西加奈子さん著「i(アイ)」の感想

西加奈子さんの小説「i(アイ)」を読みました。

あらすじ

シリアで生まれ、アメリカの裕福な家庭の養子となった主人公・ワイルド曽田アイが、内向的で繊細な性格が災いして、恵まれている自身の環境を「不当だ」「恥ずかしい」と悩むお話。虚数のiが想像上の数であるように、アイデンティティが揺らいでいるアイだが、自らの存在や気持ちを想像してくれる親友・両親・夫たちのおかげで、存在肯定できるようになっていく。

西加奈子著「i(アイ)」ポプラ社(2017年)

感想

恵まれている人の悩みは軽いか?

主人公のアイは『恵まれているのに悩む人』として描かれます。本作を読んで感じたのは、環境が恵まれているからといって、本人が苦しいと思えば、それは正当な苦しみだな、ということでした。

まず恵まれている部分に触れてみましょう。

シリアで生まれ、両親に捨てられるアイ。子どものいなかったワイルド夫妻に養子として拾われます。養子と言うとネガティブなイメージがありますが、ワイルド夫妻は、経済的にも人間的にも素晴らしく、アイは不自由なく暮らすことができました。後にシリアは内戦で荒れ、多くの死者を出しますので、養子になったことで、過酷な環境から脱出できて幸運だった、という見方ができます。

さらにアイは容姿端麗。日本の学校に通う際も、シリア系の見た目と「おかしな名前」で目立ちますが、いじめられることはなく、客観的に見て辛い境遇ではありません。勉学も優秀。学年一位を二年も独占するほどで、大学に進学後は数学にのめり込みます。

そんな恵まれたアイですが、悩みも抱えています。

一番大きな悩みは「ルーツがない」ことです。アイという名前には「I」と「愛」が掛かっており、自分をしっかり持った愛のある子に育ってほしい、と養父母が願って付けたのですが、アイ自身は、虚数の「i」側の自覚をもっていて、自分のアイデンティティがぐらついています。自分の存在に安心が持てないのです。

養父母に子供ができたら自分は捨てられるではないか、という悩みをアイは抱えています。うまいなと思ったのはシャンプーの演出。血縁を重んじる親を持つ親友・ミナが「親と同じシャンプーを使いたくない」とボヤくのを聞いたアイは、自分だけのシャンプーは血のつながりを持つ者の特権だ、と感じます。シャンプーすら養父母と同じにしないと耐えられないほどの孤独感なのだな、と心にきました。

また、シリアに数多く存在する子どもの中から、自分が養子に選ばれたのはなぜか、という悩みもアイは抱えています。(正当な理由があったとは思えない。運だ。だとしたら、自分は選ばれなかった子たちの幸せを不当に奪ってしまったのではないか、と考えこむのです)。

決して軽い悩みではありません。本書の90%くらいは、アイが「どうして?どうして?」と悩みつづける描写です。最初は、世界中の悲しい事件や事故を自分事化して悲しむアイに対し、そこまで他人の不幸を背負って悩まなくてもいいんじゃないかと思えました。が、西加奈子さんの筆の説得力はすさまじく、読み進めるうちに、アイの悩みは正当だな、と思えるようになります。

恵まれていようが、いまいが、辛いもんは辛いですよね。

『恵まれている者の悩み』と言うと贅沢な響きがありますが、決してそうではなく、正当な、とても辛い悩みなのだろうな、と想像できるようになりました。それに、自分の胸に手をあててみると、私にも『恵まれている者の悩み』があり、罪悪感を抱いていたことが分かります。子育てのことです。

私には四歳の息子と一歳の娘がいます。可愛い盛りで、この子たちと出会えたことが何より幸せだと思っています。妻と結婚して、決してスムーズでは無いながらも子宝を得て、恵まれた環境にあります。でも苦しいのです。土日で子どもに付きっ切りになると「ああ、ひとりになりたい」と不満が溢れます。

なんて贅沢な悩みなのだろうと罪深く感じます。でも、本当に辛いのです。子どもが大好きだからこそ、なぜ子どもと離れたくなる瞬間があるのかと、自分を責めたくなります。海で溺れているような息苦しさを感じます。どうして、私はこんなに弱いのでしょうか。

本書は、私の「贅沢な悩み」ともとれる辛さを、肯定してくれました。本人が苦しいのであれば、ちゃんと苦しく思っていいのだ、と優しく語りかけてくれました。アイが成長して自身の存在を肯定していく姿を、私がどれだけ心強く思ったことか。

アイを通して、子育てに悩む自分まで肯定できた。そんな読書体験でした。

テーマは多様性と自己肯定

アイの「贅沢な悩み」に焦点を当てて感想を書いてしまいましたが、本書のテーマは「多様性と自己肯定」だったかと思います。

何かに属することで安心することってあります。逆にいうと、何者にも属していない人が、自分の存在を積極的に肯定することは、容易ではありません。血縁と養子縁組、セクシャリティ(LGBTQ)や、学科(数学科)など、数多くのグループが登場し「属する」ことへの問題意識が読者に投げかけられます。

書き出しの「この世界にアイは存在しません」という数学教師の言葉に注目してみます。虚数iが想像上の数である、という意味ですが、アイは「自分の存在をゆらがせる象徴」と捉え、呪いの言葉として扱います。誰かに想像してもらわないと、存在しないことになる。これが「属しない」ことで発生する不安感を象徴していると思います。

「属する」は自己肯定を得られる簡易的な方法です。私はこの親の遺伝子をもらった「実子」に属するのだと思えば、それだけで自己を肯定できます。親が自分の存在を想像してくれていると無条件に信じられるからです。しかし、現実には何者にも属していない人もいます。多様になればなるほど、その数は増えます。

私が西さんから受け取ったメッセージは「属していなくても、存在する」ということ。想像されなくても、あなたはちゃんと存在しているということ。だから自分を肯定して、愛してあげていいということ、です。世界があなたを「属させない」としても、それで自身が無いことにはなりません。自分と世界はイーブンであっていいはず。そう西さんは言っているように思います。

無条件の自己肯定って、していいんだよ。

そう優しく言ってくれている本でした。その証拠にアイをとりまく登場人物は悉く良い人ばかりです(普通は多少悪人を登場させるものですが、善人ばかり)。それこそが、西さんの優しさを表しているように感じました。自分を肯定できなくなって悩んでいる人がたくさんいると思います(私もその一人)。こういう優しい本が存在するのは心強いですね。

まとめ

まわりから「贅沢な悩みだな」と思われるような悩みであっても、本人が辛いのであれば、ちゃんと苦しいと思ってもいい。なにかに属し損ねて、自分の存在価値が揺らいでしまったとき、無条件に「自分はこの世界にいていい」と思ってもいい。そんな優しいアドバイスがつまった小説でした。

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