食パンをたべ続ける理由は

人生のある期間、食パンばかりをたべていた。

ジャムやバターは塗らない。トーストもしない生の食パンだ。六枚切りがちょうどいい。百円ちょっとで買える食パンを、ひたすらたべ続けていた。

会社でもやはり食パンをたべていた。自動改札機が切符を飲み込むような自然さで、私はスルスルと食パンを口に入れた。

昼休みになると、職場のおよそ半数は食堂に消える。残り半分は自席に座り、手作り弁当やコンビニ飯を食べる。サンドイッチしか食べない変わった同僚もいる。食パンを生で食べるのは私ひとりだ。

生の食パンは、噛み締めるとふんわりイーストの香りがする。こう書くと旨そうに見えるかもしれないが、残念ながら旨くはない。口内の水分を奪われながら、腹を満たすだけの哀しい作業である。

いつものように席について食パンを頬張っていると、横を人が通る気配がした。パッと振り向く。食パンと同じくらい色白の男が立っていた。職場の先輩だった。

「なにしてるの?」先輩は言った。
「食パンをたべています」
「なにもつけないの?」
「はい」
「おいしいの?」
「おいしくはないです」
「えっ、じゃあなんで食べてんの?」
「あ、まあ、好きなんで」

へえー、そう、と先輩は不思議そうな表情を浮かべ、首をひねった。

しまった、と思った。おいしくないけど好きだなんて、青汁くらいにしか使われない感想を漏らしてしまった。「おいしくないですけど、安いんで。節約っす」などと言えば違和感がなかったのに。やらかした。

とっさに変な嘘をついてしまったことを後悔した。変わったやつだと思われたかもしれない。先輩はこれから連れ立って食堂にいくのだろう。どんな会話をするだろうか。

「あの子さあ。いつも食パンたべてるよね」「おいしくないけど好きらしいよ」「なにそれ」「食パンという存在を愛してるってこと?」「食パンマンじゃん」「むしろドキンちゃんじゃね?」こんな噂をされるかもしれない。

はあ、とため息がでる。自分を偽るのは難しい。かといって、素直にほんとうの理由を言うべきだったとも思えない。言っても理解してもらえなかっただろう。

「食パンをたべると、気分がいいんです」

後輩がこんなこと言い出したら、気味が悪いに違いない。「どゆこと?」と追求されるに決まっている。それは困る。きわめてパーソナルなことだからだ。

かつては、私も人類と同じように、サンドイッチやサラダチキン、おにぎりなどをコンビニで買って、腹を満たしていた。

ところが、あるときから罪悪感が芽生えるようになってしまった。五百円もする食材を購入し、五分やそこらで胃袋にいれてしまうことが、だんだん贅沢に感じられるようになったのだ。無理に食べると気分が悪くなった。

高価なもの、おいしいものを食べるだけの人間的な価値が私には存在しない、と思い込んでいた。私ごときがサンドイッチを食べるのなんて許されるわけがない。

そんなふうに考えてしまったのは、(詳しく書かないけれど)不幸なできごとが重なって、ネガティブになっていたからだ。要するに自己肯定感が底をついた。

自分には最低ランクの食パンと同じくらいの価値しかないのだと、本気で思っていた。人間をやめて食パンとして生きていた。生存活動できるくらいの価値は認めていたとも言える。ほんとうにギリギリだった。

仕事をしたり、人と話したりは普通にできていた。なんら不思議ではない。何か役割を与えられ、価値を提供している瞬間は、自分を許しやすかった。

一方、消費活動には敏感になった。特に食事のような、金銭で換算できるものを体に取り込むときは、つい自分の値段を考えてしまう。

格安小麦で大量生産されたであろう食パンは、ちょうどいい食べ物だった。安くて、おいしくないのがいい。罪悪感なく食べられるので気分がよかった。

食パンをたべる自分は許容できた。ジャムすら塗らない、トーストもしないプレーンな食パンは、するすると喉を通ってくれた。

そういう状況がしばらく続いた。いろんなひとが優しくしてくれた。少しずつ心が癒えていき、自分を許せるようになっていった。あのとき支えてくれた人たちには心から感謝している。

ある日、セブンイレブンの金の食パンを買おうと思った。値札を見ると、四枚入りで三百七十五円もする。「高いな」と胸の中で呟く。どつしようか。やめようか。ええいリハビリだ、と思って、えいやっとレジに持っていった。

うまっ。口に含むと、食パンなのにしっとり水分を感じた。ふんわりバターの香りもした。もう雑魚な食パンに戻れなくなるくらい旨かった。

久々に感じた旨み。私はようやく自分を許せ始めたのだと感じた。これまでは雑魚食パン男だったけれど、これからは金の食パン男として生きて行ける気がした。

何が言いたいかというと、人間、自己肯定感が下がりすぎると、食事レベルまで一緒に下がることがある、ということだ。

もしあなたが食パンばかりたべるようになったら、迷わず誰かに相談したほうがいい。あなたのまわりに食パンばかりたべるひとがいれば、ジャムを差し入れするのではなく、じっくり話を聴いてあげてほしい。

おいしいものを素直においしいと思えるのは幸せなことだ。これからはたくさんおいしいものを食べて生きていきたい。

今日の朝食はバターをたっぷり塗ったトーストだった。ほんとうはご飯派なのだが。

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