リーダーの資質

「私はごく普通のおじさんです」

このような挨拶で始まる自己啓発本を読んで、感動したことがある。誰もが知る緑色のコーヒーショップの社長が書いた本だった。

『「ついていきたい」と思われるリーダーになる51の考え方』というタイトルのとおり、この普通の(?)おじさんには「ついていきたい」と思わされる何かがあった。

リーダーの資質とは何なのか。本を通して考えた。結局、むずかしくて分からなかったけれども、いいリーダーというのは、痛みを分かってくれる存在なんだな、ということだけは理解できた。

先日、上司と面談をした。

一年間の仕事を振り返り、その評価をもとに、君の給料は上がるよ、下がるよ、という事実をお伝えする面談。年に数回、会社が義務付けていた。

「丁寧にしっかりとやってくれている」と上司は言った。そんなはずはなかった。

昨年度はメンタル不調に陥り、仕事量を大きく減らした。たくさんの迷惑をかけた。そんな私を上司は責めなかった。

褒めるべきところがない私を、言葉を尽くして上司は褒めた。

こんなに真正面から賛辞を送られるのは久しぶりだったから、やさしい嘘だと分かっていても嬉しくなった。きっとボジョレヌーボーもこんな気持ちなのだろう。

あまりに上司がうまく褒めるので、百年に一度の出来とされた2022年を越す21世紀最高の年を送った気さえしてきた。

「ひとりの時間はとれている?」「がんばりすぎて壊れないようにね」私の顔面がボジョレーくらい赤くなった頃、上司は体と心の心配に話題を移した。

ブレーキをかけるのが苦手な私は、できもしない仕事を抱えてすぐにキャパオーバーになる。そのことを上司はよく分かっていた。

上司は人の痛みが分かる人間だ。こんなことを部下の分際で思うのは不敬かもしれないが、この人はリーダーの資質があると思う。ついていきたいと思わされる。

リーダーの資質を目の当たりにする。それは私にとって過去を肯定することにも繋がった。

この一年は、たくさん辛い思いをした。それゆえに、ひとの痛みはよく分かるようになった気がしている。仕事量は減ってしまって、メンタルも削れた。短期的にみればマイナス。だけれども、長い目でみて、痛みを知るために必要な期間だったと言えるのかもしれない。

つまり、リーダーの資質の種のようなものを、この一年で養ってきたのだ。そう考えると、少し気持ちが楽になった。

それはそうと、昨日は別の意味で「シシツ」を得た。

子どもが寝静まった夜。子育てを頑張った自分を褒めてやりたい気分になり、コンビニへと足を伸ばしたのだ。

新発売のコーラ。ペットボトルのクラフトコーヒー。コンソメ味のポテトチップス一袋。バーベキュー味のスコーンを一袋。この時点で相当やばいが、さらにビスケットを一袋たいらげた。

深夜一時。吐いた。

コンソメ味の反吐。「過食」の文字が頭をかすめた。こんなこと、恥ずかしくて誰にも言えない(ブログにはなぜか書けてしまう)。

人の痛みが分かるようになったけれど、ブレーキが完全に壊れてしまったようだ。リーダーの資質とか、そんな遠い話より先に、まずは脂質のとりすぎをなんとかしたい。

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