってアレ味を再現するかだ。アレを食材にしてしまっては本末転倒。なにか代用となる食材でアレ味を再現しなければならない。究極のフェイク料理である。

その苦労はカニカマの発明に匹敵するだろう。何千何万のアレ味のカレーを作らなければならない。試食もするだろう。「ほとんどアレ味なんだけど、なにか違う」と悩む日々が続くだろう。三食アレ味。年中無休でアレ味。

さて、ここまで想像したら、正解が出ているのではないだろうか。あなたの目前にある「カレー味のアレ」と「アレ味のカレー」。それを血眼で見つめるシェフ。あなたはシェフの視線を感じながら、どちらを選ぶだろうか。

人を思いやる気持ち。それが何よりも大切なのだ。こんな結論、ちょっと臭いかもしれない。うんこだけに。

  1. 今回の話は、SNSで「こうすればトロッコ問題は全員助かる」と投稿を見て、こんな方法があるのか、と感動したのがきっかけでした。トロッコ問題が華麗に片付くのなら、カレー味問題も、ひょっとすれば解決するのではと考え始め、三日目くらいに正解にたどり着きました。こんなアホなことばかり考えて生きています。ちなみにトロッコ問題の投稿はこれです。https://x.com/Btoretsukuru/status/1514889606847639552 ↩︎

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