又吉直樹さん著「月と散文」の感想

又吉直樹さんのエッセイ集「月と散文」を読みました。

概要

「東京百景」から十年ぶりとなる又吉さんの随筆録。コント師としてのユーモア。芥川賞作家としての純文学性。この二つを混ぜ合わせたカフェオレがどうなるかというと、むせかえるくらい濃厚な文章になります。

スッと飲み干せる一般のエッセイにくらべれば、言葉の解釈が難しく、読むのに根気が必要。ですけど、言葉遣いの巧みさ、ものごとの見方のおもしろさ、自分の気持ちを精確に代弁してくれる優しさもまた、飛び抜けています。

それによって「一字一句読み飛ばしたくない!」という推進力が得られ、ページをめくれてしまう。不思議な一冊でした。これぞ又吉イズム。ここにしかない、ぎっしり濃厚な笑いがつまった全66編のエッセイ集です。

又吉直樹著「月と散文」KADOKAWA(2023年).

感想

二度、読みました。一回読んで、感想を書こうと思ったんです。でも、無理だなと。あまりに受け取ったものが多すぎて、とても整理してかける気がしません。もう一回。ちゃんと読もう。ノートを開いて、あっ、これは、と思う言葉を書きうつす。最終的にノートは5ページ埋まりました。いい意味でしんどかったです(笑)

本書は360ページだそうです。それ、嘘だと思うんです。私はキンドルで読んだのですが、1368ページは読んだというのが正直な体感です。ハリーポッターの不死鳥の騎士団(上・下)を読破したときくらいの、重厚さと、満足感がありました。

過去の自分へのアドバイス

高校生のとき、父親から人生訓がつまった手紙をもらったことがありました。学校の授業の一環で親に手紙を書き、その返事をもらったのです。「大学で友を見つけなさい」「師を見つけなさい」あれから十五年たった今でも覚えています。相手を思って真剣に書いたアドバイスは、しっかり伝わるものなのです。

本書の『生きてみよう。』は、過去の自分にメールを送れるサービスが発明されたSF世界を想像し、三十一歳の又吉さんが、十七歳の又吉青年に、人生のアドバイスをするお話です。メールに綴られるのは笑える失敗談ばかり。気になった女の子。坊主刈り。線香花火。職務質問。好きに創作をすればいい。人を羨むな。クスッとくる話の中に、本音も混ざっています。

アドバイスが「誰かの成長を思いやって授けるもの」だとすれば、過去の自分に投げかけるアドバイスほど、慎重になるものはありません。どうすれば、この疑り深くて、自信のない青年に伝わってくれるのか。真剣に考えた末に又吉さんが出した結論は、たっぷりの失敗談とユーモア。そこに忍び込ませるように、ちょびっと人生訓を入れるというものでした。

私はこれが、最も受け取りやすいアドバイスの完成形だな、と思いました。上から目線ではない。おもしろくて記憶に残る。それでいて、しっかり芯をついてくる。こういう手紙を書ける大人になりたいものです。将来、子どもに手紙を書くときは、パパの失敗談でいっぱいにしようと思いました。

「坊主を強制される部活はやめておけ」
「カイリー・アービングの動きを真似するな。前十字靭帯が切れる」
「ドラキュラのぶどうソーダは将来ネットで買える。兄に噛みつくな」
「財布にはウォレットチェーンをつけておけ」
「大便しながらポケモンをするな。便器に落とすから」
「中学生くらいから日記をつけておけ」
「人に優しくしろ」

記憶など必要ないのかもしれない

『カレーとライス』は、学生時代の友人・龍三と、カレーを食べてまわるお話です。又吉さんは龍三さんと話をして驚きます。龍三さんが何も覚えていないからです。クラスメイトのこと。どんな会話をしたか。一切記憶にないのです。

「龍三さん、あなたもですか」と思いました。私も記憶喪失派です。学生時代の話になると、自分だけ何も思い出せなくて、呆然とすることがよくあります。私の場合、人間関係リセット癖まで乗っかっているので龍三さんよりも重症なのですが。

記憶がなくなるのは恐怖です。自分の人生に記憶するべきエピソードが存在しなかったように思えて、足場がグラグラした感じがするのです。このブログを始めた理由の一つも記憶喪失にあります。記憶がないことに三十歳を過ぎて気付いた私は、今からでも記録を残していかなければ、メンタルがおかしくなると焦っていました。

記憶がなくなることはデメリットでしかない。欠陥だと思い込んでいました。しかし、又吉さんは前向きにとらえます。

龍三の毎日が楽しいことで更新され続けているから過去の記憶など必要ないのかもしれない。

はっ、としました。「記憶など必要ない」という考え方を提示されたのは初めてでした。なんと救いのある言葉でしょうか。記憶に頼らなくていいくらい、楽しく過ごせてきたのだ。そう思えば、人生を肯定することができます。

又吉さんの読書観とレビュー観

本書では、又吉さんの読書への向き合い方、他人の創作物へのリスペクトを随所に感じることができます。作品を生み出すことの苦しさを身にしみて分かっている方だからこそ、作品を鑑賞したり評価したりすることには、人一倍気を遣っているようです。

『サボろうか、向きあおうか』は読書感想文の書き方について。『全然、乾いてないやん』は開演二日前に講演を中止した脚本家の誠実さについて。『芸人が芸事以外の表現をする時代』は雑な紹介が読者の興味をそぐ悪影響について。『字が上手くなりたい』は同じ本を何度も読むときの心の動きについて、又吉さん独自の見方が描かれます。

私はブログで本の感想を発表していますので、著作権はもちろんのこと、感想を書くことによって作者の不利益にならないように、気をつけなければならないなと、身をつまされる思いでした。

又吉さんは感想を書くこと自体を否定しているわけではありません。雑な紹介、愛情のない意見、勝手な見方の押し付け、作者の意図を汲んだだけの単調な感想、といった「敬意・努力・愛情を伴わない」感想を批判しています。

又吉さんに叱られないよう、丁寧に作品を鑑賞し、私なりの「メッセージの受け取り方」を伝えていかなければと心を新たにしました。

秀逸なエッセイたち

以下のエッセイは必見です。

『覗き穴から見る配達員』は、ドアの覗き穴から、自分が注文した食事の配達を観察する、不気味な男の話です。日常を文章で切り取る技術の深みが見えます。深夜ラジオが好きなひとには特にハマることでしょう。こんな素晴らしいエッセイを一度でいいから書いてみたいものです。

『命がけの指導でした』は、好きなことしかできない、不器用な人間の心情がつぶさに描かれています。自分がモヤモヤと思っていることをピタリと言語化してくれます。自己理解が進みました。

『この夜の話も伝説みたいに語られるんかな?』は、矢沢永吉と自分を重ねるダサい男の話です。ザ・ユーモアエッセイ。すべらない話をつくる基本的なフォーマットにのっとって作られたような、様式美を感じるエピソードでした。テクニックを感じます。きっと「エッセイが上手く書けない」という悩みは、こういうテンプレをたくさん持つことで解決できるのでしょうね。

まとめ

圧倒的な文章力。一行単位で楽しめる、濃厚なユーモアエッセイでした。読んで楽しいだけでなく、エッセイの書き方を勉強する教科書としての価値も高いと思います。何度も読み返すことになりそうです。

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