NBAを引退した渡邊雄太さんは潮時だったか?

「潮時」の意味を勘違いしていた。

スポーツ選手の成績が不振になってくると「そろそろ潮時だ」と言われる。だから私は「使い物にならなくなった」のようなニュアンスで「潮時」を使ってきた。けれども、それは違うらしい。本来は「ちょうどいい時期」という意味だそうだ。

つまり、バナナで言ったら、真っ黒になった状態を「潮時」だと思っていたのだけど、黄色くて食べごろを迎えたころが「潮時」なのだ(個人的には緑がかって少し青臭いくらいのバナナが「潮時」だと思う。バナナは甘みより酸味があるほうが旨い)

正しい意味を知った今、声を大にして言いたい。渡辺雄太さんは「潮時だった」と。

先日、プロバスケットボール選手の渡邊雄太さんが、来年から日本のBリーグでプレーすることを発表した。つまり、NBAからの引退表明である。

渡邊雄太さんは現在29歳。平均の在籍年数が4年半という厳しいNBAの世界で6年もプレーした。すでに日本代表の中では最年長格(比江島さんは長老)。昨年結婚もした。バスケ選手としてのライフイベントを充分すぎるほど経験している。

だからたぶん、バスケを普段観ない人々には「年齢的に厳しくなって、NBAじゃ使い物にならなくなったのかな?」と映っているかもしれない。そんなことは全然ないと言いたい。渡邊雄太さんがNBAを去ると聞いたときは「えっ!まだまだ活躍できるのに!」と驚いたくらいだ。

2023年正月の渡邊雄太さんは、全米のバスケファンから大注目されていた。所属チームのブルックリン・ネッツ(私の推しチーム)が、年末から連勝に次ぐ連勝をしたからだ。優勝候補チームの原動力のひとつは間違いなく「ユータ・ワタナビ」の躍進だった。

それはもう奇跡に近い現象だった。このすごさを語るには、少しバスケットの中身に触れる必要があるだろう。渡邊雄太さんは3&D。その役割は、スリーポイントシュートを高確率で決め、ディフェンスでは鉄壁であること。現代バスケにおいて、各チームが喉から手がでるほど欲しいのが優秀な3&Dと言われている。

当時の渡邊雄太さんは、NBAで最も高確率にスリーを決められる選手だった。エリートシューターだ。さらに、206センチの大柄な体に似つかわしくないほど、ディフェンスのフットワークが軽く、俊敏でもあった。相手のエースを止める役目を任されるほどだった。あの年の渡辺雄太さんは、NBAで屈指の3&D選手だっただろう。

渡邊雄太さんは努力型の天才だった。意外に思われるかもしれないが、バスケットという競技では、技術と同じくらい気合いが重視される。特にディフェンスの半分くらいは「俺は絶対に手を抜かない」という気持ちで決まる。英語ではハッスルと呼ばれる。

一秒たりとも気を抜かずにハッスルし続けるのは、NBA選手といえど難しい。渡邊雄太さんは「日本人は真面目だから」で括るのが失礼なくらい、いつだってハッスルした。だからこそディフェンスで貢献したし、チームは盛り上がったし、人に好かれた。一生懸命は万国共通の美徳だ。

チームメイトとの歯車もピッタリだった。現役最強のオフェンス・マシーンとよばれるKD(ケビン・デュラント)はベストパートナーだった。KDが相手ディフェンダーを引きつけ、渡邊雄太さんにパス。完全にフリーな状態でスリーを打てる。異常な高確率で決まる。大事な場面でスリーが決まると、KDは飛び上がってガッツポーズをした。抱き合うときもあった。あのKDと渡辺雄太さんが、である。

ドキドキした。ドラマ『野ブタ。をプロデュース』で堀北真希さん演じる冴えない女子「野ブタ」が、スクールカースト上位のイケ男子に見初められ、カーストを一気に駆け上がったときのような興奮だった。KDが渡辺雄太さんを見初めた。胸が熱い。「ユータ。をプロデュース」だと思った。

試合終盤の大事な局面でも、渡邊雄太さんは信頼された。クラッチタイムとよばれる「試合時間残り5分を切って5点以内の点差」では、プレッシャーに強いエースにボールが託されるのが普通だ。特にチームメイトのカイリー・アービングのクラッチ強さはNBA随一である。

とある試合。残り数秒。誰もが「カイリーがシュートを打つ」と思った。相手ディフェンスはカイリーを取り囲んだ。それでも決めるのがバスケ仙人・カイリーである。あっ、と声がでた。カイリーが、渡邊雄太さんに、パスを、出したからである。

この感動が伝わるだろうか。

カイリーが、渡邊雄太さんを信頼して、試合を任せたのである。生ける伝説レブロン・ジェームズのチームで優勝したときでさえ、試合を決めるシュートは、カイリーが放った。あのカイリーが、渡邊雄太にボールを託したのだ。信じられない。

分かりにくい方がいれば、スラムダンクの単行本三十一巻をひらき、山王戦のラスト数秒で、パスを出さない男・流川楓が、「左手はそえるだけ」とつぶやく桜木花道に、はじめてパスを出したシーンを見てほしい。あれが現実で起こったのだ。

リアル・スラムダンク。その日、左コーナーから試合を決めるスリーを成功させた渡邊雄太さんは、私の中で左手は添えるだけの人となった(あ、渡辺雄太さんはサウスポーだから右手は添えるだけか)。

あのころの私は渡辺雄太さんに生かされていた。子どもが寝静まる夜十時。「はあ、今日も疲れた」と溜息まじりに、NBA楽天のアプリをタップ。なるべく高画質でネッツ戦をダウンロードする。「お願い勝ってください」祈りながら観る。毎試合のように更新されるキャリアハイ。明日も見たい。明後日も見たい。頑張ろう、と思えた。

その後、優勝するはずだったブルックリン・ネッツは、KDの怪我をきっかけに、嘘のように崩壊した。多くのチームが渡邊雄太さんにラブコールを送った。KDとともにサンズに行き、その後、古巣のグリズリーズへと移る。

一年半前にNBAを席巻した男。まだまだ数年はNBAで十分にやっていけるし、需要もある。そういう状況での「日本に行きます」宣言だった。驚いた。でも、理由を聞いて、渡辺雄太さんが一気に身近に感じた。

要するに「楽しくバスケットをしたい」ということだった。

NBAでのプレータイムは決して多くはなかった。渡辺雄太さんは少ないチャンスをものにし続けてきたから生き残った人だったけれど、裏を返せば、つねにプレッシャーと戦っていた。仲のいいチームメイトを蹴落とさないと得られないプレータイム。いいプレーをしたのに次の試合に出られないこともザラにある。夢の舞台は楽しいことばかりではない。

プロスポーツ選手の社会的使命が「子どもに夢を与えること」「私たちおじさんに生きる活力を与えること」であるとするならば、今この瞬間に渡辺雄太さんが日本のBリーグに来ることを決めたのは、最高の選択だった。「渡辺雄太さんも、私と同じ人間なんだ」と思えたからだ。

それは弱さの告白だったともいえる。渡辺雄太さんは大人だし人格者だからインタビューでは言葉を選んだけれど、率直に言えば「NBAで頑張るのしんどい」「楽しくバスケしたい」「全盛期のうちにたくさん試合でたい」という気持ちが溢れていた。私はその言葉が聞けて嬉しかった。

イチロー選手のように「律するプロ」は凄いと思う。本田圭佑選手のように「闘争心の塊」も凄いと思う。けれど、私のようなちっぽけな存在から見ると、ちょっと距離が遠い。渡辺雄太さんも「遥か彼方の人」にカテゴライズされていたけれど、今回の一見で「親近感わくー!」と思った。弱い部分を見せてくれた。それだけで一気に共感できた。

おこがましいかもしれないけれど、同じ目線に立ってくれたように思う。そんな人が、これから日本でスーパープレイを連発するのだ。こんなに夢があることはない。こんなに活力をもらえることはない。NBAレベルの渡辺雄太さんがBリーグに入る。これは大相撲にゴジラが参入するようなものである。お話にならないと思う。それくらい今の渡辺雄太さんは突き抜けている。

実力者である。でも身近である。衰える前に日本に来てくれた。弱さをさらけてくれた。一番ちょうどいいときに来てくれた。もっともっと好きになった。だから、いまが潮時だったのだと思う。

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